宣戦布告《2/2》
カテゴリ★普通の高校生パラレル
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『おい快斗、白馬が工藤んとこに行くぜ!』
『直接対決かよ!』
サッカー部の仲間の話し声に驚いて周囲を見回した。
放課後、帝丹の制服姿で江古田のグラウンドに姿を見せた新一。その新一のいる方へ白馬が校庭の端を歩いてゆくのが見えた。
白馬が、なぜ新一のところへ――?
「工藤くん」
「よお白馬。こないだはサンキュー」
「どういたしまして。誘ってもらえて、僕も楽しかったです」
「家の酒飲んだのバレなかったかよ。オマエんちの親、警察のお偉方だろ」
「ふふ。まぁ、なんとか」
快斗がドリブルして走り出した。目で追う。白馬も校庭を振り向いた。
巧い!
フェイントでディフェンダーを一人かわした快斗が、次の二人の裏にボールを落としてすり抜ける。シュート!! 決まったぁ!
練習だけど快斗のカッコ良さに思わずガッツポーズしちまった。白馬が俺を見て笑う。
「黒羽くんのこと、とても好きなんですね」
「まあな」
「うらやましいですね…。君たちの結び付きがとても強いものだという事は、この前一緒に過ごしてよく伝わってきました」
白馬が微笑んだまま俺をじっと見つめる。なにかを確かめようとするかのように。
脇を歩き過ぎる江古田の生徒たちの視線を感じた。何故だろう。急に居心地が悪くなる――。
「僕は、工藤くんに謝らなければならないことがあって来たのです」
「なんだよ」
「いま、校内では黒羽くんは僕と付き合っていることになっているのです」
「……は?」
「もちろん単なる噂です。僕が少々不用意な行動をとってしまったために、おかしな噂がたってしまった」
「何だよ、不用意って」
白馬はそれには応えず、金網に背を凭れるようにして俺の脇に立った。そうして腕を組み、サッカー部の練習に目を向ける。
「もうひとつ、工藤くんに告白しなければならないことがあります」
何を言うつもりか。聞かなくても解る気がした。こいつは――白馬は。
金網を掴んだ俺の指に力が込められるのを白馬が横目に見て微笑んだ。
「…察しがよいですね。僕と黒羽くんが付き合っているというのは噂に過ぎませんが――僕が黒羽くんを好きなのは本当です」
あくまで穏やかでいながら臆することのない白馬の声。僅かでも俺の心に綻びがないかどうかを確かめているかのようだ。
「そりゃ残念だったな。こないだは気付かなかったけど……とにかく快斗は誰にも渡さねえ」
言いながら熱くなる。
金網を挟んで俺は白馬の横顔を睨み付けた。合点がいった。そうだったのか。最近快斗が困った顔して鬱いでたのは、その噂が原因か。
「僕の一方的な想いだということは重々承知しています。しかし僕は僕で覚悟したんです。たとえ黒羽くんの心が僕に向いていないとしても――この想いを簡単に手放すことは出来ない」
「宣戦布告のつもりかよ」
「そう受け取ってもらって構いません。しかし、君にとってたいした脅威にはならないでしょう。完全に僕の横恋慕ですから……今のところは、ですが」
「この先もだ」
わあっと声がして気が付くと、サッカー部のボールが逸れてこっちまで転がってきていた。
白馬がボールを拾いに数歩歩いてしゃがんだところへ、快斗がボールを追って走ってきた。
なんだか分からないが周辺がざわめく。下校中の生徒たちが数人歩道の向こうで立ち止まってこっちを見ていた。サッカー部員たちも何人かは動きを止めこっちを見ている。
白馬が快斗にボールを放る。快斗は小さく白馬に礼を言ってすぐにグラウンドにとって返した。
――と思ったら、振り向いた。俺を。快斗がボールを片手に抱えて走り寄ってくる。
スローモーションのように雑音が消え、走ってきた快斗の息づかいだけが耳に届いた。
「新一、練習終わるまでどっかで待っててくれる?」
「そのつもりさ」
金網を掴んでいた俺の手に快斗が自分の掌を当てる。ほんの、一瞬。
俺の目を見て頷き、快斗は今度こそ真っ直ぐサッカー部の練習に戻っていった。
胸が高鳴っていた。快斗。
「……やれやれ。目の毒ですね、まさに僕にとっては」
我に返る。
白馬の存在すら一時消えていた。 指に触れた快斗の掌……。敵愾心や疑心のような黒い感情を俺から吹き飛ばしてくれた。
「ですが、金網のこちら側にいるのは君ではなく僕です。そのくらいのアドバンテージはあって良いでしょう」
「関係ねえ。白馬、言っとくがもし快斗におかしな真似しやがったら――」
「まさか。……と言いたいところですが」
「なにぃ」
「ふふ。冗談ですよ。黒羽くんを傷つけるような真似はしません。そのつもりです」
「いちいちもったいつけた話し方すんじゃねえ!」
白馬が笑う。食えないヤツだ。しかし、どこか憎みきれない。
「そろそろ失礼します。工藤くんに気持ちを打ち明けられて、スッキリしました」
「勝手なヤローだな」
肩を竦めて背中越しに会釈をし、白馬が歩み去っていった。
俺は一人そのまま同じ場所に佇んで遠くサッカー部の練習を眺めていた。
夕焼けの陽が長く影を落とし、いつの間にか辺りに他の生徒たちの姿はなくなっていた。
快斗。大丈夫さ。
俺が、俺たちが自分の気持ちを信じていれば、なにも不安に思うことなんかない。
俺は江古田高校の校庭から離れて歩き出した。快斗にメールを打つ。
〝近くで待機中〟
練習が終わったら、快斗が連絡くれるだろう。少しその辺をブラブラして、気持ちをフラットにしておこう。快斗が心配しないよう。誰より優しい快斗だから。傷つけたくない。誰にも、傷つけさせない。
夕暮れの路を歩きながら、俺はぼんやり思い浮かべていた。さっきの快斗の眼差しを。
温かかった、掌を……。
20120623
[7回]