奇跡の月と運命の彗星《3》
カテゴリ★インターセプト4
※冒頭コルン独白。
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無様に倒れたままのわたしを細身のスーツを纏った男が見下ろしていた。
男はつと手を持ち上げると、わたしが見ている前で顔を覆っていた〝仮面〟を外した。
わたしは目を見張った。
仮面と思っていたものは、顔面上部三分の二ほどを覆うマスクだった。
肩までの髪がさらりと零れ落ち、繊細な眉と形の良い鼻梁が現れる。それは〝男〟などではなかった。
〝男装の麗人〟───古めかしい表現だが、本当だ。
咄嗟に見惚れてしまったわたしは、この時相当呆けた顔をしていたに違いない。
さらに驚いたことに、その〝麗人〟は声を漏らさず涙を零していた。
溢れる涙で頬を濡らしながら、慈母のような微笑みを浮かべ、私を見下ろしていた。
『撃ち殺すがいい』
わたしは我に返ってそう言った。
すでに自分が〝お払い箱〟だと承知していたのだ。
いまの刹那──向かってきた少年の気迫に圧され、わたしは冷静を失った。
逆らわず受け流せばよかったものを、思わず引き金に指を残したままライフルを握り締めてしまったのだ。
結果ライフルの銃身を跳ね上げられ、体当たりを受けて、捻れの負荷が指一本に掛かってしまった。
私はプロのスナイパーとして致命的な傷を負った。つまり私の〝命〟は断たれたも同然だったのだ。
視線を隠すために長年着けていた眼鏡も含め、わたしという人間を形作ってきた土台は失われた。役立たずの老いぼれは朽ちるのみ。
〝麗人〟は、しかしそんなわたしを見つめてキッパリと言った。
『あなたを裁く資格なんて私にはないの。でも、ひとつお願いしていいかしら』
瞳の奥に哀しみの欠片が揺らいでいる。
『人の命を奪うのはもうやめて』
踵を返した〝麗人〟は、肩越しにわたしを振り向くと微笑んだ。
『伊達眼鏡なのね。よく見えてるみたい』
〝麗人〟は散乱した私のライフルや護身用の拳銃には目もくれず、もと来た方向へ風のように駆け去っていった。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
両開きの屋上扉が、大きく開け放たれている。
階段の踊り場から覗く四角い夜空には蒼白く光る大きな月が浮かんでいた。
足音を消し、さらに数段昇って扉に近付く。すると月に向かって走る一筋の光が目に入った。一万年に一度巡りくる〝運命の彗星〟。それは数日前よりもずっと長く伸び、白い軌跡を天に描いていた。
どこだ、寺井ちゃん。
誰が潜み、どこから狙撃されるかわからないこんな危険な場所で、俺を待ってるっていうのか。
屋上中央に黒光りする機体。
月明かりが炙るように浮かび上がらせていたのは鋼鉄の塊───二機のヘリだった。
二機とも起動はしてない。
姿勢を低くし、扉からそっと外の様子を窺った。
予想外に静かだ。
しかし吹き抜ける風の音が束の間途切れると、張り詰めた緊迫感が場を支配しているのが判った。何かが起こる。
『!』
誰かがヘリの前を移動している。脱出用ヘリを背にすることで狙撃を避けているつもりか。その腕に抱えられているのは黒いアタッシュケースだった。
先刻まで壇上でハンマーを振るっていたオークショニア──ヘリの羽の影で顔が隠れているが、間違いない。
俺は飛び出した。あのケースに〝パンドラかもしれないジュエル〟が収まっているのだ。
躊躇ってる時間はない。
この時のために、生き長らえてきたのだ。
オークショニアが俺に向かって発砲する。
───いや、違う。俺の背後に向かって連射する。
〝避けろ!〟
オークショニアが叫ぶと同時に俺は頭から飛び込みざま転がった。鋭く空を切り裂く音が髪を掠め、すぐ脇の屋上の床が銃弾を跳ねて赤く光った。
何かがドサリと落ちる重い音。
振り向くと、こっちを狙っていたらしいダークスーツの男が扉の前に倒れていた。
「!」
腕を掴まれた。オークショニアが機体にへばりつくように俺を月明かりの影に引き入れた。
覚えのある気配。
「君は〝生きて帰ること〟にもっと執着すべきじゃないかな。自由になったからって無茶しすぎない方がいいよ」
マスクを外したオークショニアは、バーボンだった。
20151226
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※ぬぬぬぬっ書くほどに予定の内容とズレズレで伏線回収できずにもたついてます。懲りずに読みに来て下さる方、ありがとうこざいます&毎度とろくてスミマセン(泣)。間延びしちゃって自己嫌悪ですが年内にせめてもう少し進めたいです~(*_*;
●拍手御礼
「空耳」「秋憂」「噂の二人」「恋患い」、カテゴリ★インターセプト へ 拍手ありがとうございました(^^)/
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