妄想(100万ドルの五稜星 余波)
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工藤からの電話をスピーカーホンにして作業台の端に立て掛け、俺は訊き返した。
「いま何て言った?」
『だから。こないだの北海道警の、あのトぼけた刑事いたろ。川添って』
「⋯あー、西村警部の部下の、あのメガネの」
返事しながら作業を続行する。
週末のヤマに使う特別な “仕掛け” だ。
『驚くなよ。今日警視庁で聞いたんだが、五稜郭の事件のとき、川添刑事は休暇を取っていたんだ。あの時の川添刑事は、別人だったんだよ』
「⋯⋯⋯」
『おい、聞いてんのか』
「聞いてる。⋯なんつーか、腑に落ちた」
手が止まる。
なんだろう、この感覚。
どこか───ちりちりというか、ゾワゾワというか、背筋を逆撫でされてるみたいな。なにか思い出しかけて、それが何なのかわからないような。
『ああ。だよな。事件の本筋が何なのか解る前から、ドジッたふりして謎解きのヒントをオレたちに出してた』
「うん。確かにあの時の川添刑事は、後から考えるとやけにいろいろタイミングが良かった」
『そうだ。目的はわからないが、只者じゃない。川添刑事をよく知ってる西村警部が全く気付かなかったんだからな、“別人”だったことに』
「そんな凄え奴いるか? そんな芸当が⋯尻尾出さずに、警察内部で、他人になりすませるようなやつ──」
『まあ、怪盗キッドならな。だが、今回おまえはオレたちと一緒だった。おまえはおまえで沖田に化けてたが』
「似てたろ」
『ざけんな。全然似せる気なかっただろう』
「わざと解るようにしてやってたんだよ、お前らには。その方が話が早いから」
『まったく⋯。で、話は戻るが、川添刑事に化けてたやつ、心当たりはないか?』
「俺に訊く? それ」
『ベルモットは違う。今回は組織の連中は絡んでない。まあ違うだろうが母さんもずっと自宅にいた』
「さあな。俺たちの知らない、どこかの物好きが、何のためか川添刑事に変装して、何のためだかわざわざ謎解きのアシストしてたってことだよな」
『ファントム・レディってことはないか』
「はぁ? あるわけねーだろ」
突然思ってもなかった名を言い出されて、思わず握っていたピンセットから小さなバネが外れて落ちた。
「あっ⋯」
コロコロ転がって手の届かない壁際にまでいってしまう。
『確認できるか』
「何を。──確認も何も、海外だもん、ずっと」
ファントム・レディが俺の母親だということは、以前の会話で暗に工藤には明かしてしまっている。今さら取り繕っても仕方がない。
『おまえに黙って日本に戻ってきてたってことは』
「何のために?」
『おまえを助けるために⋯とか』
「ねーよ! パリで放蕩三昧さ」
『可能性として、あの変装が可能な人物としてあげたんだ。他に心当たりは』
「ねーよ」
電話を切った。ネジを拾って作業に戻る。
だが、頭の中は工藤の言葉がずっとこだましていた。
『オレが知る限り、さっき言った候補者やおまえ以外にあんな真似ができるのは──初代キッド、黒羽盗一だけだ』
『パリでおまえのお袋が一緒にいるのは黒羽盗一じゃないのか。八年前のマジックショーの事故の後、実はずっと身を潜めていたとか───』
『おまえは父親の亡骸を見たのか?』
知るか。コドモだったんだぜ、こっちは。
はっきり焼け死んだと言われちゃなかったけど、炎に包まれる映像を見たんだ。遺体なんか見たいとも思わなかった。
親父が生きてる──?
あるかよ、んなこと。
あり得ない。
そう否定しながら、工藤の言葉は確実に俺の胸を射抜いていた。
あれが──父さんだったら──だって?
馬鹿言うな。
だけど⋯、もし、もし。
もし、本当に父さんが生きていたら。
密かに俺を手助けしてくれていたとしたら。
「⋯⋯⋯」
そんな馬鹿な。
そんな馬鹿な。
一度相対した黒衣の怪盗 “コルボー” を思い出す。
初代キッドに──親父にそっくりだった。
それも変装だと、コルボーは言ったが⋯。
心のなかで “あり得ない”と繰り返しながら、千影さんにパリの友人とは誰なのか、一度も詳しいことを聞いたことがなかったことを思い出す。
指が震えている。細かい作業は今夜はもう無理だ。
俺は作業を諦めて立ち上がった。
パリが今何時か、時計を見て考える。
今なら千影さんに電話が繋がるだろう。
だけど俺はスマホを手に取ることができなかった。
千影さんが何をどう答えても、今のこの収集のつかない思いは簡単には片付きそうにない。
工藤のバカヤロウ。
とんでもねーこと言い出しやがって⋯。
あの川添刑事が誰だったか、だって?
川添刑事に変装して、五稜郭の事件に絡む動機があった謎の人物。
その人物像に嵌るのが亡くなった親父にしか思えなくなって、自分の頭をポカポカと殴った。
父さんが生きてたら⋯。
やめろ、俺。こんなこと考えるの。
妄想に取り憑かれてる場合じゃない。
シャワー浴びて横になろう。
一晩寝れば、こんな妄想は薄れる。
週末の “イベント” には、警察も探偵たちも集まる。
そこで俺は白いマントを翻して微笑む。
誰にも邪魔させない。
俺だけのショーを披露するんだ。
いつか、親父に認めてもらえるような。
親父が生きていたら⋯認めてもらえるような───。
20250721
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※ストーリーもオチもなくてスミマセン(-_-;)。
ただ、川添刑事が盗一氏の変装だったこと、さらに工藤優作氏の双子の兄だということは映画の中では新一(コナンくん)もキッド様も知らずにいたので、ちょっとばかり妄想してみました。
原作ではいつ明かされるんでしょうか。そして「名探偵コナン」と「まじっく快斗」はほぼほぼ一つの作品になりつつありますよね! どうなっちゃうのかな〜。
●拍手御礼
前回「ひとりごと」記事を上げてからここまでにとてもたくさんの拍手をいただきました! おそらくどなた様かが数日かけてあれこれ読んでくださり、連打くださったものと思います。ありがとうございました!
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