真夜中の訪問者(怪盗キッド)
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少年がうずくまっていた。こんな真夜中に一人で、こんな街外れの裏通りに。
中学生か、高校生か。まだ幼さの残る少年に近寄ると、少年が腕に何かを抱いているのがわかった。
白い――仔猫のようだ。
猫は動かない。少年は壁によりかかって猫を抱きしめ声を出さずに泣いていた。
素通りするにはあまりにも痛々しく、儚げだった。
「きみ、こんな時間まで何をしているんだね」
声をかけると、少年は初めて私に気が付いたように顔を上げた。
驚いた顔の少年の頬は、逆光になっている街灯の薄暗い灯りでもそれと分かるくらい濡れていた。
「…………」
少年は黙って腕に抱いている仔猫を見詰めた。
「君の猫なのかい? かわいそうだね……死んでしまったのかい」
〝死〟という言葉がまた少年の悲しみを強めてしまったようだ。ポロポロと新たな涙が大きな目から零れ落ちてきて、私は些か慌てた。
「いや、すまない。しかし、いつまでもこんな場所にいてはいけない。もう夜は更けている。家に帰りなさい」
少年は小さく首を振った。
猫を連れて帰れない。そんな様子に受けとれた。
「家はどこだね。もし帰りたくないというなら、良かったら私の家に来るかね? すぐ近くだ。猫も連れてきていいよ。たいして広くはないが庭がある。君がよければお墓を掘って埋めてあげなさい」
妻が聞いたら、いくら警官とはいえ人が良いのを通り越してお節介ですよと怒りそうだ。しかし少年の悲しみを少しでも癒してやりたくて、私はついそう申し出ていた。
少年の顔がふと微笑んだように見え、私はほっとしながら少年に手を差し伸べた。少年が腕に抱いていた仔猫を差し出す。
大事な仔猫を私に預けようとするとは、短いやりとりの中で少年の信頼を得られたことに私は心底安堵した。警察官冥利に尽きる――。
ひらっと目の端で白いものがはためいた。
はっとして顔を上げると同時に、少年の手から抱き取った仔猫の重さにびっくりして――私は思わず『うわあ!』と叫び声をあげてしまった。警察官になって数十年、過去一度として上げたことのない大声を。
あまりの驚愕に膝を着いた私は自分が手にした物にさらに驚いた。
仔猫だったはずの物が白い布で覆われた〝金塊〟に化けていた。大きさ、重さ、形。布を開かなくてもそのくらいは判る。判ったが、いったいなにが起きたのか。
さっきまで目の前にいたはずの少年は消え失せ――消え失せて……代わりそこに立っていたのは。
か―― 怪盗キッド……!!
『ありがとうございます、目暮警部』
唱うようなキッドの、軽やかな声。
『ふとしたことから私の手元に残った金塊ですが、私はこういった物に興味がありませんので……どなたか信頼できる方に処分をお任せしたいと思っていたのです』
「ま……まて、さっきの少年が……貴様……なのか?!」
『さっきのとは…? 私の特技は変装ですよ、警部。お忘れなく。ではお手数ですがお願いいたします』
ふわりと浮いたキッドがあっという間に上空へ駆け上る……!
『騙して申し訳ありません。でも警部が私の思ったとおりの方で安心しました。ありがとう――』
キッドが白いマントを翻す。
瞬きして目を見開くと、もうどこをどう見渡してもキッドの姿は無かった。
わしは尻餅をついて、あんぐりと口を開けて呆けていた。
夢ではない。
キツネ……いや、キッドに化かされたのだ。
なんということだ!
しかし、どうしてわしに。あの少年が、キッドがここにいたのは偶然ではないのか。わしが声をかけなかったらどうしていたのか。
頭はぐるぐる廻るようだったが、とにかく急いで家に帰ることにした。預かった金塊までが木の葉に変わらぬうちに。キッドからの依頼に応えねばならないと。そしてこれが本当に本物の金塊なのかという事と。さらにさっきのはキッドではなく、やはりキツネだったのではないかと――不安に駆られたからだ。
一刻も早く妻に会って、頬をつねってもらわねばならない。
急ごう。
わしはずっしりと重い金塊を抱えて、とにもかくにも家路を急いだ。もう一切脇目は振らないで。
20111206
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あとがき
イメージは日本昔話とか妖怪談とかです。あはは。世にも奇妙な感じの小咄やってみたかったので…(^_^;)
被害者はいたって実直でマトモ?な大人がよかったので目暮警部が選ばれました。警部の一人称については〝私〟と〝わし〟両方使ってるそうなので、びっくりした後は素の状態のため途中から一人称が変わってます。
演技派のイタズラ小僧キッドちゃん♪てことで…いろいろお粗末様でスミマセン!
[8回]