怪盗の落とし物(白馬編)
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「いいえ…キッドは盗んでいきました。ビッグジュエルを受け継ぐべきお嬢さんのために、お父様の〝真実〟をね」
僕が告げると、依頼者の年若い女性は両手で顔を覆い静かに泣き出した。
事件は解決した。
違法な手段でバイヤーに奪われたビッグジュエルを、キッドは予告通り盗み出し、そして返却したのだ。元の持ち主の手へ。
果たして僕の依頼者の亡き父親が一人娘のために隠し通した真実とは。
いや…これは推理ではない、憶測だ。
憶測はやめよう。
この件は警察に通報されることもなかったため、表沙汰にはならない。煩いマスコミが付きまとうこともないだろう。
怪盗キッドの粋な演出に敬意を表し、今回は僕も大人しくこれで引き下がるとしよう───。
静かだ。
屋敷を辞したあと、僕は迎えを呼ばず、晩秋の落葉舞う遊歩道を歩いて下りていった。
空は青く、寒さは感じない。木洩れ日が木々を彩って美しい。
「………」
考えるともなく、僕は思い出していた。颯爽と現れた怪盗の白い姿を。
シルクの手袋の指先が弾かれ、凛とした声が響く。するとそれまで密やかに籠もっていた屋敷の空気が一変した。
まさに大胆不敵、予測不能の華麗なshow。
この世にひとり残された愛娘へ、亡き父親の願いを伝えるためだけに…。
キッドとあの家柄には、どんな縁(ゆかり)があったのだろう。
僕は首を振った。
詮索は野暮だとさっきも自分に言い聞かせたのに。確かめたくなる探偵の性を堪えながらゆっくりと歩く。
──それにしても。
鮮やかに甦る怪盗の手際。大きくマントを翻す怪盗の姿。
堪らなくCOOLだった…。
認めざるを得ない。
僕は、やはり怪盗キッドに惹かれている。
そして同時に気になるクラスメートの顔も思い浮かべる。
彼こそがキッドの正体だと、僕は推理している。集めた証拠から導き出した違いようのない推理結果だ。
それなのに、いまだ僕はクラスメートの彼と怪盗とを、完全には結びつけられないでいる。
なにしろクラスの彼は慌てん坊のオッチョコチョイで。自信家のくせにやたら抜けてて。明るく、朗らかで、太陽のように皆を照らしている。
どう重ねようとしても、淡い月光の中に佇む怪盗とは似ても似つかない。
僕の頭の中はいつの間にか怪盗ではなく天真爛漫なクラスメートの彼の姿で埋め尽くされていた。頬が知らずのうちに緩み、秋風の中で不思議な幸福感に包まれる。
黒羽くん、君はいったい本当は何者なのだ───。
と、その時。
「・・・・?」
僕は立ち止まった。何かある。
枝々の隙間から見える〝白い物〟。
ダークブラウンやオレンジ、イエローといった木々や枯れ葉の中でやけに目立つそれは。
「え?」
僕は目を擦った。二度。
緩やかな斜面に転がっていた物。それは見間違えようもない、怪盗のシルクハットではないか!
「な、何故??!」
これは罠か。
いいや。落ち着け、そんなわけはない。僕がここを通ることは誰にも予測はできない。本当に偶然通りかかったに過ぎないのだ。
「本物なのか…?!」
事件の余韻も晩秋の絶景もクラスメートの顔もどこへやら、僕の心臓は不規則に跳ね、シルクハットに近付く足元が情け無いほど覚束ない。
全体がはっきりと視界に入る。
間違いない。
ほんの数メートル先に転がっているのは、あの怪盗キッドのシルクハットだ!!
「やっべ、こんなとこに! うあ~良かった見つかって!!」
不意に頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「!!?」
見上げた瞬間、僕の目に飛び込んできたのは───視界いっぱいに広がった白いマントと驚いた顔の怪盗とそのモノクルに映る自分。
どすん!!
腰と後頭部を強かに打ち、僕は息を詰まらせた。
しかし土の上に積もった枯れ葉がクッションになったのだろう、さほど酷い衝撃ではなく、僕はすぐに体を起こそうとした。
したのだが、僕の腹の上に何かが乗っていて動けない。
それが空から降ってきた怪盗であると認識するまでに何秒かかったことか。
「な、なんでテメ…っ、白馬探偵がこんなところに」
怪盗の声も上擦っていた。
しかし僕が気持ちと体勢を立て直すより、怪盗が非常手段を繰り出す方が早かった。
《《 ぼわん!!! 》》
あっという間に周囲が煙に包まれる。
甘い香り。
すっと体が軽くなる。(おそらく怪盗のトランプ銃のケーブルの音だろう)シュルシュルと機械音が微かに聞こえ、やがて煙が晴れる頃には辺りは再び静けさを取り戻していた。
そして斜面に転がっていたシルクハットは、怪盗と共にきれいさっぱり消え失せていた。
「…………なんだったんだ、今のは」
僕は怪盗の怪盗とは程遠い言葉遣いと、僕の姿にビックリして目を丸くした表情を思い出し、アハハと声を出して笑った。
あれはキッドではない。
僕はこの時こそ確信した。
僕が真に惹かれているのは───どちらの彼であるかを。
推理も理屈も説明もいらない。
怪盗のとんだ落とし物のおかげで、僕は今日二度美味しい思いをしたのだ。
明日、教室で会ったら彼はどんな顔をするのだろう。
ポーカーフェイスを貫くだろう彼の心中を思い浮かべるだけで、僕は楽しくてたまらなくなった。
早く帰ろう。
早く明日になれ。
早く彼に会いたい。
僕は急く気持ちを抑えつつ、腰をさすりヨタヨタしながら、また坂道を下り始めた。
20181216
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冒頭の事件は前振りなので詳細省略ですスミマセン(..;)。キッド様ったらついうっかり飛行中にシルクハットを風に飛ばされてしまったんだなぁ、という話でした。オソマツサマですm(__)m!
●拍手御礼
「閃光」「サカナ嫌い2」「金色の絲」「怪盗の落とし物(平次編)」「変異」
拍手コメント御礼
雫水さま●『紺青の拳』予告ご覧になりましたか?! 二月のイベント上映も楽しみですね(^_^)ノ
炭酸さま●コメントありがとうございます(^-^)。久方ぶりに思い出して来訪して下さったとのこと、嬉しい限りです。更新間隔がかなり緩くなってますが、またよろしかったらお訪ね下さい。
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