乾杯(盗一×優作)
カテゴリ★デジャヴ
※優作さん視点。
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『Mr.KUDO、お届け物です。ファンの方からお祝いの品を』
小気味良いノックの音。
私は一つ息を吐いてからドアを振り向いた。
L.A.で行われた出版関係のイベントを終え、ようやくホテルに戻り、一人になったところだった。
ドアのスコープを覗くと、大きな花束を抱えたホテルのボーイが立っている。
いささか気分が優れず躊躇ったのだが、ボーイに無駄足を踏ませるのも申し訳ないと思い、私は解いたタイを襟に引っ掛けた格好のままドアを開けた。
「今晩は。わたしの名探偵、工藤優作殿」
「…………」
思わず一歩退がった。差し出されたのは視界を埋め尽くさんばかりの真紅の薔薇の花束。
だが。
ボーイだと思っていた相手は、ボーイではなかった。ドアを開ける一瞬の間に、別人に姿を変えていたのだ。
「盗一!! 」
「やあ、遅くにすまない。この時間でなければ立ち寄れなくてね。入っても構わないだろうか」
ウィンクして恭しく私に一礼したのは、海外公演に忙しく飛び回っているはずの、日本が誇る天才マジシャン・黒羽盗一だった。
「もちろんだ! よくここが…私がここにいると分かったな」
「ふふ。わたしを誰だと思っているんだね?」
自信に溢れた最高に粋な眼差し。忽ち魅せられ、頬に血が昇るのを覚える。
突然の盗一の来訪に、この時の私はさぞ惚けた顔をしていたに違いない。
ははは、と愉快そうに笑った盗一は、部屋に入ると流れるような立ち居振る舞いで向き直り、手にした花束を私へ差し出した。
「ではあらためて。今回のディリス賞、MWA賞のダブル受賞おめでとう。君の生み出す極上のミステリは熟成したワインの如く奥深い。細やかな伏線、先の読めない展開…、一読者としてわたしも非常に楽しませてもらっているよ。ささやかだが、この祝いの印し、受け取っていただけるかな」
何よりの褒め言葉だった。
作品の中では、私たちの立場は逆転する。仕掛けるのは私、読み解くのは盗一なのだ。
「この薔薇は…?」
「種も仕掛けもない、正真正銘の〝乾杯〟さ。君の偉業を讃えてね」
美しく咲き誇る真紅の薔薇〝乾杯〟。
完璧な花弁と漂う気品ある香りに圧倒される。
「ありがとう。嬉しいよ、盗一。素晴らしいプレゼントだ。君に逢えて、本当に嬉しい…!」
私は受け取とった花束の匂いを、深く胸に吸い込んだ。
と、不意にくらくらと立ち眩みを覚えて目を瞑る。
ふわっと浮くような感覚。
安堵と、歓喜と。疲労もあったろうか。この数日間、長距離の移動に加え、各界著名人との顔合わせだパーティーだと引っ張り回され、落ち着く暇もなかったのだ…。
〝あなたに敬意を表します、名探偵〟
・・・・・。
この声は。
いつかの…〝彼〟のものだ。
私の耳朶を擽り…胸を震わせ。心地よく響く、麗しいテノール。
一対一で対峙した、満月の夜だった。
月を背にした〝彼〟は颯爽と白いマントを翻して私に言った。
〝あなたに敬意を表しましょう、我が愛しの名探偵殿〟
彼はそう言い、モノクルの飾りを揺らして微笑んだ。
私の最大にして最高の好敵手。巷を賑わす月下の紳士〝怪盗キッド〟。
私は君を知り、君に魅せられ、君と競いあい、君に惹かれ────君のことを慕っていたのだ。心の底から。
それを、君はどれだけ汲んでいてくれただろうか。
君が私と距離をおくようになったのは、君も私と同じくらい強い想いを抱いていたからこそではないのか…?
真に想い合えばこそ、近付きすぎてはいけないと────君は。
君は…。
「しっかりしたまえ、優作」
「…………あ…」
ホテルのベッドの上。
眩暈を起こして昏倒した私を、盗一が寝かせてくれたのだろう。薔薇の香りがしている。ほとんど時間は経ってないようだ。
私は起きあがろうとして盗一に肩を抑えられた。
「優作、無理をしてはいけない。やはりこんな時間に訪ねるべきではなかった。申し訳ないことをした」
優作と名を呼ばれ、夢うつつに思い浮かべていた盗一への想いが溢れ出そうになり、私は言葉を詰まらせた。
「そんなことはない。よく来てくれた。ありがとう」
ようやく絞り出した声は情け無いほどに掠れていた。盗一の瞳が潤むように揺れて見えたのは、私の願望だろうか。
「許してくれたまえ、優作。君に逢えるチャンスが今夜しかないと思ったら、どうしても来ずにはいられなかったのだ。君の顔を見て、君の声を聞いて、君に直接祝いの気持ちを伝えたかった」
「盗一…」
伸ばした私の手を、しかし盗一はそっと振り解いた。
「今夜はこのまま休みたまえ。わたしは失礼する。君の体調も考えず、夜分本当に失礼した」
「何を言う、私は大丈夫だ! もう少し君と話をしていたい」
「ふふ…我が儘はいけませんね、名探偵。明日も日程が詰まっているのでしょう? かく言うわたしも、早朝の便で渡欧しなくてはなりません。残念ですが…」
「…………」
私は解かれた手を握りしめることしか出来なかった。盗一もまた遠く旅立つのだ。僅かな時間を縫い、私のためにL.A.まで足を運んでくれたのかと思うと、これ以上無理は言えなかった。
「ではご機嫌よう、名探偵。君がよく眠れるよう、魔法を掛けて差し上げよう」
「えっ…」
ベッドサイドに立った盗一は、姿勢を正すと指を揃え、右手をスッと振り上げた。
「アデュー、名探偵。またどこかでお逢いしましょう。その時はどうぞお手柔らかに!」
ポン!と音が響くと同時に煙幕が張られる。ベッドサイドに置かれた薔薇の花束の香りが強くなった。
ふっ…と、唇を温かなものが掠めた気がした。温かな、彼の、気配が────
「盗一……!」
すうと気が遠くなる。
すぐに私は意識を失った。
次に目覚めたのは、朝陽の射す夜明けだった。私はどうやら盗一の魔法に掛かって、ぐっすりと眠ってしまったようだ。
盗一と逢った記憶はまるで夢の中の出来事に思えたが、真紅の〝乾杯〟は包みを解かれ、きちんとテーブルの花瓶に活けてあった。
私はベッドから抜け出て伸びをした。
不思議なほどすっきりと目覚めている。深く眠れたおかげだろう。
シャワーを浴びて着替えよう。今日一日予定を終えれば、明日の午後には帰国できる。
自宅で待つ妻とまだ幼い息子の顔を思い浮かべ、自然と笑みがこぼれた。
こんな穏やかな気分は久し振りだった。我ながら気付かぬうちに様々なプレッシャーに心身とも消耗していたのかもしれない。
何か、新しいアイデアが浮かびそうな予感がした。ワクワクするような、ナイトバロン次回作のエピソードが。
私は心の中で盗一に返事をした。彼が私に掛けた〝乾杯〟というマジックへの。
ああ。また逢おう、盗一。
愛しの君。
怪盗キッドよ────。
20140406
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※お…お粗末様です。一人称、優作さんは『私』、盗一さんは『わたし』としています。そして浮気じゃないっ…けどやっぱり盗一さんと優作さんの心は強く結ばれてる!という願望なお話でした~(*_*;
●拍手御礼!
「春花」「頭痛」へ、拍手ありがとうございました(^^)/
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