真贋《4/4》(XX→キッド)
※「カテゴリ★闇に棲む蜘蛛」から派生の別パラレル。ダークサイド系・閲覧ご注意下さい。
※この〝スパイダー〟は、テレビアニメ版の殺し屋スパイダーとは設定が異なります。
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部屋に入ると、片隅に置かれた空気清浄機のノイズが微かに耳についた。
少年は〝私〟が出て行った時と同じ様にベッドの上でシーツを被っていた。
小さく丸まり、シーツからは髪しか見えない。
ピクリとも動かないところを見ると、気を失っているのかもしれなかった。
〝私〟は微笑んだ。
無理もない……。広い部屋だが、男たちの汗や体臭、吐き出された体液の匂いが漂い、ベッドには乱れた痕がありありと残されている。
一時(いっとき)に五人から責められては、いくら気丈な少年でも最後まで正気を保ってはいられなかったのだろう。
〝私〟は振り向いて幹部たちに話しかけた。
「御納得いただけましたか?」
幹部の一人がソファーから立ち上がり、〝私〟を見ずに『ああ』と応えた。
もう一人の幹部はチラリと〝私〟を睨み上げてから立ち上がった。
『用は済んだ。失礼する』
脇に控えていた護衛たちも幹部二人に付き従い、次々ドアに向かう。
……もっと食い下がってくるかと思っていたが、意外なほどアッサリ引き上げてゆく。少しばかり違和感を覚えた。
四人が部屋を出たあと、一番後ろに付いていた護衛がドアを掴んでこちらを振り向いた。
無表情なその男は出て行かずに〝私〟を見ながらドアを閉めた。
「……どうなさいましまたか」
「結論が出たので、私が実行を命じられた」
護衛のうち一番印象の薄い男だったが、それは〝私〟の見誤りだったようだ。
何の感情も読み取れないこの男こそ、今日訪れた中で一番侮れない相手かもしれなかった。
「お一人で〝私〟と対するおつもりですか?」
挑発にも乗らず、男は淡々と言った。
「怪盗キッドを始末せよとの指示だ」
「それについては先刻お伝えしたと思いますが」
「分かっている。あなたの〝権利〟とやらは尊重する。直接手を下すのはあなただ」
声のトーンを変えずに男は続けた。
「今からあの少年を怪盗の姿に戻し、ヘリで上空から落とす。キッドの姿で始末するのが最善という結論だ」
「……無粋な事を」
「あなたの手で落としてもらう。それで文句はあるまい」
男はそこで初めて僅かに表情を動かした。しかしそれが笑っているのか怒っているのか読み取れない。
ここでこの男を始末するのは簡単だ。護衛風情が〝私〟と対等に交渉するなど片腹痛い。
そんな〝私〟の心を読んだように男は続けた。
「もちろん我々のボスに了解は得ている。つまりクライアントからあなたへの正式な依頼という事だ。お解りいただきたい」
〝私〟は少年に歩み寄った。
覗き込んで見ると、その頬は紫に腫れて痣になり、首には赤く縛られたような痕が残っていた。
〝私〟は目を細め、うっとりと手を伸ばした。
可哀想に……キッド殿。お辛かったでしょう。ゆっくり時間をかけ、また貴方を愛したいと思っていたのに────。
「キッド殿……お体を清めて差し上げましょう。どうかお目覚めを」
〝私〟はベッドの側に跪き、少年に囁きかけた。
サッと風が起きた。
一瞬何があったのか解らず、〝私〟は目の前の少年を見つめていた。
少年は上体を起こし〝私〟を睨み上げていた。しかしその瞳は未だ瞳孔が開いたまま、ただ〝私〟の素顔を映している。
〝私〟は指輪に仕込んだ針を少年の首筋に当てた。
少年は再び崩れるようにベッドに体を沈ませた。
────なんということ。
〝私〟としたことが、視力が戻ってないとはいえ、怪盗キッドにマスクを剥がれるとは!
〝私〟は震える手でシーツの上に転がったマスクを拾い上げ、顔に着け直した。
振り向くと、護衛の男がエントランスに立ったままこちらをじっと見ていた。
ヘリは HYDE CITY 上空に位置していた。
操縦している護衛がこちらを向いて頷く。現在の気象条件なら、まず間違いなく広いHYDE PARK の敷地内に墜ちるという…。
〝私〟は意識のない怪盗キッドを抱き起こして胸の内で呼びかけた。
キッド殿────暫しのお別れです。
しかし、すぐまたお逢い出来る。
この者たちの干渉はもはや無用。二度と口出しはさせません。
キッド殿の負われた傷が癒える頃、再びお迎えにあがりましょう。
それまでどうか、御自愛を……。
〝私〟は最後にキッドの唇に口付けた。
気付けの雫を口移しで吹き込んで。
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〝スパイダー〟と呼ばれる謎めいた刺客は、キッドを抱き起こすと私に見えないよう素早くキスをしたようだ。
この賭には自信があった。
スパイダーは〝最高の獲物〟怪盗キッドに深く執着している。そう易々と死なせる筈がない。
あとは────キッドの力と運を信じるのみ。
ドアがスライドし、上空の冷たい空気が強く巻き起こる。
スパイダーが腕に抱いたキッドを下界へと投げ出した。
私は僅かに操縦桿を傾け、緩やかに機体を旋回させた。
落下してゆく怪盗キッドがあっという間に小さくなり、白い雲に吸い込まれる。
しかしその直後、私の目には雲間を抜けて行く白い三角の翼が見えた。
錯覚ではない。
確かに、見えた。
20130203
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《補足》
一人称が被ってしまったために、スパイダーは〝私〟、護衛の男は 私 としてあります (*_*;
ラストは「カテゴリ★闇に棲む蜘蛛」の『虚空』終盤で、落下するキッド様のシーンにつながるイメージです。もちろん別パラレルで状況が違うので、完全一致はしませんが。
※そして反省なあとがきは、別に「ひとりごと」したいと思います。いろんな言い訳が有りすぎです~(@@);;;
(→2013.2.4up「ひとりごと/『真贋』あとがき」をご覧下さい )
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