モノクルの肖像《2/2》(新一×キッド)
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キッド。
おまえは何者だ…?
なぜ、おまえは怪盗なんだ…?
「調子狂うぜ、名探偵」
「…………」
目を開けたが暗い。
薄闇の中、朧に浮かぶ影がオレを見下ろしていた。
「あ…?」
キッド!!
「待ち伏せされてるかと思ったのに、まさか泣き寝入りしてるとはなぁ」
え?!
オレは慌てて起き上がり、自分の頬を手で拭った。
…濡れてない。
「嘘つけ。泣いてねえ」
「遠からずだろ。灯りは消させてもらったぜ。いまは〝怪盗〟じゃないから」
ぽすんと音をたて、キッドがベッドに腰を下ろす。
「素顔…なのか?」
「さあね」
言葉を濁すキッドの横顔に目を凝らした。
手を伸ばせば触れられるほど近い。
キャップを被っているようだが、長く反る睫毛と横顔の流線はこれまで追ってきたキッドのものに違いなかった。
変装はしてないということか。
それじゃあ…いまオレの目の前にいるのは、本当に…本当の────。
「なあ、工藤。もしかして犯人死なせた責任感じてんのか」
「……………」
問われて思考が固まる。
そうなんだろうか…? この重い気持ち。突き詰めて考えることすら億劫だ。
「道連れにされるとこだったんだぜ」
「……じゃあ訊くが、おまえは何故オレを助けたんだ」
「は?」
「今日だけじゃない。オレは何度もおまえに危ないところを助けられてる。いったい何故なんだ」
「どう答えて欲しいのか知らねえが、禅問答しに来たんじゃねーんだ。モノクル返せ」
「月は……」
「出てない。だが返してもらう。そのために来たんだ」
喉元に硬い金属が押し当てられる。トランプ銃だ。オレはその手首を掴んだ。
「よせよ。暴発する─────」
ぐっと引き寄せてキッドに口付けた。
少しだけ身を引くようにもがいたが、キッドは押し当てるだけのオレのキスを受け入れてくれた。
唇を放して肩を抱くと、キッドが小さく溜め息を漏らした。
「……何がしたいんだよ、名探偵」
「解らない」
「迷宮無しの名探偵でも解らない事があるんだな」
「事件を解いても〝怪盗〟の謎は解けない」
「解けてないのは〝自分〟だろ」
「………そうかもな」
シーツの上で、互いの肩に顔を埋めるようにして呟いていた。
「名探偵のおかげで今日は散々だったぜ。海に墜ちて翼は傷めるし、潮水は呑むし」
「そうか…。悪かった」
海に堕ちて無我夢中でキスを交わした事を、キッドはどう思っているのだろう。
「警察にどんな言い訳したか知らないが、〝メドゥーサ〟はまだ返せないぜ」
「何も言い訳してないよ」
「えっ」
「警察は犯人と一緒にジュエルが海に沈んだと思ってる。ヘリの引き上げに取りかかるのは早くても今日の昼だ。ダイバーも潜るだろうが、全部の検証には時間がかかる。慌てることはない」
「アーそーか。……って引き下がると思うか。 早くモノクル出せっ!!」
アハハハ、とつい声を出して笑ってしまってから、そんな自分に驚いた。
この正体不明の〝怪盗〟に、オレは強いシンパシーを覚えてる。キッドの前では自分を堅く覆っているはずの心の鎧すら外しかけている…。
懐からモノクルを取り出して手のひらにのせ、キッドに差し出した。
トランプ銃を収め、キッドが被っていたキャップをとる。柔らかそうな髪がふわりと跳ねた。
そしてキッドはモノクルを手に取り、そのままゆっくりとした仕草で右目に嵌め込んだ。
紐飾りのクローバーが揺れる。〝怪盗〟に戻ったキッドが、真正面を向いてオレに微笑んだ。
「やれやれ…。名探偵が素直に応じてくれて良かったぜ。今日はとにかく疲れた。とても一戦交える元気はないからな」
「オレもだよ」
そう言うと、キッドはふふっと笑った。二人して一緒に笑いあった。
「じゃな。長居は無用だ。いつ名探偵の気が変わって麻酔針撃たれるか分からねーし」
キッドが立ち上がる。
すらりとしたキッドの姿が、ぼうっと霞むように浮かび上がっていた。
(あ───!)
月が出ている。
まるで奇蹟のように、窓から仄白い明かりが射し込んでいた。
キッドがジュエルを月明かりに翳す。
ほんの一時だった。
瞬く間に月は厚い雲に覆われ、部屋は再び闇に包まれた。
「…用は済んだ。無事に取り引き出来てなによりだったぜ」
伸ばされたキッドの手を取る。
ビッグジュエル〝メドゥーサの瞳〟を、オレは握り締めた。
「石にならなくて良かったな、キッド」
「レディに粗相はしないさ。俺を誰だと思ってんだよ」
「怪盗紳士」
「そゆコト」
囁いた気配だけ残し、キッドの姿が目の前からかき消える。
「キッド!?」
────おやすみ名探偵。良い夢を。
「キッド…!!」
しかし、もう返事はなかった。
オレは僅かに残された怪盗の温もりに、この秘密の逢瀬が夢ではなかったことを確かめて目を瞑った。
キッドが覗かせた素顔。
モノクルで飾られた怪盗の肖像の奥にある〝優しさ〟。
耳に残る怪盗の声音が薄れる前に、オレは自分を抱えるようにしてシーツに体を倒した。
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向かいの屋根からポケットサイズのオペラグラスで工藤の様子を確認した。
身を屈めて丸くなり、どうやら眠りに就いたようだ。
俺は屋根を蹴り、工藤邸と反対側の路地に飛び降りた。
モノクルをポケットに仕舞い、走り出す。
また〝宿敵〟として俺たちは出逢うだろう。
その時までに工藤は気が付くだろうか?
自身の想いに。俺の想いに。
俺たちの想いが重なる時が、もしもまた訪れるなら。
その時こそ、俺たちは運命を超えるかもれない。
工藤は心を解き放ち、俺は怪盗の象徴を自らの手で取り去って。
20130825
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※いいわけ的あとがき(*_*;
またヘンに長引かせてはと、書いては端折り、書いては端折りを繰り返してたらこんなんなりました…。漠然としちゃいましたが行き着くところは両想いでめちゃラブな探偵怪盗ですm(_ _)m!!
●拍手御礼!「不思議な夜」「ノープラン~ヨコハマ・デート」「モノクルの肖像」へ、拍手ありがとうございましたー(^^)/
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