怪盗の落とし物(vs.京極編)
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「京極真! おまえが何故ここに?!」
「問答無用! 怪盗キッド、覚悟っ!!」
月光輝く美術館の屋上。傾いだ造りは足場が悪いが、必殺の右回し蹴りに狂いはない。
手応え十分。振り向かずとも解る。
怪盗は撃ち倒した。工藤探偵との打ち合わせ通り、待ち伏せは成功したのだ。
「他愛ない。なにが怪盗だ」
高ぶったまま言い捨ててしまい、我に返って恥じ入った。武道に個人的な感情は御法度だ。
ひとつゆっくり深呼吸をし、それから下にいる探偵に合図を送るために屋上の縁まで降りて行った。
「真さ~ん、大丈夫~っ?!」
「園子さん」
いつの間にか園子さんが屋上の通用口から顔を覗かせていた。
「園子さん、危ないですからそこにいて下さい。ご心配なく。怪盗は自分が撃ち倒しました」
「エエッ?!」
園子さんの喜ぶ顔が見たかったのだが、内心予想していたように園子さんは慌てて身を乗り出した。
「ウソ! たいへん! 真さんが本気で蹴ったらキッド様死んじゃう!」
「そこまではしません。ちゃんと急所は外していますから。気を失ってるだけです」
「だけですって…キッド様、どこなの?!」
「──?」
園子さんに言われて振り返る。倒れているはずの怪盗の姿がない。
まさか、下の庭園に落下したのか。
「キッド様ぁ、どこー?! キッド様~!」
通用口から出てきた園子さんが、手を着きながら屋根を伝い下を見ようとする。
「園子さん、危ないです!」
「平気平気。あっ、真さん、これ見て!」
「何ですか、それは」
「怪盗のモノクルよ!! キッド様、落としたんだわ! そしたら今キッド様もしかして素顔なの?? キッド様~どこー? キッド様、大丈夫~?!」
自分が倒した相手を案じて叫ぶ園子さんにいささか憮然としながら、ここ(五階建ての屋上)から意識を失い落下したとしたら───本当に怪盗を死なせてしまったかもしれないと不安になる。
いくら園子さんを誑(たぶら)かす悪党だとしても、自分の蹴撃で死なせたとあっては空手家として寝覚めが悪すぎる。
いや、落ち着け。
不測の事態に備え、警官隊が探偵と共に下で待機していたはず───。
「そんなに心配しなくても大丈夫さ。キッドはお宝を残して逃げたようだ」
「あ、工藤くん。それホント?!」
工藤探偵の登場だ。異変に気付いて上がってきたのか。
園子さんの問いかけに頷いて工藤探偵も通用口から外に出てくる。
「中森警部と一緒に下から見てたら、これが落ちてきた」
工藤探偵がポケットからハンカチを取り出して広げる。
淡い月光に翳すように示したのは、煌めく巨大な紅いダイヤモンド〝レッド・クレオパトラ〟だった。
「キッドは君に蹴撃されてジュエルを落とし、仕方なくそのまま逃げ出したんだろう。防衛成功だな」
「そうだったんですか」
複雑だが、怪盗が落下したのではないことがわかって少しばかりホッとする。
「レッド・クレオパトラ、近くで見るとホントに綺麗ね~! ねっ工藤くん、私にもちょっと持たせて!」
「おっと」
園子さんが宝石に手を伸ばすと、工藤探偵はスイと半身を引いた。
「なによぉ、ドけち探偵! ちょっと貸してくれたっていいじゃない。蘭に言いつけるわよ!」
「その手には乗らないぜ、キッド」
「えっ」
固まったように園子さんが身を竦ませる。
「なに…?!」
───園子さんを、工藤探偵はキッドと呼んだのか?!
園子さんの横顔を見つめ直す。
「な、なに言ってんの? キッド様はレッド・クレオパトラを落として逃げたって、いま言ったじゃない」
「往生際が悪いぜ、キッド。ジュエルどころかモノクルまで落としてしまい、慌てて園子に変装して取りに戻ったんだろうが、そんな事はお見通しだ」
「ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ! 指!ほら、この前キッド様が私に変装したとき、この指で真さんちゃんと見破ってくれたじゃない!」
園子さんが手を広げて自分に向ける。
工藤探偵が不敵に笑う。
「キッドだって二度同じ轍は踏まないさ。指の長さくらい変装の要領で誤魔化せる」
「ちょっとぉ! マジでやめてよ、わたし園子よ、ホンモノなんだってば!」
「蘭といつ別れた? さっきまで一瞬にいたはずだろう」
「蘭はあんたに呼ばれて下に行ったんじゃない! あんたこそ蘭と一緒じゃないの?! 蘭はどこよ!」
「おのれ、悪あがきを。一度ならず二度までも園子さんに変装して自分を騙すとは」
「え?え? ちょっと、ヤダ! 京極さん、わたし園子よ、キャアア!」
「動くな怪盗!じっとしていればよし、さもなくば」
頸の急所を手刀で狙う。昏倒させればそれでよい。とにかく自分の前で園子さんの振りを続ける怪盗が許せなかった。
ガツン!!!
「?!」
──硬い。
手元が見えない。
煙だ。煙に捲かれて目が霞む。
「京極さん、お手柔らかに。あなたの一撃は素人には凶器なんですから」
「なにっ? …まさか」
煙が風に流され、視界が少しずつ開けてくる。
工藤探偵の声かと思ったが、そうではない。自分と園子さんの間に誰かいる。
「──貴様、怪盗キッド!!」
自分の手刀を遮ったのは怪盗が手に持つ〝拳銃〟だった。
「やれやれ…加減して下さってたから良いが、下手をしたらトランプ銃がバラバラになるところです」
マントを翻して立ち上がる怪盗の側から一歩跳び退り、間合いを測って構えなおす。
「しかしさっきの蹴撃には驚きました。念のため耐衝撃の防護服を着ていなければ、肋骨が何本折れたことか」
なんと言うことだ。園子さんを撃とうとした自分から園子さんを守ったのが怪盗だったとは。
「キッド様! 」
「こんばんは、お嬢さん。モノクルを拾って下さりありがとうございます」
「あ、は…はい、いいえ!」
「それから、お嬢さんからも彼に一言注意なさって下さい。無闇に空手を使うなと」
「キッド様?!」
モノクルの飾り紐が揺れると、怪盗がふわりと宙に浮いた。
「キッド様すごい!浮いてる!」
「おのれ、怪盗!」
怒鳴ったものの、既に自分は毒気を抜かれてしまっていた。早とちりをしてこの手で園子さんを撃とうとしたのだ。
「怪盗め…次は、次は絶対許さんぞ!!」
歯噛みする自分に、怪盗は浮かんだまま微かに笑顔を向けたようだった。
下からようやくサーチライトが照らされ、幾筋もの帯が天に伸びていた。
その帯が集まり、怪盗が真っ白に照らし出された瞬間、ポンと音がして──怪盗は消えた。
大きな赤い宝石は園子さんの手に残されていた。
座り込んだまま呆然としている園子さんを抱き上げ、安全な屋内へと戻る。
───真さんの馬鹿ァ。
腕の中で園子さんが泣き出し、途方に暮れる。
───馬鹿、馬鹿。キッド様に怪我させちゃ駄目なんだから~。
怪盗の変装と疑われて手刀を撃ち込まれそうになったことよりも、怪盗の身を案じて泣く園子さんに言いようのない焦りを覚える。
───面目ない…許して下さい。
それしか言えず、ポロポロと泣く園子さんを宥めるように抱きしめた。
階段を駆け上がってきた本物の工藤探偵が少し離れたところで立ち止まり、黙って自分たちを見つめていた。
20190113
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※くれぐれもお手柔らかに!と、京極さんには心からお願いしたいです(>_<);;
〝落とし物シリーズ〟のつもりなんですが、うまくいきませんでした…とほほ。お粗末様です(*_*;
●拍手御礼「月光という名の真実」「逢魔が時」「拷問」「依存症」「拘束LOVE」「燠火」「迫り合い」「黒の鎖」「孤島」「変異」「告白~風に消えた怪盗~「クリスマス・ツリー」「身代わり」「怪盗の香り」「朧ろ憶え」「怪盗の落とし物(白馬編)」「怪盗の落とし物(平次編)」
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