後の先(ごのせん)《2/2》
カテゴリ★17歳
※平次くん視点より
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黒いヘルメットのバイク。
顔は判らん。だがピンときた。
速度を上げて走り去るGSX250Rを、おれは全速で追いかけ始めた。
ところが、や。
(なんや、詰まらんのォ)
派手なバイクチェイスになるんかと思いきや、ぶっ飛ばしたのは最初だけやった。
急減速した黒羽は、交通量の多い幹線道路をアッサリ降りたのだ。
黒羽が減速した同じ場所を通り過ぎると、案の定、脇道に取り締まりの白バイが潜んどった。
(そら交通違反なんぞで身元確認されたかないやろナ)
走る黒羽の背に〝迷い〟がある。
何に迷っているのか。
このチェイスにか。それとも…。
(ン?)
黒羽がウィンカーを出す。
コンビニのパーキングへ入った。
バイクを停めてヘルメットを脱いだ黒羽は、隣に停車したおれを振り向き、開口一番文句を言った。
「なんで追っかけてくんだよ!」
「かっかっか。おまえが逃げるからやろが」
「逃げてねえ!」
「おれ見てスピードあげよったやないかい」
「たまたまだよ」
「ほ~う?」
「バイク」
「あん?」
「服部はいつから乗ってるの」
「免許取れる歳になって直ぐや。黒羽は」
「俺もそうだけど…ネコ避けて転んで壊しちゃってから、しばらく乗ってなかったんだ」
「ほ~う。なんの言い訳かいな」
「別に言い訳じゃないけど」
訊いとらんことを自分から話してきよる。
どうすべきか、迷っとる証拠や。
「ほなら行くで。あいつら待っとる。はよ行かんと痺れ切らしとる頃や」
「行かない」
「ドコに行かないって?」
「ズリィぞ、服部」
ヒヒヒとおれは笑った。
「しゃーない、ほんならもうひとっ走りしよか」
「えっ」
「ここからだと…あれやな、京浜抜けて横浜あたりまで、どうや」
「今から?」
「んじゃ〝アッチ〟行くかい」
「二択かよ」
「おれは横浜推しやで」
「変なやつ。白馬や工藤に頼まれてきたんじゃないのか」
「アホか。なんでおれがアイツらのお願いきいたらなあかんねん」
「あはは」
ドキリとする。
あはは、と笑った黒羽はハッとするほど可愛いかった。
あ──アカンアカン。
一瞬跳ね上がった心臓を抑え、おれは黒羽に合図し、再びバイクのキーを回した。
大黒埠頭で小休止し、ベイブリッジを渡る。
そのまま海岸線を走り、八景島をゴールにした。
八景島に着く頃には日が暮れ始めていたが、黒羽とのツーリングはまじで楽しくて走っとる間は探偵事務所の件は完全に頭から吹っ飛んでいた。
「おれ、他のバイクとツーリングって初めてだった」
並んで海を見下ろし、ぬるい海風に吹かれながら缶コーヒー片手に黒羽が呟く。
「へー。どうや、感想は」
「楽しかった」
「せやろ」
カカカと笑う。
「ひとりで走るんも自由でええが、仲間とツーリングゆうんもバイクの醍醐味や。一緒に走るんは互いの意志疎通が必要やし、自分勝手にいかんかわりに同じ景色を見たり、同時に風を感じたり…スピード合わせて仲間と走る感覚ってのは言い表せん高揚感がある」
「そうだな」
短く頷いた黒羽が、少し遠い目をして彼方を見つめる。
「───ナァ、黒羽」
「なんだよ」
「ここにおるんは、おれらと同じ高校生の黒羽快斗で、他の何者でもあらへんよな」
「…当たり前だろ」
「これまで通り、一緒にやろうや」
「なんだよ。結局頼まれてんじゃん」
「自惚れんな。誰からもおまえを連れ戻せなんぞ頼まれとらんし、頼まれたから言うてその通りにおれが動くかいな。おれは単純に、ホンマに、黒羽とこれからも一緒にいろいろオモロいこと見たり聞いたりやったり知ったりしたいと思うてるから言っとる」
「………」
「黒羽」
「!」
横顔にパンチを喰らわす真似をすると、黒羽は音もなく後ろに跳び退さった。
「──〝先の先(せんのせん)〟て分かるか」
「?」
「先手必勝、相手が動くより先に勝負を仕掛け、相手が対応しようとする前に打ち砕く」
「剣道の話?」
「何においてもや。〝後の先〟は?」
「ごのせん?」
「相手が動いた後に相手の先を制する。これも勝負の極意や」
「せんのせん、ならなんとなく解るけど」
「後の先は、そうやな、手っ取り早よう説明すんならボクシングのカウンターみたいなもんや」
「カウンターパンチ?」
「そうや。相手の繰り出す技をしのぎ、返して勝つ」
「そんなんうまくいくの」
「狙ってやれるかどうかはその時々でちゃうやろな。だが決まれば最高や。相手にとってのダメージもでかい」
「何で今そんな話すんの」
「ちょい、おれを殴ってみいや」
「なんで」
「おまえがモヤッとした顔に戻っとるからや」
「べつに」
「ほれ。おれを殴ってスッキリしてみい」
「俺が殴るの返してカウンターするつもりだろ」
「解っとるなら先の先、とってみいや。おれは後の先、狙うたる」
我ながら何でこんなことを言い出したのか解らんかった。
ただ〝何かを変える〟ために、おれなりに黒羽に仕掛けてみようと思ったのかもしれん。
そうすりゃ、黒羽を少しでも理解できるかもしれんと───。
夕陽が落ちる。
やる気になったか。
斜(はす)に立つ黒羽の〝気〟が変わった。
不意に総毛立つ。
海の音、風の音が止む。いや…聞こえなくなる。
黒羽の呼吸の音以外、なにも───。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「白馬、どうする。時間は大丈夫なのか」
「もう少し…ご迷惑でなければ。服部くんと連絡が取れるまでは、気になりますから」
探偵事務所の会合といっても、結局僕と工藤の二人だけでは何も手につかなかった。
服部がオートバイで飛び出してから、かれこれ5時間経つ。その間、何度メールしても、LINEしても、電話しても、一切連絡が付かない。
「腹、減っただろ」
「ああ…、そういえばそうですね」
工藤と僕の会話も上滑りして続かない。
「服部、どこまで行ったんだろう」
「そうですね…」
服部は黒羽を見付けられたのか。あてもなく向かったところで、そううまく黒羽と遭遇できるとは思えない。
諦めた方が良いのかもしれない。
このまま待っていても、おそらく何も得るものはないだろう。
黒羽は捕まらない。
もし黒羽を捕まえたとしても、彼は首を振り、僕たちの元から去っていってしまうのだ……。
───オオォン…。
「バイクの音だ!」
「服部くんでしょうか」
「二台だ。近づいてくる」
言いながら工藤が部屋を飛び出す。僕も続いた。
玄関を開けると、ちょうどグリーンのオフロードバイクとスポーツタイプの黒いバイクが並んで工藤邸の門の前に停車したところだった。
ダッシュした工藤が門を開ける。
入ってきた二台は敷地の端に停めるとそれぞれバイクを降り、ヘルメットを脱いだ。
二人に駆け寄った工藤が、何故か無言で固まっている。
追い付いた僕も、かけようとした言葉を思わず途中で飲み込んだ。
「お帰りなさい、二人とも。心配し……」
振り向いた服部の頬が変色してる。
門灯の明かりでも、その頬が腫れているのが判った。
「…ったく、どぉしてくれんねん黒羽! ヘルが当たってほっぺた痛うて堪らんかったやないか!」
「こっちだって! まぶた腫れて視界悪くてすげぇ怖かったんだぞ!」
「オノレが中途半端にパンチ繰り出すからやないかい!」
「最初からカウンターされるって分かってて思い切り殴れるかよ!」
「お~お~、そんな覚悟でヨォおれに掛かってこれたのお!」
訳が分からないが、とにかく慌てて工藤と言い合う二人の間に割って入った。
「黒羽」
工藤が黒羽の肩を叩く。
「遅刻にもほどがあるぜ」
「…てか、今日はパスするつもりだったから…」
語尾を濁す黒羽に、僕の横で服部が〝かっかっか〟と一笑する。
「次はきちんと集まるよなぁ、黒羽。約束やで」
「約束なんかしてねえよ」
ブツクサしつつ、黒羽は工藤に顔を洗わせてくれと言って二人一緒に邸内へ入っていった。
「…やれやれ。面倒焼けるでホンマ」
「服部くん」
僕は気付いたら服部を抱き締めていた。
「おわっ、なんや白馬」
「服部くん…よく黒羽を捕まえられましたね。いったいどんなマジックを使ったんですか」
「わーった、わーったから放せや白馬、苦しいちゅうねん」
僕が腕を放すと、服部はケホケホとむせりつつ軽くウィンクをした。
「まあ、うまいことバイクで黒羽に出くわしたのは、まだおれらに運があるゆうことや」
「殴り合ったのは、どうして」
「深く考えんとナリユキや。黒羽が戻るキッカケを欲しがってるような気がしてな」
───先のことは分からんがな。
そう呟いた服部の黒い瞳が微かに揺らいだことに、僕は気付いた。
しかし気付かない振りをし『僕らも中に入りましょうと』声をかけ、僕は服部に背を向けた。
この先、僕らの関係がどう築かれ、どう変化し、どう移ろってゆくのか分からない。
それでも今しかない〝17歳〟のこの瞬間(とき)を、僕は諦めるつもりはない。
未来へ続く〝現在(いま)〟を。
僕らの目指す先が、まだ見えなくても。
20191208
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※ちょっと展開に迷ったあげく、タイトル『後の先』がうまく生かせず…残念です(>_<)。新一と快斗くんの視点省略でモヤッと消化不良のままなので、このカテゴリはもう少し進展させたいと思います(..;)。
●拍手御礼
「黒の鎖」「別れの季節」「夕陽の教室」へ、拍手ありがとうございました(^-^)/
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