ウエストサイド・トゥルーライズ《2/2》(新快前提 平次→快斗)
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「キッドぉ!!!」
叫びながらキッドが開こうとする翼を狙い、俺は一発必中の矢を射た。
だが――走りながら射た矢はあっさりかわされ、白い怪盗は余裕の笑みすら浮かべて……俺に人差指と中指を揃えて挨拶なんぞしよって、あっという間にその姿は遠くへ飛び去った。煌めく街と港の灯りに紛れ、ヤツがどっちへ向かったのかすら判らんようになった。
「ちっ。……おい、もう一人のキッドは?!!」
『あ、平次さん聞こえます? それが…上空で花火が散るように光ったと思ったら、消えてしもたんですわ――ホンマに不思議や。まだ近辺をパトカーが何十台も捜索してますよって、いずれなんぞ発見できるかと』
……アホかい。見つかるのは破裂したダミーの残骸だけやろ、どうせ。
腹立つ。俺のこと知らんぬかしよった……キッドのヤツ――。
にしても、あの〝マーク〟がなかったんはなぜや。少し離れとったがこの目で見たんやから間違いない。
二人いたキッドの片方は本当にダミーのまやかしだったんやろか。それとも。
キッドは……黒羽ちゃうのんか……?
判らん。
怪盗キッド。覚えとれ。
この服部平次をなめくさって、いつか絶対後悔させたる。今度会うた時は必ず泣き入れさせたる――!!
「服部!」
「日曜の最終とは遅いお帰りやのう、黒羽。明日ガッコに差し支えるんちゃうか」
「服部こそ、どうしてわざわざ…」
「絶対おる思うたからや。出迎えたんやから見送りもするに決まっとろうが」
俺はホームに立つ黒羽に近付くなりぐいと首根っこをひっ掴まえて引き寄せた。
わっと声を出して黒羽が体を竦ませる。
――ある。
やっぱりありよる。俺が夕べつけたった〝キスマーク〟がしっかりうなじに残っとる。
「放せよっ、もう!」
赤い顔した黒羽が俺の手を振りほどいて、二三歩離れた。
最終の東京行き発車のベルが鳴る。
黒羽がバッグを抱えてのぞみに乗りこむ。
「……じゃな、服部。来てくれてありがと」
「ん?……ああ」
来たんはキスマークを確かめるためやったが、赤い顔して伏し目がちに黒羽に礼を言われ、つい俺も顔が赤らんでしもた。
プシューと音がして扉が閉まる。
のぞみが動き出した。
黒羽がドアのガラス窓から俺を見ている。
――ふ…と、その口元が笑ったように見えた。なんぞ知らん不意に背筋にさぶイボが立ちよった。
なんや。なんや、この落ち着かん感じ――。
黒羽の姿が見えんようになった。のぞみが遠ざかる。テールランプの赤い……どこか不穏な光を俺の目に焼き付けて。
人のおらんようになったホームを俺はトボトボ引き返した。
「……」
おかしい。待て……。
首が……なんか……くるし……。
なんぞ、エリが重いような……。
「――んな、んなアホな!」
俺は今度こそ打ちのめされてホームに立ち尽くした。
俺の服の……襟のフードの中に――今夜怪盗キッドが持ち去ったはずの〝獲物〟が、微かな明かりをもはじいて蒼白く光り輝く大粒のダイヤが、入っとるやないかい!!
なんでや!!
いつや。いつ入れた。
キッドとはそこまで近付いとらん。そしたら黒羽しかおらんやんか、いまさっき!
さっき俺が黒羽を引き寄せうなじを確かめた時に、黒羽も俺のフードにこれを入れよったんや。それしか考えられへん!!
――待てぃ。んじゃ、なんでキッドにはキスマーク付いとらんかったんや。
上手いこと丸め込まれたっちゅうわけか? 黒羽はキスマークに気が付いとって、キッドになっとる間なんかしら手を打ってマークを隠しとったゆう事か。そうなんか……?
黒羽――。
おまえはやっぱり限りなくクロに近いで。
また東京行ったる。工藤に遠慮しとる場合やないで。ここまでおちょくられて黙っとれるかい!!
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「寺井ちゃん? ありがと、ホントに助かったよ」
『快斗坊ちゃま、どうか御自愛ください。決して無理はなさらずに……。寺井はいつでもお味方ですぞ』
「うん…。これからどうするの?」
『はい、もう二三泊ゆっくりすごして、次は日本海側でも回ろうかと』
「いいね。のんびり休んでよ。特に今回はいろいろやってもらっちゃったしね」
『坊ちゃまも東京まで少しお休み下さい。明日モーニングコールいたしましょうか?』
「いらねーよ、大丈夫!」
学校で昼寝するし。とは心の中だけでつぶやいて、俺は寺井ちゃんとの電話を切った。
とりあえずは成功した……大阪のイベント。でも寺井ちゃんが気が付いてくれなかったらヤバかったかもしれない。服部に、あんなところにキスマーク付けられてたなんて。
勢いで付けられた――偶然かと思っていたけど、服部が確かめに来たところを見ると……わざとだったんだ。変装用の小道具で隠しといてよかった。危なくキスマークが付いたままのカッコ悪いキッドの姿を晒すところだった。
怒ってんだろうな、服部。まともに目が見られなかった。パーカーのフードにお宝入れたの俺だって……やっぱりバレるだろうな。
まあいいや。元々疑われて……もうほとんどキッドだと思われてんだから。
次はもっともっと食いついてくるだろうな。注意しなきゃ。服部は手強い。工藤と並び賞されるだけある。
一人じゃ準備もキツかったけど、寺井ちゃんに手伝ってもらって間に合った。ダミーも飛ばしてくれて、おかげで警察や報道もそっちに引きつけられたし。
結局お宝は求めていたものではなく、徒労に終わった冒険だったけど……。
服部との対決は、ちょっと際どかったな。一瞬ヒヤリとした。矢で射るなんて発想、服部らしい――。
うとうと目を閉じた。
東京駅に付いてメールの着信に気付いて開いてみたら……工藤からだった。
服部が俺の連絡先知りたがってる~?
やれやれ……どうしよう、この先。
工藤に白馬に服部。
なんで探偵だらけなんだろう、俺のまわり。
工藤に返信した。
『別にいいよ』
避けてはどうせ通れない。いま断ったって時間の問題だ。
――おっと急がないと地元に帰る電車終わっちまう!
俺はあれこれ考えるのはやめにして走り出した。明日遅刻してはいけない。俺のポリシーだ。怪盗してても、高校生活はきちんと送る。まぁ……居眠りくらいは大目に見てほしいけど。
急げ――。
終電の発車まで後少し。俺はスピードアップして駆け出した。
20120227
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※前後編合わせて不自然なところ・ツッコミどころあるかと思いますが、とりあえず通り過ぎます…(*_*;
※『ウエストサイド三作』の一応締めでした。服部くんをかなり怒らせちゃったので、この流れでまた書くことになりそうな気がします(^^;)。
[7回]