江古田高校二年女子・黒羽快乙《2/2》
カテゴリ◆もしもシリーズ
※新一視点~快乙視点へ。
──────────────────
黒羽快乙の笑顔に撃ち抜かれる。周囲の状況がすっ飛び、オレは完全にテンパった。
「く、黒羽…さん!」
「はい。何?」
「オ、オレと付き合って下さい!!」
───景色がぐるぐる廻る。吃驚して。
てか、周囲のリアクションが凄すぎる。空気がビリビリ震えるくらい、キャアアアとか、ヴオオオオォォとか、その場にいた生徒たちの歓声が響く。
なのにクソ真面目な工藤新一ったら、テレビで見た告白シーンのように頭を下げて、私に手まで差し伸べてる。
ナニコレ、どっきりなの?!
急な告白(?)騒ぎのせいで浮き足立っちゃったのか、工藤新一の真っ当さに慌てたからか、心拍が異様に上がってる。
けど、いま一番問題なのは。
これ以上騒ぎが大きくなるのはまずい。
ただでも遅刻やなんかで先生に目を付けられてるんだもの。
私は工藤新一の手を取り、ぐいっと引っ張った。
工藤新一がハッと顔を上げる。
「ここじゃ近所迷惑だから! 付いてきて!」
「いけません、黒羽さん! 僕も行きます」
白馬くんが私と工藤新一の繋いだ手を払う。
「ややこしくなるからいいわよ。走るよ、工藤くん!」
背を向けて駆け出した黒羽さんを、慌てて追いかける。
付いてきて──って確かに言ったよな?!
江古田校生たちの人垣をかき分けると、すでに黒羽快乙の背中は50メートルほど先にあった。
オレはダッシュした。歓声を背に、走り去る黒羽さんを見失わないように。
黒羽快乙の運動神経が良いのは身のこなしで判った。脚も速い。本気出さないとおいて行かれる。
黒羽さんは片手にカバンを抱えたまま、ひょいひょいと身軽にガードレールや柵を飛び越えてゆく。ひらひらと制服のスカートが翻るのもお構いなしだ。
待て、と叫ぶ暇もない。
オレだって脚力には自信があるが、道を知らないのでショートカットも先回りもできない。とにかく不利だ。相手は女の子なのに、まったく追いつけない。
逃げられる……!
──と思った時、先をゆく黒羽快乙がオレの方を振り向いた。
微かに笑っている。悪戯っ娘みたいに。
くそ。舐められてんのか?!
かなり苦しくなっていたが、立ち止まるわけにいかなくなった。
道を知らなくてもある程度は予測はできる。黒羽さんが向かう方向。道は僅かだが傾斜してる。ただ闇雲に走っているんじゃない。
よぉし、一か八か…捕まえてやる!
(あれ…?)
つい今し方まで追いかけて来てた工藤新一が消えた。
あーあ、残念。
私を見失ったのかな。
いいとこまで来てたのに。もうそこがゴールだったのに……。
速度を緩めて息を吐く。
──白馬くんたら僕も行きますなんて言っといて、私に追いつくのが無理だって分かってるから最初から来やしない。でも、彼も言ったら引かないから、しばらくしたら見当つけてやって来るかな。
(あんなあからさまに工藤新一を敵対視して……)
工藤くん面食らってたな。
ちょっと苦笑いしながら川原の階段を降りはじめた。その時。
ふっと風を感じて身構えた。
「…きゃっ?!」
横から飛び出してきた影に体当たりされて転がった。
(工藤くん!)
いつの間に。
硬いコンクリートの上に二人してゴロゴロと転げ落ちてあちこち打つ。
「痛ったい!」
折り重なって倒れて、私は腰とか肩とか側頭部とかしたたか打って動けなくなった。私に半分乗っかってる工藤新一も苦しそうに息を切らしてる。
お互い動けず、重なったまま暫くうずくまっていた。
──へばって、坂を駆け下りた勢いのまま止まれなかった。足がもつれたオレは黒羽にぶつかってしまい、黒羽さんを巻き込んで階段を数段転げ落ちた。
下はコンクリだ。
どうしよう。怪我をさせてしまったかもしれない。
「う、ううん……」
黒羽さんが頭を押さえてまた呻いた。
オレもあちこち打って痛かったが、それどころじゃない。
「大丈夫か黒羽さん! ごめん、オレ──」
下から黒羽さんが涙目でオレを振り仰ぐ。
眼差しが朦朧としてる。
「…………」
突然、黒羽快乙との距離があまりに近い事に気付いてオレはまたおかしくなった。
やばい。まずい。離れなきゃと思うのに動けない。華奢な女の子の体の上に乗っかって…オレってばなんてヤツ。
(わわ…!)
ぼんやりとオレを見上げている黒羽さんの薄く開いた口元に目が吸い寄せられる。
小さな唇が──きれいなサクラ色して……………
『……え……? ええ――っ…?!』
ええええ?!!
……いま、私、工藤新一とキス…してる?
う、う、うそ。
動け、ない――!
眩暈が……眩暈がひどい。上に乗っかられてるから重いし、
──キス、長いし!!
まだ、離れない。唇が温かくって。
アタマ変になりそう。
だけどだんだん苦しくなって工藤新一の下でもがいた。
もがいたつもりだったけど、だめ。
体に力入らない。なんかもう……もう、このまま気絶しちゃいそう…。
ほんの数秒だったのか、数十秒だったのか。実際どのくらいの間唇が接していたのか分からない。
やっと工藤新一が私の上からどいて、呼吸が楽になった。
ゴロリと体を返した工藤くんが私の横に並んで寝転がる。
辺りに人影はない。堤防の向こうから遠く行き過ぎる車や電車の音が届いてくるだけ。
私も工藤新一も黙って寝転んでた。
青い空と雲を見ながら。
「……ゴメン」
「…はぁ…?」
なによ。謝るくらいならいきなりキスなんかしないでよ。
「怪我、大丈夫か?」
ええ、そっち?
「……ん。ちょっと頭打ってクラクラしてる。タンコブ出来たみたい」
「頭は怖いから、医者行った方がいい。あまり動き回らないで」
「う、うん……」
なんだか恥ずかしい。工藤新一の方を見られない。
「なんで私に告ったの、工藤くん」
「そ、それは…」
「会ったばかりの相手とファーストキスするなんて思ってなかった」
本当は初めてじゃない。
ファントム・レディとして出逢った高校生探偵工藤新一と、ビルの屋上で一瞬だけど唇が触れ合ったの、忘れてない。
何故工藤新一が突然私に会いに来たのか分からないけど、二代目ファントム・レディとして初代がやり残した〝シゴト〟を片付けるまで、正体は明かせない。
もしかして探偵は私をファントム・レディと疑って現れたのかもしれないけど。
それにしても、この先やりにくい。
「……黒羽さん」
「え?」
「さっきの、本気だ。オレと付き合って下さい」
「だから、そんなこと言われても…会ったばかりなのに」
「会ったばかりだからだよ!」
クソ真面目な探偵くんは、やっぱりクソ真面目な声で強くそう言った。
急にキスされたっていうのに、不思議といやな感覚はなくて。それどころか、やっぱり…っていうような。
この人を、まるで昔から知ってたみたいな感覚はずっとある。忘れてたもう一人の自分と再会したみたい。
うまく言えないけど…。
「?」
すぐ上で車が停まる音がした。ドアが開く音がして…堤防から白馬くんが現れた。
「黒羽さん、どうしたんですか!」
工藤くんが体を起こして手短に(部分的に省略して)転んで私が頭を打ったから、医者に連れて行ってほしいと白馬くんに頼んでいる。
憮然とした白馬くんに抱き起こされた。
そのまま私を抱き上げようとするので慌てて白馬くんの手を押しのけた。
「…自分で立てますか、黒羽さん」
「大丈夫…医者なんて行かなくても」
「だめだ、行かなきゃ」
「行かなきゃいけません!」
工藤くんと白馬くんに同時に言われて、私はもうなすがまま、お願いすることにした。実際眩暈がしてふらふらしてたから。
白馬くんちの黒塗り運転手付きの車に乗せられて、道端に残る工藤新一とはそのまま別れた。
やっぱり打った頭が痛くて、私は白馬くんに叱られながら(私の保護者か先生かキミは?)車で医者に連れてかれた。
─タンコブが痛い。
夜になってお風呂に入るとき鏡を見たら、体のあちこちに痣や擦り傷ができていた。
工藤新一も……同じように自分の痣を見てるかな。
気付けば工藤新一のこと思い出してばかりいる。
キスが強烈すぎたんだ。ただ重ねただけのキスだったけど……温かかった。
やがて私たちは漆黒の夜に再び出逢うだろう。
私と工藤新一。
新たな物語はきっとこれから始まるんだ。
20181006
──────────────────
※もしもシリーズは単独変則パラレルなので深い設定はありません;;こんな締め方しといてなんですが続きがあるかないかもわかりません~(^^;)。
そして白馬くん…やっぱりゴメンね;;
●拍手御礼
「フェイク」「闇の虹彩」「蔦の絡まる家」「ラブラブスモール」「江古田高校二年女子・黒羽快乙」
[3回]