変異《2/2》(新一×キッド)R18
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夢を見ていた。
密かに恐れていたことが、現実になる夢。
ずっと怖れながら、覚悟していた。
いつかこうなると思っていた。
オレは〝人ではなくなる〟と…。
黒く曲がった長い爪。
先が割れザラザラした舌。
鏡を見なくても解る。
もはや自分がヒトの姿をしていない事が。
月明かりに晒され落ちた影には、きっと額から生えた角や背から裂けて拡がる歪な翼が写っているだろう。
オレは化け物になった。
だからもう抑える必要はない。
欲しかった獲物が、目の前に在る───。
朱く裂けた口に愉悦の笑みを浮かべ、剥き出した牙で捕らえた獲物の白い喉に噛みついた。
手に入れた獲物の肢体の隅々まで貪り、弄び、じわじわと苛む。
獲物が喘ぎ、もがき、悲鳴をあげればあげるほど、鬱積したオレの欲望は肥大していった。
獲物の肌からは誘うように美味そうな匂いが立ち昇り、オレの鼻腔を擽っている。
その細い腰を抱えあげ、両の腿を大きく割った。
朦朧としていた獲物がハッとしたように肌を強ばらせる。
長く裂けた舌を徐々に奥へと這わせ、獲物の急所にたどり着く。声にならない獲物の恐怖が伝わってきた。
オレは嗤い、そして頷いた。
そうだ。
いま、おまえを貫いてやる。
屹立し弾けんばかりに膨らんだ自分を、二度三度と獲物の脆弱な秘部に押し当てる。
唇を噛む獲物の横顔を眺め、息を吸い込んだ。
待ちかねた瞬間───。
オレはすべてを解き放つべく、一気に獲物を貫いた。
深く、強く。これでもかと獲物を侵し続ける。
──どれだけ経過したのか。
自らの享楽に没頭していたオレは、ようやく一息付き、捕らえた獲物をあらためて見下ろした。
薄闇に仄白く浮かび上がるしなやかな肢体は、やはり美しかった。
どれだけ強引に侵そうとも、この獲物が湛える清廉さを奪うには至らない。
熱望と焦燥が衝きあげる。
乱れた髪から覗く繊細な鼻梁や微細な睫の震え。柔らかそうな唇から漏れる吐息…。
そして蚯蚓腫れになった幾筋ものオレの爪痕に滲む血の匂いは、猛々しくオレを煽るに十分だった。
(───あああっ…!!)
耳を打つ獲物の悲鳴に陶酔すら覚える。
傷付き消耗している獲物を、容赦なくまた貫いた。
熱く滾り膨張したオレを強引に獲物の中へ押し込み、肌が完全に合わさるまで埋め込んだ。
だが今度はすぐには動かず、獲物が慣れるのを待った。それから徐にゆらゆらと揺らし始める。小刻みに衝くことを繰り返す。
やがて。
ぐったりと咽を反らしていた獲物の体が、不意にびくっと震えた。
おののくように獲物が瞳を見開き、オレを見上げて首を振る。
オレは嗤った。
怯えて竦む前茎をも撫で、包み、弄んだ。
懸命に快楽に抗おうとする獲物を目でも堪能しつつ前後同時に、交互に嬲り、責め、追い詰める。
何を堪える?
無駄だ。
おまえも狂えば良いのだ。
目を開けて確かめろ。
どうだ。
オレが侵しているのではない。
おまえがオレを求めている。
熱くうねり、オレを咥え、放さない。
欲しいか…。
『あ──ああ…っ!!』
揺さぶると獲物は堪えきれなくなったように声をあげ、その反動でオレを締め付けた。
オレは大声で嗤った。
いいぞ。もっと鳴け。
おまえが泣いて果てるまで続けてやろう。
共に、人でなくなるまで。
───ふと…何か、温かいものが触れた。
そっと触れ…柔らかく重ねられる。大きく裂けた、悍(おぞ)ましいオレの口元に…。
それが獲物からの口付けだと気付き、オレは驚愕した。
淡い吐息に頬を打たれる。
(目を──覚ませ……。く…ど…う───)
ド ク ン。
「アゥッ…!」
脈がこめかみを打ち、キーンという異音に耳を押さえた。
なに…?
なんだ。
いま、なんて言った。
オレに…、オレに、話しかけたのか。
違う。
オレじゃない。
オレは、
オレは…────
目の前が暗転する。
パチンとスイッチが切れるように、オレの中で何かが二つに分裂した。
片方は薄闇の彼方へ瞬く間に飛散し、消え失せた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ぼんやり目を開ける。
目を開けたが、やはり闇だった。
オレは闇と静寂の中にいた。
遠く…耳鳴りがする。
何処だろう。
いまは、いつだろう…。
「お目覚めですか、名探偵」
(───キッド…!)
オレは驚いた。
驚いて起きようとしたが、体が重くて動けない。
のろのろと手を着いて、漸く立ち上がった。
オレが横たわっていたのは床だった。
広くて何もない──ここは美術館の展示室。
なぜ…こんな所に。
声がした方を見る。
キッドは窓を背に佇んでいる。月はなく、シルエットしか判らない。
「大丈夫ですか、名探偵。お互いおかしな夢を見たようです。これ…」
カチャッと音がして、キッドが片手を持ち上げる。
「この鍵をお持ちですか」
キッドの片手に手錠がぶら下がっている。
「オレが、おまえに…はめたのか?」
声が出た。低く掠れていて自分の声じゃないみたいだ。
「片方はなんとか抜けたのですが、きつくて」
キッドが肩を竦める。
キッドの声も小さくて、ずいぶん遠くにいるように感じる。
服のポケットを探した。
眩暈がひどい。
何故こんな場所にキッドといるのだろう。
「あ」
そうだ、鍵は靴底のスライドポケットに…。
「そんな所に隠しておいでだったとは」
キッドが呆れたように呟いた。
キッドの方へ歩こうとしたが足元が定まらず、オレは膝を着いてまた床に倒れ込んだ。
「ご無理なさらず。投げてください」
言われるまま、小さな鍵をキッドへ放った。
受け取った鍵で錠を開ると、キッドは手首をさすってふうと息をついた。
その吐息を聞いて。
感触が甦った。
あれは───夢…?
ゾクッと背筋に戦慄が走る。
夢か? 本当に…?
あれは。
あれは…。
「キッド、オレは──まさか……」
心臓が締め付けられるように痛み、胸を押さえてオレは呻いた。
「〝人でないもの〟は去りました。あなたは私が敬愛する名探偵、工藤新一です。何も考えず、もう一眠りなさるがよろしい……目覚めれば夜は明けているでしょう」
ボンと音がして、甘い香りが立ち込める。
「キッド…」
胸の痛みが朧になり、目を開けていられなくなる。
『───今夜のことは、度重なる異常な体験と強い薬のために起こった一夜の幻です。名探偵ならきっとご自身の苦境を克服出来ます。そう信じています…』
そっと、髪を撫でられた気がした。
オレは自分が犯した暴虐の罪を認識する前に、眠りという救済の中へ吸い込まれた。
20181117
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●拍手御礼
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