橙の月(白馬×キッド)
※白馬くん視点、白Kほぼ両想い(汗)。定番です(*_*;
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朔も真近い二十六夜の深夜過ぎ。黒い空には鋭さを増した橙の月が昇っていた。
つい先刻まで街にこだましていたパトカーのサイレンもいつの間にか消えている。
まるで誘い込むかのように開いているビル通用口を見つけ、僕は業務用エレベーターに飛び乗った。
「…!」
扉を押し開け屋上へ出た僕は、はっと息を呑んだ。
そこには白いマントを翻した彼───怪盗キッドが、まさに降り立つところだったのだ。
「キッド!」
浅く膝を折って着地したキッドは、僕を認めるとすっと背すじを伸ばした。
そして僕らは数メートルの距離をおいて対峙した。キッドのモノクルの飾りが揺れ、僕の心に波紋を起こす。
「こんな凍える夜に、白馬探偵も酔狂な方だ」
「しらばっくれるのはやめたまえ。君が残したこのカードに、今夜の月の出の時刻とこのビルの位置が示されていた」
警察がキッドを追って散ったあと、僕は空になった展示ケースの隙間にカードが残されているのに気付いた。
キッドの意図を測りかねた僕は、誰にも告げず、この場所を訪れたのだ。
「ふふ…。白馬探偵なら、きっと見付けて解いて下さると思っていました」
「……」
口元を綻ばせる怪盗に、不覚にも胸が高鳴る。
僕はすでに籠絡されているに等しかった。しかし、それを認めてしまえば後戻りは出来ない。
「僕を呼び出すのが目的だったとでもいうのか。もしそうなら、理由を言いたまえ!」
「では。まずこれを」
キッドはポケットに入れていた右手を差し出すと、大きく腕を振り上げた。
───キラリ。
陶然と目を奪われる。
しなやかに弧を描く怪盗の指先。靡くマント。
煌めきながら空を舞うビッグジュエルと、まだ濃い色を差した鮮やかな月。
そのどれもが一度に目に映って、僕を眩惑した。
「白馬探偵から博物館へお戻しいただけますか?」
「〝ムーン・オランジュ〟…」
すっぽりと僕の手に収まったビッグジュエル。
独特の滑らかな楕円形の中に、その名の通り幾つもの橙(だいだい)の光を散りばめている。神秘のレッドオパールとも呼ばれる高名なこのジュエルも、キッドの求めるものではなかったという事か。
「わかりました。預かりましょう…、その代わり」
再びキッドと目が合った。
このとき、何が僕に決意させたのだろう。
手にしたジュエルが微かに帯びた密やかな温もりのせいだったかもしれない。
抑えていた想いが急速に膨らむ。
それはあっという間に心の淵を超え、熱くたぎって僕を衝き動かした。
意外だったのか、驚いたのか、キッドが僅かに躊躇う。その間に僕は一気に迫った。
半歩退きかけたキッドの腕を掴み、強く引き寄せる。
「何の真似です、はく──」
僕はキッドを抱き締めた。その声の続きを仕舞いこむように、深く胸に閉じ込める。
コート越しに細い体躯を感じて切なさが込み上げた。頬に触れるキッドの耳朶が、あまりに凍えていたから。
「あっ?」
ボンと音がして、僕は煙幕に包まれた。
戸惑う僕の口元を、柔らかく何かが押し包む。
冷たさの奥に隠した温もりと息吹を、ほんの僅か僕に移して───。
「では失礼、白馬探偵。夜が明けてしまいますので」
「キッド…!」
いつの間にか僕の腕をすり抜け、キッドは背後に立っていた。屋上の縁に軽く飛び乗り、長いマントに風を孕ませる。
次の瞬間にはキッドはもう飛び立っていた。
「キッド、僕は──!」
僕は、君が。
叫びかけて、虚しく唇を噛んだ。
もう君の耳には届かない。
それなのに、一度溢れた想いを封じることはもはや不可能だ。
「…?」
コートの襟に何か挟まっている。
手に取ると、キッドのマークが印されたメッセージカードだった。
〝ハッピー・バレンタイン、白馬探偵。あなたの推理に敬意を表します。怪盗キッド〟
僕は慌ててポケットを探った。
右にはムーン・オランジュ。左のポケットには…。
日付が変わった今日は2月14日。
そんなことは今の今まで、まったく意識していなかった。
しかし、まさかと思ったそれは小箱に包まれた一粒のチョコレートだったのだ。
これは怪盗の気まぐれな悪戯(いたずら)なのだろうか?
「キッド…、君には敵わない。だが僕はますます君を捕らえなければならないと、強く思い知ったよ」
いつか真実の君を抱き締めたい。
モノクルも、マントも、シルクハットも取り去った、素顔の君を。
冷たい風に君が芯まで凍えることのないよう。
その心が凍りつき、砕けてしまうことのないよう。
20150217
20150218(再)
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※大遅刻なうえに無理やりでスミマセン(x_x)。白快バレンタインネタを書きかけていたのですが、長くなりそうだったので途中で白Kに変更したあげく結局全然間に合わず~(..;)。
●拍手御礼
「オブザーバー」「月光リフレクション」「不思議な夜」「彷徨う者」へ、拍手ありがとうございました(^^)/
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