奇跡の月と運命の彗星《11》
カテゴリ★インターセプト4
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「邪魔しないで欲しいって言ってるのは、あのボウヤたちのことよ」
「ホウ…それは工藤新一と、誰のことだ?」
「さあね。ウフフ…、とにかくもう時間がないの。残念だけどお別れよ、赤井」
ベルモットは俺にコルトポケットを突き出しながら、僅かに首を回して視線を後方へ向けた。
ガァン!
銃声が響いた。ベルモットが髪を乱して崩れ落ちる。
「シュウ、無事っ?!」
「ジョディ」
「間に合ってよかった。ボスが殺られて、次はシュウが狙われるんじゃないかって…大急ぎでこっちに来たのよ!」
「そうか」
駆け付けたジョディには、ベルモットが俺を撃とうとしているように見えたのだろう。ベルモットがそう見えるように装ったのだ。
倒れたベルモットのプラチナブロンドが血に染まってゆく。
「……」
風が吹きつける。
遠くの轟音が空気を震わせ微かに伝わってきたようだった。
月と交差した彗星の帯は、まるで月を突き抜けんとする矢のように細く、長く伸びていた。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
大きな波飛沫があがる。
湾岸から数百メートル離れた沖合に建つ巨大な堤防からは、夜空に浮かぶ満月と彗星が一際明るく輝いて見えた。
工藤に促され、アタッシュケースを手に取った。ジンの狙撃で歪んでいたが、鍵の部分は無事だった。
鍵穴は二つ。工藤が腕時計のライトを照らしてくれるので手元は十分に見える。小型のピックを使って片方の鍵はすぐに開けられたが、もう片方がなかなか開かない。
工藤は黙って俺の作業を見守っていた。
「ん…!」
かちりと指先に当たりを感じた。
「開いたのか?!」
俺は肯いた。
工藤に支えてもらい、ボタンをスライドさせる。
ギギッと音をたて、アタッシュケースの蓋が10センチほど持ち上がった。
二人でケースの中を覗き込む。
APTX4869が数錠入った小瓶。
そして三つのビッグジュエル。
ホープダイヤモンド、ゴールデン・ジュビリー、レッドサファイヤ。
「…こいつは偽物だ」
レッドサファイアの輝きに鈍さがある。月に翳してみると一目瞭然、人造物だと判った。
ポイと海に投げ捨てる。
「おい、証拠品だぞ」
工藤が慌てた声を出したが、そのまま次のジュエルを取り出した。
ゴールデン・ジュビリー。
───これは本物だ。持つ手にずしりとくる。淡くイエローがかった屈折光が美しい。
月に翳した。
何も浮かばない。
月明かりを弾いて金色に煌めく稀代のジュエル。だが、それだけだった。
最後の一つ。
ホープダイヤモンドも本物のようだ。蒼白く、角度によっては薄紫に見える光を放っている。
右手に持ち、月に翳した。
「………」
「どうだ?」
「やっぱり何も見えない。素晴らしいジュエルだが、それだけだ」
それだけ───。
虚しさとともに覚える解放感。
〝パンドラ〟はついに見つけられなかった。
呆気なくもすべてが終わった瞬間だった。
ジュエルを元に戻そうとすると、工藤が俺の手を遮った。
「もう一度、そのまま翳してみろ」
「え?」
工藤がゴールデン・ジュビリーを手にする。
「何する気だ」
俺が持つホープダイヤに工藤がゴールデン・ジュビリーを重ねて満月に翳す。
覗いてみた。
高い透明度を誇る二つのビッグジュエル。
その中を重なり合い、交差し、反射する無数の月明かり。
その中心に、ぼんやりと炎が灯る。
赤く浮かぶ、ジュエルの中のジュエルのように。
〝パンドラ───!!!!〟
互いに顔を寄せ合うようにパンドラを覗き込みながら、震える声で俺は工藤に訊いた。
「何故…解った?」
「可能性だよ。これまで一度も世に出てこなかったビッグジュエルだろ。一緒に発掘され、一緒に保管されていたのかもしれない。きっとこの二つのジュエルはセットなんだ。二つで一つなんだよ」
二つで一つ…。
そうかもしれない。
工藤の方が俺よりよほど冷静だった。
「…俺一人だったら、諦めるところだった」
「伝説では、赤く輝くパンドラは月明かりを浴びて涙を零すんだろう?」
「伝説では…な。けど、そんな事は有り得ない。なのに欲に目の眩んだ連中は、このパンドラを手に入れようとして人の命をも奪ってきたんだ。俺にとって〝パンドラ〟は、壊すためだけに探していたビッグジュエルだったのさ」
「そうか…。やっと話してくれたな、キッド」
ザザァッと波が押し寄せ、堤防に跳ね返り、激しい波飛沫があがった。
その飛沫が堤防に立つ俺たちに雨のように降りかかる。
掲げたジュエルを伝った雫が、まるで〝パンドラの涙〟のように俺の唇にポタリと落ちた。
気付いたら、工藤が俺に口付けていた。
波の音。
満月と彗星が輝く夜。
俺にとって、この温もりこそが奇跡だった。
「…これで一緒に不老不死だな、快斗」
「バァロ」
工藤が俺を快斗と呼んだ。
俺はマントを翻し、黒羽快斗の姿に戻った。
そして今度は俺の方から工藤にキスをした。
言葉はいらなかった。
》》バババババ…《《
「ヘリだ…!」
「あのヘリ、もしかして」
ヘリのサーチライトが五回点滅する。
「やっぱり! 寺井ちゃんだ! 寺井ちゃーーん!!!」
俺たちは寺井ちゃんと千影さんが乗ったヘリに助けられた。操縦する寺井ちゃんに抱きついて、千影さんに怒られた。寺井ちゃんも千影さんも笑いながら泣いていた。
なぜ俺たちをこんなに早く見つけることが出来たのかは、後で知った。
俺はヘリに乗り込んですぐに寝込んでしまったらしい。軟禁されていた間、ろくに食ってなかった。体力はギリギリだったのだ。
目が覚めると、どこか知らない場所に寝かされていた。
壁の高い位置に嵌めごろしの小窓が連なるアイボリーの壁。病院ではないようだ。
今度は工藤と白馬と服部平次までいた。
何を話したらいいのか分からず、ただ『ありがとう』と俺は言った。
白馬は俺にプレゼントだよと言ってチョコレートをくれた。俺はマジで嬉しくなって、さっきより大きな声で『ありがとう!』と言った。服部がワハハと笑い、工藤が渋い顔をして微笑む白馬を見ていた。
俺がいない間に、俺と工藤を隔てていたすべての柵(しがらみ)が消えていた。俺の秘密は無くなったんだ。
そして、たくさん心配や迷惑をかけた人たちがいた。
青子や、中森警部にも、元気になったら謝って、礼を言わなければ。
俺はまた眠った。
翌十六夜の月夜、すでに東へ去りかけているボレー彗星の明るさは急激に薄れ、あの時のようにビッグジュエルを二つ重ねて月に翳して見ても〝パンドラ〟が現れることはなかったそうだ。
20160409
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※『奇跡の月と運命の彗星』はここで了です。あと少し、後片付け的な内容を別タイトルにて~(*_*;
★一週間後には劇場版『純黒の悪夢』初日ですよ! はー楽しみ!
●拍手御礼
「未明の道」、そしてカテゴリ★インターセプトへ拍手ありがとうございます。言い分け始めたらきりない(> <);; お付き合いいただき本当に感謝です。
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