名残り
カテゴリ◆もしもシリーズ
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『 新一、こんな時間にいったい何をしておるんじゃ。今どこじゃ?!』
「杯戸シティホテルの屋上さ。それより博士、頼んどいた資料は見つかったか」
『お、おお、見つけた。君の父さんのファイルと海外サイトにあったレポートとも照らし合わせてみたんじゃが…』
「どうだった?」
日付が変わり、間もなく時刻は零時半。
雲が切れ、美しい三日月が夜空を彩っている。
『かなり謎に包まれた人物じゃな。アクロバティックなスタイルと勧善懲悪的な犯行で当時の人気は高かったようじゃ。しかし18年前パリに現れたあと忽然と姿を消し、以後あらゆる捜査網にも引っかからず、死亡説も流れとる』
「18年前か。って事は、仮にその頃20代としてもかなりオバサンになってるわけだ…」
「失礼ね! 怪盗淑女をオバサン呼ばわりとはいい度胸じゃない。お若い探偵さん!!」
「───?!」
ガツン!
足元に何か堅いものが叩きつけられた。
ハッと脚を引くと、小振りの手斧が床に突き刺さっていた。
「うわっ」
驚いて跳び退去る。何故こんなものが。どこから。気配はまったく感じなかった!
『おおい、どうしたんじゃ新一?』
博士の声が遠退く。
手にしたスマホを耳から離したからだ。
オレは背後を振り返った。
大きな三日月と風にたなびく銀糸のような雲を背に───浮かび上がる黒い影。
「おまえは…誰だ!」
タイトで華奢なシルエット。
手脚が長く、伸びた指先が細い。
〝女〟だ。
「黙って聞いてりゃ何なのよ。暗号解いて来たんなら褒めてあげようと思ったけど、デリカシーのない男ってサイテー!」
屋上出入口の上から〝女〟がふわりと浮く。
音もなく着地したと思ったら、そのまま流れるような動作で手を着きくるくると二度前転する。
柔らかい。しなやかだ。
オレは硬直したように一歩も動けず〝女〟の動きに見入っていた。
寸前まで間を詰められ、慌ててまた一歩退いた。
「私で良かったわね。さっきの、もし初代が聞いてたらキミ今ごろ血塗れよ」
「なに?」
「ふふ。〝血糊〟だけどね!」
目の前に立つ黒装束の女が微笑んでいる。
「おまえは、まさか…怪盗淑女…ファントム・レディか?!」
「まあね。二代目だけど」
「二代目?」
そう名乗ったファントム・レディは床の手斧を拾い上げると軽い仕草で持ち変え、後腰に装着した。
黒い布と包帯で覆われた装束から、僅かに覗いているのは跳ねた癖毛と微笑む口元。淡い桜色の小さな唇と細い顎に目を奪われる。
「今夜は下見だけなの。あの暗号を警察が解けるかもテストしたんだけど、まさか現れたのが高校生探偵のキミ一人なんてね」
「オレを知ってるのか」
「有名じゃない。工藤新一くんでしょ。また会うかもね。君が絡んでくるなら楽しみが増えそう」
ふふふっと笑いながら〝二代目ファントム・レディ〟が踵を返す。
呆気にとられていたオレも、ようやく判り始めていた。
この〝女〟は若い。
二十代か、あるいは、もっと。
もしかしたら──同世代かもしれない。
「待て!」
「やーね。馴れ馴れしいわよ、探偵くん」
「ア、イテテッ!」
去ろうとするファントム・レディの腕を咄嗟に掴んだが速攻で逆さに返され、オレは情けなく悲鳴をあげた。
「きゃっ!」
言われっ放し、やられっ放しでは気が済まない。オレは手を掴まれたまま無理やり突進し、ファントム・レディを床に押し倒した。
勢いで顔が近付く。
ふ、と唇が唇に触れて──。
バチン!!
痺れる。ほっぺたを張られた。
かっとなって細い腰の上に馬乗りになり、ファントム・レディの肩を抑えつけた。
「もうっ、乱暴な男はキライ!バカッ」
びしゃ。
頭から何か滴り落ちてくる。水…?と思って手で拭ったら、真っ赤な血だった。
「うわあ!」
吃驚して体を起こすと、また次の衝撃が襲ってきた。
ガン!!
「??」
オレの腕にファントム・レディの手斧が食い込み、血が吹き出している。
「うわああああっ」
今度こそパニックになり、オレは腕を押さえて床に転がった。
殺される───と思ったのは一瞬で、痛みが伴ってないことに気付く。
〝血糊〟。そうか。
あの斧には仕掛けがあるんだ!
騙された!
一杯食わされたと気づいた時は遅かった。
ファントム・レディはすでに屋上の隅へ移動し、笑いながらオレを振り返っていた。
「またね、探偵くん。次は血糊じゃ済まないかもよ!!」
「えっ、おい、待て! あっ」
ファントム・レディが虚空へ体を投げ出した。
地上60メートルの高さだ。
オレは真っ青になり、墜ちていったファントム・レディの姿を追って屋上の縁に這うように取り付いた。
───何も、ない。
真下の歩道に、変化はない。
ハァハァと息を切らしながら、オレは周囲を見回した。
いない。消えた。
そんなバカな。
こんな場所から飛び降りて、いったいどうやって姿を眩ませたんだ!
しばらく呆然と三日月を見上げていたオレだったが、ファントム・レディの最後の言葉を思い出してようやく気をとりなおした。
方法は分からないが、彼女は予定通り身を隠しここから去ったのだろう。
また、逢える…。
血糊はほんのりラスベリー風味だった。
なんだろう、この感覚。
してやられた感一杯で悔しい筈なのに、妙にドキドキしている。
まるで、恋に落ちたかのようだ。
数分の出来事が運命の逢瀬のようにオレの心を虜にしていた。
血糊まみれのこの服を早く調べよう。
ファントム・レディの手掛かりは、今はまだ残されたこの血糊だけだ。
あ…、もう一つあった。
桜色の淡いルージュ。
オレはハンカチを取り出し、唇に押し当てた。
微かにハンカチに移ったのは今夜の名残りだった。
ときめいていた。
何故だか解らないほど、胸が高鳴っていた。
20180829
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※リクエストいただいた中の一つ『快斗くんがもしも女の子だったら』妄想パラレルです。この続き、もういっこ予定してます(..;)。
●拍手御礼
「愚痴」「十四ヶ月」「バースデー・トラップ」「ポアロの客」「しのぶれど」「同棲未満」「平時と快斗」 「ウィンター・プレゼント」「呪縛」「バースデー・トラップ」、カテゴリ☆噂の二人、カテゴリ★交錯、★インターセプト 各話へ拍手連打ありがとうございました!
●雫水さま、翠さま、拍手コメントありがとうございます!
お返事は改めてさせてくださーい(^_^)ノ
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