蔦の絡まる家
※平次くん視点、再up(*_*;
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アラ…? こんな寂れた感じやったかいのう。
クソ暑い中たどり着いた工藤の家は、以前訪れた時よりもどこか〝くすんで〟見えた。
門の呼び鈴を鳴らすと、程なく中から工藤が出てきた。
と思たら工藤やのうて、黒羽やった。
「よー、服部。暑い中ゴクローさん」
「おお、黒羽やったか。なぁ黒羽、この蔦(つた)繁りすぎやないかい? 特にあの窓んとこなんぞ仰山すぎて中見えへんやん」
寂れて見えとったのは伸び放題の蔦のせいや。
「さあね。工藤が気にしてねーから、別にいんじゃね?」
「せやけど暗いやろが、これじゃあ」
玄関に近付くと、ヒヤッとした空気が流れ出てきよった。
案の定、エントランスに入った途端、全身サブイボ。冷え過ぎやっちゅうねん。寒っ!
「アホか、クーラーかけすぎや。エコやないし、電気代かてエラいことなるわ。てゆーか風邪ひくし! 温度上げるか切りぃな」
マジで寒い。息を吸うだけで喉の奥まで霜が降りそうや。
「クーラー、なんか壊れてるみたいなんだよね」
答える黒羽はシャツの上にちゃっかりパーカー着込んで、夏とは思えんカッコしとる。
「おかしーやろ。体壊すで、こんなキンキンに冷やしよってからに」
「俺も最初は温度調節したんだけど、設定あげても全然変わんねーんだよ。電気屋呼べって工藤に言ったんだけど、それきりでさ」
「工藤は部屋におるんか?」
「うん。いるけど、実はあんま元気なくて。フラフラしてっから横になれって、さっき寝かせたとこなんだよ」
そらァ元気もなくなるわ。真冬やないかい、家ん中。廊下の端からハシまでこないに冷やしよって、業務用クーラー何台使うとんねん。
「寝とるって…〝共同研究〟なんぞ出来るんかい。今夜はここに泊めてもらお思てきたけど、こらぁやめた方がよさそうやな」
「ダメだよ。今日は服部が来るって、みんな楽しみに待ってたんだから」
前を向いたまま、やけにキッパリ黒羽が言いよる。
「ハァ? みんなって誰や」
俺の他にも呼んどるんかい。聞いとらんがな。
「白馬か」
「白馬はまた今度。今日は工藤と俺と服部と、オヤジとそのトモダチ」
「親父さんとその友だちィ??」
工藤の親父さん、アメリカから戻ってきとるんか。てことは母ちゃんも一緒ってことやな。その友だちゆうたら外人か出版業界の…かいな?
「探偵としての知識収集と、互いに関わった事件の謎解きを検証し合い、意見交換する会…と聞いたんやが、話が違うんちゃうか」
「そんなこと言ったの、工藤? へー。その方が呼び出しやすいと思ったのかな」
なんでやねん。
工藤に電話で誘われた時、珍しい事やりよんな~とは思たんや。俺を引っ張り出す引っ掛け話やったんかい。
「コラ黒羽、なに企んどんねん。この服部平次様の武勇伝を記録して出版したい…っちゅう話なら考えんでもないが、適当な事言ってまさかの肝試しドッキリやないやろな」
「まさか。ドッキリでここまで家中冷えないよ」
「……?」
妙や。なんか、ずれとる。
工藤の具合が悪いいうわりには、黒羽はそれもたいして気にしてへんようや。
───ゾクッ。
ハッと、脚を止めた。
二階のフロアが暗い。
蔦のせいか…? いや、それだけやない。これは異様や。なんかがおかしい。
「おーい工藤、服部来たぜ~!」
階段を上がったとこで固まっとる俺に構わず、黒羽が工藤の部屋をノックする。
「待てぃ黒羽。親父さんたちもそこにおるんか? 寝込んでる工藤の寝室に?」
「うん。早く来いよ、服部。歓迎するって」
ニコニコ笑いながら黒羽が俺を手招きする。
待てよ。
さっき表から見た、屋敷で一番鬱蒼と蔦が覆い被さっていた窓は。
あれは…この工藤の部屋やなかったか。
───服部。
ゾクリ。
部屋の中から工藤の声がする。
いや、ちゃう。
部屋からやない。
声が…まるで直接耳の奥に響いてくるような……。
俺はUターンして階段を駆け降りた。駆け降りようとしたんや。
だが。
「なにしてんだよ服部。来いって」
肩を黒羽に掴まれていた。
いつの間に。工藤の部屋の前におったのに…!
気持ちは焦っとるが、黒羽にそないなとこ見せられん。
しかし、とにかく今言えるのはこれだけや。
こいつは異常や。
ここは日常の世界やない。
ここは、まるで冥界の入り口───。
「俺の親父に会ってってくれよ。せっかく来たんだからさ」
「黒羽の…親父やて?」
言うてたんは工藤の親父さんのことやないんかい。
俺の肩に黒羽の指が食い込んで痺れとる。
シャツを通して伝わってくるのは鋼のように硬くて冷たい感触や。
人の手とは思えん。まるで氷のようや。
「離せ黒羽、冷たいがな!」
降り解こうとしたが、黒羽の手は俺の肩をガッシリ掴んで離さない。
「ハハ。俺も気が付いたら、冷たくなっててさ」
なんやて…??
あまりに異様で黒羽の目が見られへん。
見れば黒羽までが〝アッチ〟におることがハッキリ判ってしまいそうで。
「俺は行かんで! 放さんかい黒羽!」
「ダメだって言ったろ。久しぶりに〝外の匂い〟を吸えるって、みんな待ってたんだから」
「ワケ判らんこと言うんやない! おまえ、親父おらん言うてたやないかっ」
そうや。
黒羽の親父は…確かまだ黒羽がガキの頃、マジック・ショーの舞台の事故で亡くなっとるって────。
アカン。ホンマにアカンでこら。
その〝亡くなった黒羽の親父さん〟が俺を待っとるいうんかい。〝オトモダチ〟と一緒に…具合の悪うなった工藤の部屋で。
絶対に振り向いたらアカン!!
メッチャ振り向いたらアカンやつや!!
早よ逃げな…!!
気持ちは急くのに、脚は一歩も動かへん。
───キィ…。
工藤の部屋の扉が開く音や。見んでも判る。
そこからフラフラ出てきたんは、幽霊みたいになった工藤。
せや。〝黒羽の親父さんたち〟は〝あの部屋からは出られない〟んや…!
───よく来たな、服部。わざわざ呼び出して悪かった。
工藤が近寄ってくる。黒羽も俺の後ろにおる。
階段の下まで霞んでよう見えんようになっとる。
真っ暗や。
いつの間にか、工藤の家ん中、どこもかしこも真っ暗闇になっとる。
───突っ立ってないで入れよ、服部。
「工藤、せっかくやが失礼するわ。具合悪いんやろ。無理せんと、よう寝て治せや。そしたらまた来るさかい」
───眠れないんだよ…。横になっても、誰かがオレに話しかけてきて…眠れないんだ。もう何日も。ずうっと。
ゾク、ゾク、ゾクゾクッ。
震えが走る。
工藤は体半分以上冥界に浸かっとる。
黒羽は。黒羽も───。
「えへへ、解っちゃったか」
俺の耳元で黒羽が囁く。
吐息までが吹雪のように冷たい。
「大丈夫、みんないい人だよ。俺の親父の友だちだもん。な、工藤」
───ああ。
「行こうぜ、服部」
───来いよ、服部。
黒羽と工藤が同時に俺に囁く。
「や、やめっ、よさんかいっ、おまえら!」
固まって動かない体をズルズルと引き摺られていく。
アカン。アカン。
工藤の部屋に入ってもうたら、もう二度と…
二度と戻ってこれへんようになる!!
「うおおっ、二人とも目を覚まさんかい! 工藤と黒羽を返せ、どアホゥ!!!」
ぺたり───。
冷たいもんが額に張り付いた。
頬にも。
喉にも。
アカン…!!
こないアホな話があるかい。
工藤んちが幽霊屋敷やなんて。
工藤と黒羽が取り憑かれとるなんて。
俺もこうなるんか。
次は俺もここで白馬を待ち伏せして。
あの世の〝友だち〟に引き合わせる囮をやらされるんかい。
ふざけんなや!!!
誰がソッチになんぞ行くかいっ。
俺を甘く見んな! 俺は、俺は、浪速の名探偵。西の高校生探偵、服部平次やで。
クソッタレがぁあああああーーーーっっ!!!
『あ、起きた』
「…?」
明るい。
見覚えのあるシャンデリア。
工藤んちや。工藤んちの応接や。
「!」
目の前にまん丸目玉が現れた。
「…黒羽」
「大丈夫かよ、服部」
「ン? なんで俺ソファで寝とるんや?」
「覚えてねーのかよ。すんげー真っ青な顔してやってきて、声かけても朦朧としちゃってさ、玄関入った途端に『寒む!』って言ってバタンキューしちまったんだぜ。びっくりしたよ」
「俺が…?? バタンキュー、やて?」
「あっ、工藤。服部大丈夫そうだぜ」
「ほんとか。良かった」
声の方を見ると、トレーに飲み物をのせた工藤が応接に入ってくるところやった。
「・・・・」
おでこから塗れタオルが外れて落ちよった。
もしかして、額や頬にペタリと張り付いた冷たいもんの正体はこれやったんかいな。
「アカンわ、メッチャ悪い夢見た」
「そーだろ~。服部すげぇうなされてたもん。アカン、アカン、て言ってさ」
「まじかいな。トホホ」
寝不足が祟ったか。
昨日は地元の事件片付けた後、夜遅うに家に戻って、そっからろくに眠らんと出てきたからのう…。俺としたことが。
つまり俺は熱中症起こしてフラフラんなって、辿り着いた工藤んちがメッチャ寒く感じてぶっ倒れたゆうことか。
「情けな。しっかし東京暑すぎやろ」
「今年初の猛暑日だったらしいよ」
「救急車呼ぼうか迷ったんだが、落ち着いて良かったよ」
工藤と黒羽の二人に微笑みながら見下ろされて、穴があったら入りたいっちゅう気分になる。
「あー…もう堪忍や。ホンマすまんかったわ」
体を起こしてソファに座り直したが、まだぼうっとしてナンも考えられへん。
「出直すわ…。また来るさかい」
「泊まればいいじゃん。俺もそうするつもりだぜ。な、工藤」
「ああ。二階の客間を使えばいい。俺の部屋の並びだ」
工藤の部屋の…? イヤイヤ、あんな夢見てすぐ二階に上がれってさすがに無理やっちゅうねん。
それにしても幽霊屋敷やなんて、とんでもない夢見たわ。
「あー…」
ふとベランダの外を見て、一筋窓に垂れ下がっている蔦の枝が見えた。
ドクンと心臓が鳴る。
アホな。
俺はそうっと立ち上がった。
「服部?」
「え、ええーと、トイレ」
「一人で歩ける? スポーツドリンクもっと飲む?」
「大丈夫や」
そろそろと俺は応接の扉を開け、エントランスホールへ出た。
背中に工藤と黒羽の怪訝そうな視線が突き刺さっとる。
───服部?
「ほなら、ごめんやっしゃ!」
玄関のドアがちゃんと開くのを確認して、俺は工藤んちを飛び出した。
ヒヤリとした空気と、外のムッとする夏の熱気が入り交じる。
振り向いたらアカン。
振り向いて、もし夢で見たように工藤んちの外壁に蔦が絡みついていたら。
工藤の部屋の窓に、異様に蔦が集まっているのを目にしたら。
服部、と工藤が呼ぶ声が聞こえた気がした。
冥界の工藤が俺を呼んだときの、あの声で。
20160717
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※お粗末様です(汗)。はっきりしない描写のまま終了でスミマセン。雰囲気ホラーなのでご容赦を~(>_<);;
補足:以前upした「ストレンジャー・イン・ホラー」&「ペニー・ホラー・レイン」を多少踏まえてますが、別パラレルということにしておきます(*_*;
★拍手御礼!
「ハッピー・スウィート・ニュー・イヤー」「未明の道」「 告白~風に消えた怪盗」「どこまでも高い空」「秋憂」「返り討ち」「四つ葉のクローバーII」「二人の大晦日」「クリスマス・ツリー」「しのぶれど」「ボアロの客」「誤認恋愛」「同棲未満」へ、拍手ありがとうございました~(^_^)ノ
こき様★拍手コメント多謝(^o^)//
「告白~風に消えた怪盗~」へ素敵な感想をいただき、本当にありがとうございました。粗忽なところもある話でお恥ずかしいですが共感してもらえたのならとても嬉しいです。またお訊ね下されば幸いです!
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