密約《2/2》
カテゴリ★インターセプト3
※バーボン視点よりスタート (*_*;
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「ちょっとォ、バーボン! まさかこのお子様が〝怪盗キッド〟だって言うんじゃないだろうねぇ?」
ソファーの背にもたれ脚を組んだキャンティが、ぼくの連れてきた〝彼〟を見て笑い出した。
「正確に言うなら〝元怪盗〟の少年です」
「ふっ、まさか! ジン、あんたキッドと直接やり合ったんでしょ。フザケンナって言ってやってよ」
キャンティが後ろを振り向いた。
都内ホテルのスイートルームに集まったのは、組織の実行部隊主要メンバーたち。ジンとウォッカ、キャンティ、コルン、キール。
そしてぼくと〝彼〟だった。
深くかぶった帽子のつばの奥から、ジンが僅かに瞳を覗かせる。
「ふん。バーボンが連れてきたんだ、そいつが怪盗に違いねえんだろう。怪盗の偽物なんぞ用意できるわけねえし、万が一俺たちを欺こうとした時点で自分もあの世行きだ」
「やだなぁ、すぐそんな言い方するんだから。ぼくは〝探り屋〟ですよ。探り屋のプライドにかけて、ぼくが偽の情報をもたらすわけがない」
ジンから目を逸らさず、そう応えた。
やはり、ジンも〝彼〟に興味を覚えている。そうでなければぼくらが部屋に入るなり左腕を伸ばし、引き金にかけた指先を動かしていたはずだ。
たぶん…とウォッカが口を挟む。
「このガキがキッドなんだと思う。オレも昨日声を聞いて驚いた。ずいぶんと若けえ。それと、こいつ…どことなく似ていやせんか」
─────工藤新一に。
このウォッカの言葉には誰も反応しなかった。表面上は。
ジンが煙草を取り出して火を点け、ふうと一息紫煙を吐いた。
「……バーボン、キッドは消す。それは曲げられねえ〝決まり事〟だ」
「もうキッドはいない。見れば明らかでしょう」
「そんな屁理屈が通ると思うのか」
ジンがぼくに向き直った。
瞬間、空気を裂くような緊張が走る。
今にもジンが懐からサイレンサーを取り出し、ぼくと〝彼〟を射殺する─────そんな場面を皆が想像して。
ガチャンと音がして、緊張が不意に解ける。
キールがテーブルに倒した空のカップを慌ててなおしていた。
「ごめんなさい。でもすぐに仲間を疑うのはいただけないわ。私自身、疑われたことのある身だから言うけど」
「そうかい? ジンの〝鼻〟は確かだよ。ジンがもし誰かを〝裏切り者〟だと言ったなら、そいつは間違いなく〝裏切り者〟なのさ」
キャンティの言葉に、キールは黙り込んだ。ここで自分への疑いが再燃するのはキールも避けたいだろう。
「バーボンいないと、困る」
そう呟いたのはコルンだった。
「バーボンの情報、貴重。バーボン、必要」
─────沈黙。
空調の微かな音が耳に付く。
〝彼〟は応接から離れ、ひとりぽつんと部屋の中央に立っていた。僕の与えた黒いシャツとズボンを履いて目を伏せて。念のため後ろで両手を拘束してあるが、動く気配はまったくない。
「こいつをどうするつもりだ、バーボン」
「殺すなんて勿体ないって言ってるんです。どうせなら使えるだけ使えばいい。〝彼〟は役立ちますよ。天才科学者シェリーに匹敵するIQの持ち主だ」
それに。
ぼくは〝彼〟を見て続けた。
「何も白から黒へ変わるってわけじゃない。〝彼〟はもともと〝こっち側〟なんですから」
─────立っているのがやっとだ。
鼓動の度に頭がずきずきと痛み、手足の感覚は痺れて遠い。
日常を失い、怪盗たる所以を奪われたいま、抜け殻の自分が大事にしなければならないものなどありはしない。
こうして素顔を晒し、為すがままバーボンに従ったのは……パンドラの真実を確かめたい。唯一残された希みはそれだけだった。
……それだけか?
本当に…?
──────オレのこと忘れんなよな。
──────おまえは独りじゃない。忘れんな。
工藤。
きいんと頭が絞られるような痛みに唇を噛む。
もう二度と隣に立つことは叶わないというのに。
工藤の言葉を、こんなときに思い出すなんて─────。
ジンが無言のまま〝彼〟に歩み寄る。
全員がジンと〝彼〟を注視していた。
〝彼〟に手を伸ばしたジンは黒いシャツを掴むと勢いよく引き剥いだ。ビッ、と布が避ける音がして、ボタンが弾け飛ぶ。
ヒュウ~、というキャンティの口笛。
「ああ、ぼくのシャツ」
嘆いたぼくに向かってジンが訊く。
「これはいったいどんな仕掛けだ、バーボン」
はだけたシャツから覗いた〝彼〟の素肌には、ぼくが入念に印した赤い痣が散らばっている。明るいライトのもとで肌の白さとともに鮮やかに際立って、それはまるで花吹雪のように見えた。
「なにこれ! アンタがやったの? やるじゃんバーボン!! キャハハハッ!」
キャンティが笑い転げる。
だがジンが示しているのは情事の痕の事ではなく、〝彼〟の首に付けたネックバンドだった。
「契約の証ですよ。分かり易いでしょう? ただの革の〝首輪〟ですけどね。彼は〝怪盗の死〟を受け入れて、ぼくの提案を呑んだんです」
「提案?」
「生きるために、ぼくら組織に従属すると。それを付けているのはつまり…」
「解ったよ! つまりペットって事だろ。イイコイイコって可愛がってもらうために、一生懸命ご主人様に奉仕するわけ!」
立ち上がって腕を組み、キャンティが〝彼〟吟味するように見詰める。
「みんなのペットなら、これから忙しくなるねぇボーヤ。せっかくだ、くたびれちまう前にアタイも遊んであげようかねぇ…?」
「このガキが本当に従うか判りゃしねえだろう」
〝彼〟の顎を手で掴んだジンが〝彼〟の顔を覗き込む。
「こいつはそこらのガキとは違う。脅しが効くとは思えねェ。従うふりなんぞいくらでも出来る」
「ご心配は尤もですが、シェリーにしたってそれは同様だったはず。しかし〝彼〟は自分の目的を果たすことを望んでいる。そのために怪盗をしていたんでしょうから」
「目的ってパンドラのこと?」
突然響いた女の声に舌打ちしたのはキャンティだった。
ドアを開けて姿を現したのは黒のタイトスカートに黒のピンヒール、プラチナブロンドを靡かせ、紅い唇を綻ばせたベルモットだった。
「おまえは呼んでねえ。何の用だ、ベルモット」
「あら、ご挨拶ね、ジン。私も怪盗に逢わせてくれたって良いでしょう。…この子がそうなのね」
ジンと〝彼〟と間にベルモットが割り込むように立つ。キャンティはもう一度大きく舌打ちすると、興醒めしたようにソファーに座り直してそっぽを向いた。
コルン、キールは動かずこっちを見ている。
「いけない子ね。こんなところまで来るなんて…」
頬に触れる細い指先。囁かれる甘い女の声。
これが〝ベルモット〟と呼ばれる組織の中枢にいる女。
だけど…この声は…。
浮かび上がる遠い記憶は、いったい何時のものだろう。
頭が痛くて、思い出せない。
遠い昔……こんな声を聞き、そっくりな碧眼に見詰められた事があった────。
「随分とおいたをしたようね、バーボン。フラフラじゃない、この子」
「捕まえたのはぼくですから。ジンも目を瞑ってくれましたよ」
「御託はもういい。解散だ。ガキは俺が預かる」
エエ~ッとキャンティが不満とも冷やかしとも取れるような声を上げる。
「お任せしましょう。本当はまだまだ〝彼〟を探りたいところですが」
「情が移ったんじゃねえだろうな、バーボン。ミイラ取りがミイラになっちゃ、お終いだぜ」
ジン、あなたこそ。
喉まで出かかった言葉をぼくは呑み込んだ。
肩を軽く押すと〝彼〟はぐらりと体を傾け、そのままジンの腕の中に崩折れた。
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〝彼〟との密約は守れたようだ。
ぼくの提案を呑んで組織に従属し、協力する。その代わり、組織の中枢に近付きたい────〝彼〟はそう言った。
そしてぼくは〝彼〟を抱いた。
ここから先〝彼〟がどこまで生き延びて、その目的に近付けるのか予想はつかない。だが面白くなってきたのは確かだ。
ジンは気付いただろうか? ベルモットを密かに呼んだのがぼくだと。
ジン、ベルモット。そして〝彼〟。
組織は動く。向かう先は────。
愛車のRX7に乗り込んだぼくはホテルの駐車場から各々去ってゆくキャンティたちを見送り、一番最後に車を出した。
怪盗を捕らえてから、二日目の夜が更けようとしていた。
20131116
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※予定の内容を飛ばしてしまいました(*_*;
いずれまたそのへんも追加描写したいと思います…。
●拍手御礼
「密約1/2」「リセット」に拍手いただきました! ありがとうございます(^^)/
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