闇の虹彩《2/2》(××→キッド)
カテゴリ★闇に棲む蜘蛛
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輝く月の表の貌が〝怪盗キッド〟なら、その裏側に潜む影がこの私…
闇に棲むのが運命(さだめ)の〝スパイダー〟。
今度こそおまえは私に心まで砕かれ、ひれ伏すだろう。
そしておまえは私のものになる。
完全に。永遠に────。
────カチャン。
どうしたの、新一?
「あ…いや、付けなおそうとしたら滑って」
幼なじみの親父さんの探偵事務所。
夜も更け、事件現場から一緒に戻り、オレは自宅に帰ろうと立ち上がったところだった。
「……………」
幼なじみの怪訝な視線を感じながら、落とした腕時計を拾い上げる。
コナン時代から使っていた〝探偵〟仕様の時計をさらに改良し、博士に今のサイズに直してもらったものだ。
拾う瞬間、嫌なことを思い出していた。
────無造作に床に転がっていた怪盗キッドのモノクル。その飾り紐の〝欠けたクローバー〟を……。
オレは腕時計を拾い上げると事務所のドアから走り出た。
不穏な予感に駆られて。
見上げた夜空は真っ黒で、十六夜(いざよい)の月だけが明るく輝いていた。
マジックには種も仕掛けも、もちろんある。
私を見くびったわけではないだろうが、やはりまだ若い。稀有な才能があろうとも、手練れの私にかなうわけもない。
観客のないマジックの応酬。言葉にすれば滑稽だが、私と〝怪盗キッド〟にとっては自分の持つ技をぶつけ合う真剣な勝負だった。
そして……目の前には白いマジシャンが倒れていた。
外れて落ちていた怪盗のモノクルを私は拾い上げた。ほくそ笑みながら。
これで〝怪盗キッドのすべて〟が私のものになる。
もとより私の相手ではなかった。
せめてあと数年経験を積み、大勢の観客の前で失敗の許されぬ生のステージという修羅場をいくつもくぐるような時を経れば、多少は違っていたかもしれないが。
「それでも……よく挑みました。美しい人、あなたを賞賛しましょう。そしてあなたは〝私のもの〟になったのです。どうか歓んでいただきたい」
手に入れた美しい獲物を私は抱き上げた。
おまえに大空を翔ぶ自由はもうない。
私と共に暗い闇の中で生きるのだ。永遠に……私の毒に侵されて。
しかし苦痛はない。おまえには苦痛よりもっと堪え難い……〝快楽〟を与えよう。
私なしでは一時も過ごせぬように。
甘い声で鳴く、私だけに従順な美しいかごの鳥にしてあげよう……私の、キッド殿。
ク、ク、ク。
「ふっ。いい夢見てるみたいだな」
ハッとして腕の中を見た。
怪盗にはモノクルが付けられていた。きらりと反射した庭園の灯りが、私の視界を僅かに遮る。
「見せてもらうぜ、てめえの素顔も!」
腕を放し、飛び退こうとしたが間に合わなかった。
〝パシン!!〟
顔を打つ衝撃に言葉を失う。
────そんな。
「馬鹿な…!」
「おまえに拾わせたモノクルは偽もんだ。そう簡単に渡してたまるか!」
〝スパイダー〟の仮面にトランプ銃を直撃させた反動で、俺は〝スパイダー〟の腕から体を跳ねさせ人工庭園に降り立った。
パカリ、と、黒い仮面が割れる。
額の中心から、真っ二つに。
黒い仮面は左右に分かれ、ずるりと滑り落ちた。
その下に〝スパイダー〟の素顔が現れる。
まるで、氷の彫刻のような─────。
「〝スパイダー〟……おまえは…!?」
白銀の髪。
白い肌。
左の瞳は淡いブルー。
そして右の瞳は……
淡い、紅色をしていた。
(アルビノ───!!)
これが本当に〝スパイダー〟の素顔なのか。だとしたら。
「あ、待てっ〝スパイダー〟!!」
現れた時のように〝スパイダー〟はすいと闇に浮かび、片手で顔を覆いながら闇に溶けていった。
「〝スパイダー〟!!」
低い声が、遠のきながら俺の耳に響く。
────驚きました。私の素顔を暴いたのは、キッド殿が初めてです。
────決して誰にも見せぬと誓った素顔を暴かれた……私の負けと、認めましょう。あなたは私の仮面の僅かな死角に気付いておられた。見事です。
「逃げんのかっ〝スパイダー〟!」
────私の驕りが招いた結果でしょうか。あなたのフェイクを見抜けなかったとは。……いいえ、負け惜しみはやめましょう。キッド殿、あなたが勝ったのです。
姿はもう完全に見えない。徐々に届く声も小さくなってゆく。
────キッド殿に敬意を表して、私は手を引くことにいたします。
────残念ですよ…本当に。私は、本当にキッド殿が欲しかった。あなたを闇に、連れ帰りたかった。
「〝スパイダー〟!!」
────叶わぬ夢でした。ご機嫌よう、キッド殿。数々の御無礼、赦してはいただけないでしょうが…どうぞすべて悪夢だったと切り捨てられますよう。
────私はもとの闇に隠れます。いつかまた……闇を抜け出すチャンスが訪れるまで……失礼、怪盗キッド殿────。
風が吹き抜ける。
〝スパイダー〟の気配は完全に消えた。
落ちていたはずの〝スパイダー〟の割れた仮面も、失せていた。
かわりにその場所に落ちていたのは、奪わた俺の欠けたクローバーだった。
「………」
俺は恐る恐るクローバーに近付き、指を伸ばした。
そっと拾い上げる────。
周囲の気配を探ったが、しかしもう本当に何も起こらなかった。
なにも。
〝スパイダー〟は消えた。
俺の前から。
悪夢と共に、〝スパイダー〟は去ったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「快斗!!」
「工藤…?」
走ってきた工藤に気付き、驚いて立ち止まった。
勢いのまま、がばっと工藤に抱き締められる。
「工藤、なんで……ここに?」
〝スパイダー〟との対決に勝ち、俺はクローバーを取り戻した。しかしなぜか気持ちは重いまま、独り街を彷徨っていたのだ。
「おまえがいると思ったから」
工藤がそう答えた。
「は…? バカじゃね? 何を根拠に」
「探偵の第六感さ」
言い方はナマイキだが、声は震えていた。吐く息も体もめちゃくちゃ熱い。
深夜二時をとうに過ぎているというのに、いったいいつから走り回っていたのか。
「…ただめくらめっぽう走り回ってたんじゃあ、第六感とは言えねーな」
「うるせえ。ちゃんと推理してヤマ張ったさ。だから見つけたんだ」
「ヤマってどんな」
「オレんちに向かう大通り」
「…………………」
そんな気はなかった、と言おうとしたが、そうかもしれないという気もした。
結局何も言えなくなった俺を、工藤はもっと深く抱き締めてきた。
しばらく、ただそうしていた。
二人して。
これでもかと、互いを抱き締め合いながら。
20121003
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あとがき
お粗末様です…(*_*; 一応このカテゴリはここで終わりというか区切りにしておきます。またそのうち快斗くんをイジメたくなったら、この設定をほじくり返して何か追加するかも?しれません~。
※アルビノという〝単語〟を持ち出したのはあくまで『闇に棲む』というイメージから連想し引用したもので、特に他意はありません。ご了承ください。
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