闇の虹彩《1/2》(××→キッド)
カテゴリ★闇に棲む蜘蛛
※ここに登場する〝スパイダー〟は、テレビアニメ版の〝暗殺者・スパイダー〟とは設定が異なります。
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「これはこれは怪盗キッド殿……。必ずまたお逢い出来ると信じておりました」
行く手を遮るように浮かび上がる黒い影。
〝スパイダー〟が揺らめき、恭しく俺に礼をする。
実体ではない。これはただの〝影〟だ。
囁くような、しかし脳髄の奥まで響くような低い声。
それはもっと別の場所から───まるで耳元に口付けられているかのように、俺のすぐ側から聞こえていた。
覚悟をしていても、恐怖を覚える。じわりと汗が滲む。
怪盗キッドを凌駕する謎のマジシャン。黒い仮面に半分顔を隠した黒衣の男。
何者かの意を受けて俺の前に現れ、俺を襲い────貶めた。
俺が次に夜空を翔る時、必ず〝スパイダー〟も姿を現す。それは確信に近かった。
初めて〝スパイダー〟が俺の前に姿を現した同じ場所。同じ深夜。ビルの高層階の風が舞う人工庭園での、これは俺にとって後がない対決だった。
「お手元に残しておいた〝クローバー〟、今夜戴けるのでしょうか? 美しいキッド殿のお心と共に…?」
「ふざけんな。取り戻しに来たんだ。〝怪盗の証〟を返せ、スパイダー!」
返ってきたのは密やかな哄笑。
ク、ク、ク、……と。俺を嘲笑う。
心を抉られるような恥辱が甦って全身が粟立つ。崩折れそうになる自分を懸命に叱咤する。
のせられるもんか。
俺を惑わせ、再び蜘蛛の毒で侵そうとしている……これは罠だ。
しかし、分かっていても次第に身動きがとれなくなってゆく。
違う。錯覚だ。
まるで見えない蜘蛛の糸に絡め捕られ、羽根をもがれてゆくかのような感覚。
恐怖という闇に縛られて────。
私は秘かに感嘆の息をのむ。
自ら姿を現し、私を誘き出すとは。
まだあれからさほど時は経っていない。
心と体をあれだけ痛めつけ────〝悪夢〟を植え付けておいたというのに。
〝怪盗キッド〟の正体は驚くほどに年若く美しい日本人の少年だった。
もちろん〝指令〟はある。それを果たすことはさほど難しくはなかった。
だが。
私は初めて出逢ったこの年若いマジシャンに、ひどく興味を覚えた。正確に言うなら魅せられた。言いようもなく惹き付けられてしまった。
なぜかは解らない。
遠いむかし私のライバルと目された〝あの男〟に重ねているのかもしれない。そうではないかもしれない。
突き詰めて考えてはいない。いずれ消す相手なのだ。
しかし、忘れられずにいた。
この腕に抱いた少年の素顔。素肌。
どう曲げようとも折ることが出来なかった少年の芯の強さ。潔さに。
自分の本性すら忘れ、本気で溺れかけた。
もしかしたら……ある意味では、私はすでに敗北しているのではないだろうか?
ふっとそんな思いが私の胸をよぎる。
この少年を手中にし、いつでも命を奪うことが出来たにも関わらず、そうしなかった。
指令を無視して逃がしたのだ。
もっとも、報告する義理はない。そこまで私は飼われていない。
そう、この少年との関わりは今は〝私のもの〟だ。私が決めるのだ。怪盗キッドをどうするかは、この私が。
パ・パ・パッ、と光が瞬く。
前と同じだ。 〝スパイダー〟の目眩まし。
そうはいくか!
俺はマントを翻して駆け上がった。空へ。攻めなきゃだめだ。
〝スパイダー〟の出方を待っている余裕はない…!
ほう…これは。私は小さく口笛を吹いた。若いマジシャンの果敢さに。
マジックにはマジックを。
キッド殿から勝負を仕掛けていだだるとは光栄。
輝く月の表の貌が〝怪盗キッド〟なら、その裏側に位置するもの────決して姿を見せない……闇に棲むことが運命の、それが私────〝スパイダー〟。
思い知るがよい、未熟なマジシャンよ。
私の前に今度こそ打ちのめされ、心を砕かれてひれ伏すのだ。
そしておまえは私のものになる。完全に。永遠に────。
闇の虹彩《2/2》へつづく
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※補足的ひとりごと
〝スパイダー〟の仮面は劇団○季の『オペラ座の怪人』的なのをイメージしてます。あんな感じので黒です。
しかし…こんなん書き出しちゃって、終わらせられるのか…私っ(@@);;;;
でもこのブログの大原則は『書きたいとこだけ書く』ですからっ。いきなりシーンかっとばします……たぶん。みなさんスルーして下さいね…お願いします~っ(*_*;
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