憤怒《2/2》(新快前提 京極×快斗)R18
※ダークサイドの単独パラレル。いろんな意味でスミマセンッ(*_*;
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〝忘れ物など、明日になってから取りにくればよいものを───〟
やるせなく呟いた男の瞳には、憤怒の暗い焔が揺らめていた。
ひっくり返って頭を打ち、咄嗟に起き上がることが出来ない。
じいんと痺れて、目が霞んだ。
(…ううっ!)
喉が詰まり、苦しくてもがいた。
男の大きな手がパーカーの襟を絞るように掴み、軽々と俺を持ち上げる。
シャツのボタンが千切れて飛ぶ音を、耳鳴りと共に遠く聞いた。
何が起きようとしているのか、自分の身にどんな危険が迫っているのか。
ただならぬ男の気配から予測は出来ても、何故だか本気で逃げる気になれない。
ここで下手に抗えば、シゴトに影響するような大怪我を負いかねない。だけでなく、確かに男の言うとおり、この状況は自分が蒔いた種に違いなかった。
来なければよかったのだ、こんな時刻に。
不用意に忘れ物をし、不用意に探しに来たりしなければ、こんな事にはならなかった。
やり場のない怒りに我を失っている男。理由は知らない。だが、強い憤りに突き動かされ、男はひとり深夜の学校を訪れたのではないだろうか。
気が済むまでトレーニングで汗を流し、くたくたに疲れきってしまえば、明け方にはきっと眠れる──はずだったのではないだろうか。
俺さえ、目の前に現れなければ。
考えが頭を過ぎったのは一瞬だ。圧倒的に体力で敵わない相手だということは、掴まれた腕の痛みだけで否応なく理解できた。
後ろから膝を蹴られ、がくんと前に崩れた。長椅子に俯せに上体を乗せた格好で抑え込まれる。
いつの間にか上衣はほとんど剥がれて、裸の背に回された右腕が抜けそうに痛んだ。
もう、完全に動けなかった。
顔を椅子に押し付け、下肢にあてがわれる熱の重さに固く目を閉じ、俺は唇を噛んだ。
(─────ウアァッ!!)
苦しい、と表現する以外にない。
体内を圧し拓かれる灼けるような衝撃に、噛み締めた歯の間から悲鳴が漏れる。
出来る限り力を抜いて、少しでも傷みを軽減できないかと思ったが、無理だった。とてもその程度で許されるような楔ではなかった。
荒れ狂う嵐に翻弄される。
続けざまに奥深くまで抉られ、全身から火が噴くような感覚に囚われる。
あまりに烈しくて、意識を失うことも出来ない。
それでも───やがて朧気に男の動きが緩やかになってきたのが分かった。ようやく終わりが近付いたのかと思い、僅かな隙を縫って息を吐いた。
だが、そこからまた男の勢いが増した。
目一杯埋められたままの状態で激しい衝き上げが再び始まった。ちかちかと星が散り、目の前が暗転する。何も考えられない。自分がどんな姿勢をとらされているのかも判らなくなった。
体中が圧迫されて、どこもかしこも熱くて熱くて、たまらなかった。
ただ、腕の先に絡まって袖だけ残していたパーカーを咬み締め、絶叫するのだけは堪えていた。
ふ…と、宙に浮くように体が軽くなった。
はあはあと、肩で息をする音がする。
自分なのか、男のものなのか、判らない。
怠くて、痺れてしまって、体に少し力を入れるだけでも鋭い痛みが走って、手脚を持ち上げることすら叶わない。
いま与えられている苦痛の全ては男が抱えた疵であり、俺への咎めでもある。そう思った。
(……?)
男の気配が、変わっていた。
まだ体は繋がれたままだが、俺は少しだけ瞼を持ち上げた。滲んだ輪郭の男の顔が、俺の目を覗き込むように近付く。
黒いな…目玉が。眉毛も濃くてゲジゲジだ。
男の容貌に愛嬌を覚え、俺は微かに笑った。
どくんと男から震えが伝わり、体の芯に熱が沁みてゆくのが分かった。
───おい。
───おい、しっかりしろ。
「………」
唐突に意識が浮かび上がった。
見慣れない室内。
真新しいロッカールーム。
(…あ…れ)
そして、目の前に大きな影。
杯戸高の上級生。素肌に羽織ったジャージから、発達した大胸筋が覗いている。
ああ───やっぱり。
さっきまでとはまるで顔つきが違っていた。
〝憑き物〟が落ちたのだ。
俺は長椅子にタオルを敷いた上に寝かされていた。体にも別のタオルが掛けられている。
(かっこワリィ)
煙幕でも張って、さっさと退散したいところだ。だけど裸だし、体はガタガタだし、どうしようもない。
仕方なく、強張った顔をどうにか動かして俺は男に微笑みかけた。ちゃんと笑い顔になってるかどうか分からなかったけど。
すると、男はウッと呻いて体を引き、忙(せわ)しく瞬きを繰り返した。
そして困惑しきった声で、俺にこう訊いた。
「なぜ、笑う? おれは、おまえに狼藉を働いた極悪人だぞ」
「………」
ゴク、アク、ニン、だって。
ぷっと吹いてしまった。
間違いなくこっちがこの男の本来の〝貌〟なんだろう。濃い眉は人の良さそうな形にカーブして、大きく垂れ下がっている。
「なぜだ。そんな穏やかな目で、どうしておれを見て笑うことが出来るんだ」
「………」
答えようとして、でも声が出るかなぁなんて考えてたら、男がガツンと床に拳を叩きつけた。
「自分がこんなに最低な人間だったとは…。初めて会った相手に劣情を覚え、歯止めなく正気を失うとは。詫びて赦されるとは思わない。これから自首しに行く」
(…え?)
「警察と救急車を呼ぶ。少しの間、我慢して待っててくれ」
「ちょっ…、待って」
警察なんて冗談じゃない。
俺は慌てて男の腕を掴んだ。掠れてるけど、声はちゃんと出た。
「やめてよ。そんな必要ないから」
「なぜだ。このまま泣き寝入りするつもりか!?」
泣き寝入りって。いやいや。
「ケーサツに訴えるような事実はないよ。合意の上なんだし」
「・・・ごっ、ご、う、い───だと?」
男は目を丸くして仰け反った。仰け反りすぎて尻餅を付き、口をパクパクさせてる。
「まあ、逞しい人、わりと好きなんで。あなたなら多少しんどくてもオーケーかな~なぁんて」
「嘘をつけ!!」
「ホントです。あはは」
俺、全身嘘で出来てるから。これホント。
「騙されるかっ。おれの犯罪行為は明らかだ。どれだけ卑劣なことをしたか、自分が一番よく解っている」
「あの、それに…、俺も夜中に他校に入り込んだりとか、バレるとヤバいし」
原因になった忘れ物。〝俺仕様〟の腕時計を、万が一警察に調べられたりでもしたらそれこそ拙い。
「だからと言って、君をこんな目に遭わせて黙っているわけにはいかん」
「うーん…黙ってるっつーか。なら、秘密の思い出にするってことでどうですか」
「ひ・・、お、おも ・・○ × ☆ □ ?」
男はまたしても絶句し、それから本当に湯気が立つんじゃないかと思うほど真っ赤になった。
「ね。お互い事故だと思って」
「欺瞞だ…!いったいなぜ…?」
「言ったでしょ、こんなの事件じゃない」
俺にはものすご~くいろいろ後ろ暗い事があるから騒ぎたくないんだよね───とは言えない。
上級生はがくりと肩を落とすと、今度はホロホロと涙を零した。
「おれは杯戸高三年生、京極真。逃げも隠れもしない。おれは、おれはもう…」
「あの、マジで責任とるとか必要ないから。悪いと思うなら、お願いだから今夜のことは全部無かったことにして下さい。頼みます」
京極と名乗った上級生に向かって、最後は真剣にそう言った。
京極は涙を拭おうともせず、しばらく土下座するように両手を床に着いていたが、やがて姿勢を正すとそっと俺に手を伸ばしてきた。
少しビビったが、京極はバスタオルごと俺を抱き上げるとシャワールームに運んでくれた。
───本当にすまない。おれは、この罪を自分なりにきっと償う。
───この恥を濯ぐために、死ぬ気で精進する。
───いつかまた君に会うことを赦されるなら…もし赦されるなら、そのとき、改めて詫びさせてほしい。
俺にシャワーを浴びさせてくれながら、京極は声を震わせ、そう言った。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
とはいえ、実際ひでぇメに遭った。
翌日は学校休んだ。
普通に動けるようになるのに丸二日かかって、指の形にくっきり残った腕の痣が目立たなくなるまで、さらに一週間かかった。
工藤の家を久々に訪れたのは、だから杯戸高での一件から二週間近く経ってからだった。
工藤んちのリビングで何気にテレビを点けたら〝空手の京極真選手、武者修行~休学して渡欧!〟というテロップがいきなり出てきて、ビックリした。
京極真。あの男だ。
空港が映っていた。記者が追いかけるように歩きながら、京極にマイクを向けている。
武者修行…。
そーか、空手の選手だったのか。どおりで。
さすがにじっくり思い返したい出来事ではなかったので、京極の名を知ってもどんなヤツなのか特別調べたりしていなかった。
そのまま突っ立ってテレビを見てたら、工藤が寄ってきた。
「気の毒にな。空手界金の卵の京極選手を巡って、協会内外でいろんな利権や派閥の対立があったらしい。あげく、大人たちの悶着から京極選手を護ろうとした京極選手の恩師が一方的に協会を除名されられて、その数日後に心不全で急逝しちまったんだ、京極選手もやりきれないだろう」
「………それ、いつの話?」
「まだ二~三週間も経ってないんじゃないかな。今回の武者修行も恩師と支えてくれた友人に報いるため、とか記事に出てたぜ」
「有名なんだ…? この京極って選手」
「快斗、おまえ興味ねえことにはトコトン疎いな。日本空手界の救世主だぜ。今後十年以上、世界中のタイトルを総なめにする選手だ」
「へえぇ…そうなんだ」
テレビのアナウンサーが京極に話しかけてる。
───京極くんは現在300連勝中だけど、目標はどこまで?
『いや、自分先日一敗しました』
アナウンサーと同時に、工藤が俺の横で〝えっ〟と声を上げた。
───それはいったいいつ?! 誰に?! 公式戦ではなくてですか?!
『空手の試合ではないです。少なくとも〝彼〟に恥じない、心身ともに強靭な選手になるまで、戻らないつもりです」
画面の中の京極は、あの時と同じ顔をしていた。眉毛が人良さそうにカーブして。
なおも問い掛けるアナウンサーに会釈を残し、京極は出国ゲートへ消えていった。
は、は、は。
なんか、いまの話、まさかと思うけど俺のことだったりして…。
「────なんか変だな」
「なにが」
「おまえ、京極真選手になんで急に反応してんの」
「別に。工藤こそ詳しいじゃん」
「蘭の試合を観に行って、通路ですれ違ったことくらいあるし。惚れ惚れするぜ、蹴撃の威力なんか」
「へ、へえ~そうなの」
なんか、ぎりセーフっていうか、アウトっていうか。
あの時逆らわなくて正解だったのは確かだ。下手扱いたら腕や脚の一本へし折られててもおかしくなかった。
それにしても、今さらだが最初に〝江古田〟の生徒だって京極に答えちまったのだけは悔やまれる。
頼むからたくさん修行して、当分帰ってくるな、京極真。
そして絶対、絶対、あの夜のことは秘密だぞ…!!
20140807
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※う…お粗末様です。ダークサイドに徹しきれず(汗汗)。だって京極さんいい人なんだもん~!
※最初は『★普通の高校生パラレル』の設定でいこうかと思ったんですが、快斗くんの怪盗設定を生かす方向に転換したらこうなっちゃいました…。最後までお付き合いいただき感謝です。&スミマセン(+_+)!
●「月光という名の真実」「有り得ない」「想定外」「憤怒《1/2》」へ拍手ありがとうございました!
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