異形の者
※2013年up「真贋」の、前日譚イメージパラレル(..;)。描写控え目ですがR18です。
──────────────────
月のない夜だった。
マントの翼にもモノクルにも湿気った風が纏わりつき、何時になく厭な気分のフライトだった。
異変は突然起こった。
突然──というより、気付いた時には俺は既に〝異変〟に囚われていた。
真っ暗だった。
眼下に在ったはずの街の灯も、遠く目指していたビル街の赤い警告灯もない。
何も見えない。
ただ天も地もない暗闇の中を漂う感覚。
何だ、これは。
俺は…眠っているのか。夢の中か?
そんな筈はない。
さっきまで、確かに温い夜風を切って滑空していたのだ。
ぼうっとして、意識が混濁する。
おかしい。
おかしい。
何が起きてる。
俺はどうしたんだ。
体は浮いているのに、何かに縛り付けられたように手脚が動かない…!!
───ご心配なく。怪盗キッド様。
不意に耳元に届いた声と気配にぞわりと全身が粟立った。
『誰だ!!』
────ほほう。さすがキッド様。視界を奪われ我が〝棲(す)〟に取り込まれたというのに、気丈なことです。
(なんだって…? )
全身を這い回る悪寒。動けず、何も見えない事への恐怖。
夢じゃない。意識は保っている。
だけど、あまりに感覚が曖昧だ。
何より、さっきまで空を飛んでいたのに罠にかかるなんて有り得ない。
気が遠くなる。
何か、吸わされたのか?
空を飛んでいたのに、そんな事ができるのか。
懸命に思い出す。自分の身に起きたこと。思い出せ。
纏わりつく不穏な湿気。濃霧の中を飛んでいるかような朧な空間…。
あれは───あれが、まさか仕掛けられたものだったというのか。
───お気付きになったようですね。その通り、キッド様は私の仕掛けた〝棲〟に飛び込まれたのです。
しかしご心配なく。
私はキッド様の美しさに魅入られました。
貴方をクライアントに差し出す前に、是非私にキッド様を愛で堪能させていただきたい…。
申し遅れました、私は〝スパイダー〟。
ああ、そんなに暴れてはいけません。
私の棲の絲は大変細く、強靭です。もがけばもがくほど体に食い込み、キッド様を苛(さいな)むことになります。
ご自愛下さい、キッド様。
しばし、お堪え下さい。
私が持つ最高の〝毒〟で、キッド様の不安も恐怖も苦痛も全て忘れさせて差し上げます故───。
〝スパイダー〟の声が脳髄に響く。
目を開けてるはずなのに、目の前は真っ暗で、スパイダーの気配すら分からない。
ぐっと顎を持ち上げられ、ハッとしたのも一瞬だった。口元を生温いものに覆われ、とろりとした液体が喉に流し込まれる。
吐き出せない。
息が出来ず、暴れた。
ゴクリと飲み込んで、ようやく口を開けて肺に空気を取り込むことができた。
(いま、何を、飲まされた…?)
いま、と、思ったが、もしかしたら数分か、数時間が経過していたのかもしれない。
目を開けてもやはり視界は真っ暗だった。
だが、手脚を縛り付けていた細い絲のような物からは解放されていた。
気分が悪い。目眩がする。
横たわっていた俺は、起きあがろうと体を捻って愕然となった。
俺は裸だった。
服も、モノクルも、手袋も、何もない。
ただの裸の〝俺〟は、痺れた手脚を満足に動かすこともできず、半分体を埋めた柔らかな布の上でもがいていた。
ぞっとする。
ベッド、か…?
何が起きた。何が起きてる。
悪夢は続いているのか。
悪夢は始まったばかりなのだろうか…。
───お目覚めですね、キッド様。視界もなく、体の自由も利かぬ中、声をあげることなく取り乱すこともなく状況を把握しようとなさる気丈さ、その気高さに平伏す思いです。
(スパイダー…! そこにいるのか)
手も足も出ないどころか、現実感さえ失われている。
声も出ない。
俺は本当に目が覚めているのか。
どのくらい時間が経っているのか。
ここは何処なのか。
判らない。
(あっ!)
体を仰向けに返される。
のしかかってくる〝スパイダー〟の気配。
体が動かせない。力が入らない。〝スパイダー〟を押し退けられない。
逃げられない。
意識はある。
痺れているが、肌の感覚はちゃんとある。
夢であってほしいが、夢でないことは嫌というほど解る。
叫び出したいのに叫べない。
自分の体が他者に弄ばれる恐怖。
体を他者に侵される恐怖。
ふと工藤の顔を思い出しそうになり、懸命に振り払った。
───ああ…。美しい。キッド様。
───これから私の毒でキッド様を隅々まで犯して差し上げます。
───ご心配なく。キッド様を傷付けたり、お命を奪ったりなどと無粋なことは決していたしません。
───ただただ、私は美しいものを愛でることが至上の歓びなのです。願わくば、キッド様にも同じ歓びを受け取っていただきたい。
───どうか私にお任せ下さい。決してキッド様を苦しめるような〝愛で方〟はいたしません…。
(や…め、ろ…!!)
痺れた手脚が絡め捕られ、スパイダーによって大きく開かされる。
気が狂いそうだ。
(放せ…っ!!!)
────おお、危ない。これだけ毒を注いでいるというのにまだ動けるとは。しかし無理をなさると怪我のもとです。ご容赦を…。
チクリ、と微かな痛みを喉元に感じた。
手脚の力が抜ける。
意識はあるのに…まるで動けない。
スパイダーの嗤う声が聞こえる。
体の芯が拓かれる感覚。
スパイダーの指か、他の何か。奥を弄られ、同時に前を嬲られ続け、屈辱以上の快楽が湧き起こって絶叫する。
(やめろ…っ!、やめ、ろ…!!!)
必死に抗っているつもりでも、実際にはスパイダーの指の動きに合わせて体が勝手に跳ねている。
最深の琴線を無遠慮に弾かれ、溢れ出そうになる悲鳴を必死で噛み殺して堪えた。
だが長くは保たない。自由の利かない体を縦横無尽に侵され、嬲られ、そして毒の効き目なのか、歓喜の感覚だけは、異様に鋭く研ぎ澄まされてゆくようだ。
スパイダーはこうして獲物を嬲りながらその悦びを最大限引き出し、吸い取り、補食しているのだ。
────ふふ、素敵です……強情なキッド様。
ほう、というスパイダーの溜め息が 頬にかかる。
───しかし私の毒はすでにキッド様の中芯から手足の爪の先まで廻っています。ほんの少し撫でるだけで、キッド様を快楽の頂へ誘うことが出来るのですよ…。
(あ、あ、……あああ!)
真っ暗な視界にチカチカと閃光が瞬く。
これでもかと拓かされた下肢の奥に、熱い異物が押し当てられる感覚に身を捩った。
───楽にしていて下さい。充分解(ほぐ)しましたので、そろそろ私自身の毒をキッド様の中へ穿たせていただきましょう。
───ゆっくり、ゆっくりとね。ふふふ、ああ、最高です。素晴らしい…キッド様…。
クックッと嗤うスパイダーの吐息が喉や胸にかかる。
押し当てられたスパイダーの鋭い身針が、徐々に俺の体内へ挿しこまれてくる感覚。
苦しいのに、まるで悦んでいるかのように自分の体が激しく震えている。
拒絶できない。
芯の芯まで、深く、犯されてゆく…!!
(あ、あっ…、ああ、ああっ…!)
───ほうぅ。本当に素晴らしい、キッド様。私がこれまで奪ってきたどんな得物より、貴方は美しく気高い。
蠢くようなスパイダーの含み嗤いが、全身を覆い尽くす衝撃と共に俺を弄ぶ。
(あっ、あああっ!!!)
────キッド様。さあ、もっと私の針の毒を。
────もっと。もっとです。ああ、キッド様…。
真っ暗闇の中。
どのくらい時間が経過したのか、全く判らない。
気が付けば、体を返されまた犯されていた。
果てると気を失う。
あるいはジワジワと焦らされ、耳朶を嬲り、狂いそうに乱れるまで弄ばれる。
スパイダーの責めに何度も身を捩り、気を失い、果てなく凌辱されながら、それでも俺はギリギリ最後のところで自我を保っていた。
スパイダーという異形の者の正体を掴むヒントを得ようと、心の中で足掻いていた。
スパイダーの目的は何なのか。
クライアントとは、いったい。
スパイダーの毒の効き目が薄れれば、俺の視力は戻るはずだ。スパイダーの物言いから、それは推測できた。
だから…今は屈辱に耐えるしかなかった。
全身を快楽という毒に侵され、スパイダーにどれだけ弄ばれようと……。
俺は絶対に生きて帰る。
そして、スパイダーの正体を暴く。
絶対に…。
絶対に……。
20200726
──────────────────
※「カテゴリ★闇に棲む蜘蛛」から派生した別パラレル「真贋」の前段、キッド様がスパイダーに捕らわれた際のお話でした。
※この〝スパイダー〟は、当時の「まじっく快斗」テレビアニメ版に出てくる殺し屋スパイダーとは設定が異なります。数年ぶりの追記で色々ややこしいですが、状況細部はご想像にお任せです。雰囲気なのでお許しを~(いつもの逃げ文句ですみません)!
●拍手御礼
「月光という名の真実」
ありがとうございました!
[9回]