パンドラ~プロローグ《1/2》
カテゴリ★インターセプト4
※冒頭ウォッカ視点にて。
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仮面を着けたオークショニアの声が、騒然とする会場に響き渡る。
──それでは今宵〝二点目のパンドラ〟です。一千万レートから!
欲と疑心暗鬼に囚われた亡者たちのどよめきが、怒号に変わった。無理もない。唯一無二の筈の〝パンドラ〟が、二つ現れたのだ。
先刻まで壮絶な競り合いを演じ、過去最高レートで〝パンドラ〟を勝ち取った客は到底収まるまい。
しかも、こうなると三つ目・四つ目のパンドラが控えてないとも限らない。
この見せ掛けの〝秩序〟が崩れるのも時間の問題ということだ。
集まった〝客〟たちは上得意の招待客以外、参加するだけで数千レートをすでに支払っている。それだけの需要があるのだ。
諸処の事情で行方不明とされてきた歴史的な美術品、亡命者から買い取った国家的機密情報、金の成る木である特許に関わる企業秘密。〝客〟たちが欲しがるネタは尽きることがない。
落札された金品は各国を揺るがすような裏取り引きの〝謝礼〟として貢がれたり、落札値の倍も上乗せして弱みを握る相手に強請り同然で買い取らせたりする。
そうした〝交渉〟が常に世のどこかで行われているのだ。
しかし、今夜のオークションはこれまでとは違う。誰か一人が立ち上がれば、それが切っ掛けで殺し合いが始まってもおかしくない。
それほど切羽詰まった異様な空気に満ちている。
だが、一方で組織にとって〝パンドラ〟を巡る混乱は予定通りと言える。
夢のような伝説に大金をつぎ込むより、長年組織が開発し、ようやく実用の目処がついた〝APTX4869〟の方がよほど経済的だと、やがて客たちは考えるに違いない。
組織が本当に売りたがっているのは増産可能である完璧な毒薬〝APTX4869〟なのだ。
───もう一声、40億、ございませんか?
大声と共に複数の手が挙がる。
それでも伝説を確かめずにはいられない亡者たちはオークションに熱狂していた。異常な競り合いそのものに興奮し、我を失っている。
真っ黒な夜空に一際大きな赤い月が昇ってゆく。
本物の〝パンドラ〟は本当にあるのか。
あるとすれば、どのビッグジュエルが〝パンドラ〟なのか。
〝伝説〟が真実か否かを確かめる事が出来るのは、今夜しかないのだ。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
「オークションに、俺が?」
私が計画を伝えると、少年は大きな瞳を微かに震わせて問い返した。
「そうよ。もちろん素顔じゃなく、変装してね」
「何のために」
「パンドラを確かめたいんでしょう?」
「………」
「ふふ。ただしパンドラを奪って脱出しようなんて甘い夢は見ないことね。少しでもおかしな素振りをすれば、即座にボウヤの額に穴が開く」
「………」
「困った子ね。プロの暗殺集団に四方から狙われてる中で、まさか本当に逃げられるかもしれないなんて思ってやしないでしょうね」
少年は黙り込んだ。表情は動かない。
思わず笑みが浮かんでしまう。
「ポーカーフェイスね───」
〝トウイチ譲りの〟。
私が唇の動きだけでそう続けると、思った通り少年は難なく私の言葉を読みとった。蒼い瞳が瞠らかれる。
〝なぜ私がトウイチのことを知っているかって…? さあ、どうしてかしら〟。
少年は私をじっと見つめ、私の次の〝言葉〟を待っていた。
私は自分が座るソファにもっと近付くよう少年に促したが、少年は明らかな敵意の眼差しを私に向け、動こうとしない。トウイチを陥れたのが私だとでも思ったのだろうか。
「さあ、むこうを向きなさい。襟を広げて」
私が立ち上がると、少年は大人しく目を伏せて従った。
若い滑らかな肌。寛げたシャツの肩口からジンが撃ったという噂の疵痕が目に入る。
「いい子ね。じっとして」
隣室にはジンとウォッカが控えている。
ここで下手に動いて命を失うのは少年の本意ではないだろう。
私は少年の首に嵌められた革のベルトを軽く指で摘まみ、隙間に射出口を押し当てた。
くっ、と微かに少年が苦痛の呻きを漏らす。
「マイクロGPSよ。これでボウヤが変装していてもジンたちにはすぐに判る。いいこと、ボウヤ…これを外そうとして下手に削げば動脈が傷付く。意味、解るわね」
パンドラ~プロローグ《2/2》へつづく
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※試行錯誤のままアップです(汗)。時系列逆だったり分かりにくく、申し訳ありません。先々見直します…(*_*;
●拍手御礼
「小さな恋の物語《そんな気分の巻》」へ拍手ありがとうございました!
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