消された言葉(中森×キッド)
カテゴリ★デジャヴ
※中森警部視点に初チャレンジ(@@)。
※場面設定、例によって曖昧です。ご了承下さい(汗)。
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「こんばんは…中森警部。今宵の月はとても美しい。ご覧になりましたか?」
「ふん、ワシの目には貴様しか映っとらん。降りてこんか、怪盗キッド!!」
「おやおや…。いきなり熱い告白とは嬉しい限りです、警部」
「戯けた事をぬかすなっ」
月は後ろにあって見えない。確か満月のはずだ。今回の予告状にあった─────〝移ろう光が充つる夜〟。
歳若いキッドが口元を綻ばせるのを見て、もう一度背後を確かめる。
屋上には誰もいない。
ぞくっと鳥肌が立つ。キッドと二人きりだ。
部下達は眠らされ、あるいは別の場所に誘(おび)き出されて罠に落ちた。何かと首を突っ込んでくる高校生探偵たちも、今夜は参戦していない。
「投降しろ、キッド。応援のヘリがすぐに来る。言うことを聞かんのなら発砲も辞さん。本気だぞ」
黒い夜空と煌めく街の灯を背景に白いマントを風に靡かせる怪盗。まっすぐ銃身を伸ばした。
狙うなら脚かマントだ。
「ふふ。中森警部はいつでも本気ではありませんか…」
「今夜は特に本気だぞ!!」
一拍おいて、またくすくすと怪盗が笑った。チッと舌打ちをする。もう少し気の利いた台詞が出てこんものかと自分でも思う。
こんな脅しが効かないことは分かっている。撃つ素振りを見せれば、キッドはすぐさま飛び立つつもりでいるのだろう。
だが、そうはさせない。
少しずつ間を詰める。
一歩。二歩。…三歩。
怪盗がポケットに両手を入れたまま小首を傾げる。ゆらゆらとモノクルの紐飾りが揺れた。
「………………?」
頭の中で何かが弾ける。
揺れるクローバー。
古い記憶が甦った。
前にも……確かこんな場面があった。キッドを見上げながらゆっくりと歩み寄り……その姿に震える手を伸ばした事が。
あれは。
あれは、いつだったか。
〝あの時〟。
微笑んだ怪盗の口元には、昔読んだ小説の挿し絵と同じ気障な口髭があった。
だが…この若いキッドは髭を蓄えてはいない。
〝どうかしましたか、中森警部〟
・・・・・?
どっちの声だ…?
眩暈に襲われる。
いまのは、あの時のキッドの声か? キッドを追うようになって間もなかった、あの時の?
それとも、いま目の前で微笑んでいる〝この〟キッドの声なのか……?
「─────私は、中森警部にだけは…絶対に捕まるわけにいかないのです」
「なに?」
「中森警部に捕まるのなら、その前に死を選ぶでしょう」
「死ぬだと…?!」
「ですが、ご安心下さい。私は警部には捕まりません」
「何をぐだぐだ言っとるんだっ」
「さきほど警部にいただいた告白への、精一杯の返答のつもりですが」
「貴様の言っとることはワケがわからん。下に降りるんだっ」
ふわと軽く浮いたキッドが屋上にストンと降り立つ。もうほんの僅かの距離だ。
だが。
ここにいるのは〝あの〟キッドではない。かつて私が血眼になって追った、あの頃の怪盗キッドではない…!
「キッド…、貴様は何者だ?」
「怪盗です」
「そうではない! 18年前パリに現れ、各国の警察を手玉に取って…その後日本に現れた、あの怪盗キッドはどこに行ったんだ! 貴様はあのキッドではない。おまえは誰だ!キッドはどこに行ったんだ!!」
─────ひゅうう。
叫びは風が浚っていった。
静かに佇む怪盗が、視線を上げる。モノクルが光った。月が映っている。輝く満月が。
構えた銃が重くなる。呼吸が乱れ、手が震える。両手で持ち直した。
照準の先にあるキッドの表情は、それでも全く変わらない。ポーカーフェイスのままの涼しげな微笑み。
「……ですから警部には、やはり捕まるわけに参りません」
「なぜ、だ」
「私が背負う一番深い罪が…中森警部……あなたへの」
〝裏切り〟だからです。
「な…に……?」
よく聞こえなかった。自分の吐く息が荒くて。鼓動が内から鼓膜を打って、聞こえない。キッドは目の前にいるというのに!
すっと怪盗の右手が動いた。照準の前に輝くジュエルが投げ出される。思わず片手を銃から離して受け取った。
「キッド!!」
「私はやがて消えます。永遠に」
「消える、だと?」
こくりと頷いた怪盗は、マントを掴んで身に巻き付けた。
「私が消えるその時…〝怪盗〟は今度こそ永遠の幻となるのです」
マントが翻る。
煙と共に数羽の白鳩が羽ばたき、夜空に舞い散った。
キッドは消えた。あとには呆然と銃を構える自分だけが残されていた。
ヘリの爆音に気が付き、やっと拳銃を下ろした。
いつの間にか汗か涙か分からぬもので顔中が濡れている。手のひらで拭った。
やがて消えるだと?
永遠の…幻になる、だと?
そんな事は許さない…!!
怪盗キッド。おまえを。
おまえを…。
〝ア…、……、……、テ……、ル…… 〟
浮かびかけた言葉を、懸命にかき消した。
たった五文字の言葉を消し去ることが、こんなに難しいとは思わなかった。
20130410
[10回]