ブルー・フォレスト《2/2》(新一×キッド)
※キッド様視点から
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気が付くと知らない部屋にいた。
しかも、俺の隣で、工藤新一が爆睡していた。
なんでだよ。
とかツッコミ入れてる場合じゃねえ、ずらかんなきゃ。
>>ズキン!!
(…イッ、てェ~~ッ!)
差し込むような痛みに、思わず体をくの字に
曲げる。
同時に体のあちこちから疼痛が湧き起こって、俺は声を潜めてウウウと呻いた。
少しずつ息を吐き、痛みの波が小さくなるのを待つ。
痛いけど、手足は自由だ。拘束されてはいない。
逃げられる。
眠っている工藤の様子をそっと覗(うかが)った。
───にしても、近すぎだろ。
捕まえた怪盗の横でグウスカ寝込むとか、いくらコッチが怪我してるからって油断しすぎじゃねーのか名探偵。
「……」
雨音だ。
しとしと。しとしと…と、木々の葉を伝い落ちる雨粒の音が聞こえる。
感覚としては夜明けが近いはずだが、その割に暗いのは雨だからか。
それでもぼんやりとだが徐々に明るさを感じるようになってきた。隣で眠る工藤の輪郭が、少しずつ見えてくる。
端正な輪郭。繊細な目元。
眠っていても爽やかなイケメンで、なんだか少しムカつく。
とにかく服を着なきゃ…。
工藤を起こさないよう、自分の体になるべく負荷をかけないよう、ゆっくりと脚を引き寄せ、腕を着いて上体を起こした。
ふう…と息を吐く。
大丈夫だ。動ける。
「名探偵…礼は言わねーぜ。決着はいずれまた。今宵のことは夢だったとお思いください──」
怪盗らしく、囁いた。
聞こえちゃいないだろうけど…。
「!? 」
その時、突然工藤が動いた。
無意識に、寄り添う温もりを抱き締めた。
体に重みがかかり、目が覚める。
夢じゃない。
いまオレが胸に抱いているのは──素顔の怪盗キッド。
「…お、起きてたのか、名探偵」
細い背中が頼りない。予想していたよりずっと華奢だ。
「いま、起きた」
掠れ声を絞り出した。キッドの柔らかなくせ毛が頬を擽(くすぐ)っている。
「放せ」
戸惑った声。やはり若い。このキッドは七年前のキッドとは別人だ。
「防弾…着てたんだな。良かった。血の匂いがしたから、心配した」
「墜ちた時の怪我だ。大した事ない」
いつもの怪盗の声音に戻る。だが、どこか不安定だ。
怪我のせいか、オレが抱き締めているからか。
「強がるな。防弾の上からでもかなりの衝撃だったはずだ。だから墜ちたんだろ」
「で? 俺を捕まえたって警察に知らせたのか」
「いや。今のお前を捕まえる気はない」
「なぜ。チャンスだろう」
「今回はしてやられた。捕まえるんならおまえが万全の時に、怪盗に『完敗だ』って公衆の前で言わせてからだ」
「てことは、永遠に捕まえられないな」
「言ってろ」
自然にキッドを抱く腕に力がこもる。
それが傷に触ったのか、微かにキッドが身を捩った。
「ここはどこなんだ」
「近くの別荘。裏口の取っ手を壊して入った」
「不法侵入かよ」
「コソドロに言われたくない」
「怪盗です」
少し間をおいて、二人で同時に笑った。
鼓動が直に伝わり合うのを感じて不思議な気持ちになる。
いつも見上げていた月下の怪盗が、あの怪盗キッドが、今こんなに近くにいる。それが信じられない。
こうして言葉を交わしていると、同年代のどこにでもいる普通の少年と何も変わりない。
懐かしさを覚えるほど、隣に在ることに違和感がない──。
「しかし俺の隣で寝込むとは良い度胸だな、名探偵」
「おまえの暗号のせいだ」
「暗号の?」
「何パターンか解読可能で迷ったが、複数の答えを組み合わせて本当の答えが出るとはな…。おかげで睡眠不足で、おまえの怪我が命に関わるほどじゃないと判って安心したら、急に眠くてたまらなくなった」
「それはそれは。お疲れの中、ショーを盛り上げていただき感謝です」
雨があがったのか、外がはっきりと明るくなってきた。
キッドの素顔を、もう一度ちゃんと見たい。
「キッド、おまえを撃ったのは何者だ」
「こっちが訊きたいですね」
「ブルー・フォレストは」
「近いうちにお返しします」
「何故、盗んだのに返すんだ? 前にもジュエルを月にかざすのを見た。どんな意味があるんだ」
「さて…何のことだか」
不意にくるりとキッドが体を返し、オレの腕からすり抜けようとする。
逃すまいとするオレと、逃れようとするキッド。
揉み合いになって二人してベッドから転げ落ちた。
オレは。
キッドのことが知りたい。もっと。
なぜビッグジュエルを狙い、盗んでは持ち主に返すのか。
その目的が解れば、もっとキッドに近付ける。
キッドの正体に迫れる。
ふ… ──と頬に吐息を感じた。
ハッと顔を向けると、キッドの顔が目の前にあった。
キッドの大きな瞳が、オレを見詰めていた。
手を離さない工藤に業を煮やし、なんとか隙を作ろうと、キスをするかのような素振りをした。探偵を驚かせて手玉に取り、逃れようとしたのだ。
だが。
温かくて柔らかいものに唇を覆われ、焦っているのは俺の方だった。
それが工藤からのキスだと気付いて。
「………っふ、フザケンナよ、工藤」
「ふん。先にキスされてたまるか」
工藤は真顔でオレを見詰めていた。
「な、なに、言ってんだ」
ようやく工藤が腕を放す。
俺はそっぽを向いてなんとか起き上がった。怪我が痛いとか言ってられない。早く去らないと。
「キッド、しばらく無理はするな。内蔵は大丈夫だと思うが、肋骨にヒビが入ってるかもしれない。ちゃんと治療しろ」
俺は立ち上がり、応えずに背を向けた。
ソファに掛けられていた衣類を見つけ、手早く身に付ける。
ジュエルと怪盗の衣装は発信機と一緒に隠してきたから、寺井ちゃんがドローンで回収してくれてるだろう。
「……トランプ銃は」
「ここだ」
工藤はベッドに腰掛け、グリップの方を俺に向けてトランプ銃を差し出していた。
癪だが、しかたがない。
受け取るために近付いて手を伸ばした。
トランプ銃のグリップを握る。
工藤は目の前だ。
どこまでも真っ直ぐ俺を見詰めてくる。
まるで俺の中の何かを見透かそうとするかのように。
・ ・ ・ ・ ・
「快斗坊ちゃま、ご無事で! 心配しましたぞ」
「迎えサンキュー、寺井ちゃん」
舗装路から外れた砂利道の奥で、車に乗った寺井ちゃんと落ち合った。
「お怪我は」
「大した事ねーよ。ブルー・フォレストは?」
「ご指示通り手配済みです。夕方には鈴木美術館に届くでしょう。今まではどちらに?」
「あー…空き別荘に隠れてた」
「そうですか。雨も降っていたのでどうされてるかと」
「腹減った! 早く帰ろーぜ、寺井ちゃん」
「ハイ、承知しました」
寺井ちゃんは現場にはいなかったから、俺が狙撃されたことは知らないだろう。知ったら卒倒するかもしれない。
そもそも俺が狙撃されたことに気付いた者が、工藤以外にいたかどうか。
「…………」
工藤の眼差しと柔らかな温もりを思い出し、何故か カァ と顔が熱くなる。
俺が部屋を出る瞬間まで、俺のことをじっと見ていた。もし追いかけられたら、今の俺じゃ逃げられなかっただろう。
“見逃された” と思うと、やはり悔しい。
チキショー、名探偵め。
次は俺がおまえを赤面させてやるからな。オボエテロよ。
・ ・ ・ ・ ・
『工藤くんか、一人で行動してはいかんと言っただろう。おかげで目暮に散々どやされたぞ。いったいどこにいたんだ』
やっと繋がった中森警部の携帯。申し訳ないと思いながら嘘をつく。
「すみませんでした。キッドを追って森に入ったんですが見つからなくて。雨も降ってきたし、諦めてそのまま帰ったんです」
『まったく。まあ、無事なら良かった。こっちも混乱していたからな。……ん? なんだと? ブルー・フォレストが鈴木美術館に!?──』
慌ただしい様子でブツンと電話が切れた。
自宅のエントランスに立ち尽くし、耳に残る中森警部の言葉を反芻する。
ブルー・フォレストが戻ったのか。
ブルー・フォレストの放つ、藍翠の深い輝きを思い出す。
重なるのは目の前にあったキッドの大きな蒼い瞳だった。
キッドは何を求めて、何のために危険を冒してジュエルを狙うのか。
怪盗キッド。オレはおまえの謎を解きたい。
おまえの謎を解いて、おまえの真実を掴みたいんだ。
その深森のような蒼い瞳の奥に隠された、おまえだけの真実を───。
20221001
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※消化不良ですが締めました。雰囲気なので諸々目をつぶっていただけると幸いです(汗)。今回の新一×キッド様はまだ初々しい関係(?)のため、これ以上ないシチュエーションだったにも関わらず大きな進展なしで、我ながらちょっと残念です(^_^;)。
●拍手御礼
「月光という名の真実」「確率」「〝テストケース〟」「ヒーリング」「レモンパイ」「秋憂」
拍手コメント御礼●色羽さま
初コメントありがとうございます。宜しければまたお訪ねください!
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