金色の絲《4/4》(スパイダー/白K)
カテゴリ☆呪縛
※2013.7.21 再アップ
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ボンと音が響き、煙幕がステージに立ち込める。怪盗キッドだ!
僕はスパイダーが視界を失っている間にステージへ飛び乗った。
「ほう…まだ立ち向かう気か、怪盗キッド。我が腕の中で震えていた従順な獲物よ」
煙の中から姿を現したキッドは嘲笑するスパイダーの言葉を黙って受け止め、一歩二歩と歩み寄ってくる。ポーカーフェイスに乱れは見えない。
「私の悪夢に求める者の姿を見出していたのだろう? 待っていれば続きを施してやるぞ」
低く哄うスパイダーの言葉に穏やかではいられない自分を意識しながら、僕はスパイダーの左後方へ回り込んだ。
スパイダーの注意はキッドに向けられている。僕の存在を忘れているわけではないだろうが、とるに足らぬ相手と高を括っているのだろう。
スパイダーが動いた。懐から取り出した金色の絲を指揮棒のように颯爽と振るう。
絲の束は鋭い鞭となってステージを這い、キッドの足元へ生き物のように突進した。
キッドがトランプ銃を放つ。射出されたワイヤーが巨大な蜘蛛のセットに巻き付き、キッドはギリギリで鞭を交わして飛び上がった。
「足掻くな、キッド。私の毒に冒された体で何が出来る」
「スパイダー!!」
僕は大声で叫んだ。キッドを追って再び鞭を振るおうとするスパイダーに、手にしたボールを力いっぱい投げつける。
バン!
腕でボールを弾いたスパイダーがその重さによろめいた。僕を見るスパイダーの形相が鬼に変わる。
「死ね!」
スパイダーがなぐように左手を横に払った。細かな煌めきが音もなく僕に迫る。
咄嗟に伏せた。毒針が僕の頭の上を掠めて通り過ぎる。
第二波を放たれる前に転がりながら跳ね起き、僕はボールを拾って再びスパイダーに向かい叩きつけた。
「愚か者め」
スパイダーが軽く跳ぶ。
どんな仕掛けか、スパイダーの体はあっという間に数メートルの高さまで浮き上がった。
「!!」
ハッと気付いた時には僕の目の前に金色の鞭が迫っていた。
避けきれず衝撃に弾き飛ばされ、僕はステージの袖まで転がった。
〝私はこちらです、スパイダー!!〟
怪盗キッドの声がステージに響き渡る。
(…ううっ)
僕は呻いて懸命に体を起こそうとした。どこを打たれたのか、頭も体もじいんと痺れて判らない。
「………」
ステージ下にボールが落ちているのが見える。
暗がりに身を潜ませ、僕は客席に滑り降りた。そっとボールに手を伸ばす。
ステージを見上げた。
スパイダーと向かい合うキッドの姿も浮かんでいるかのようだ。
対峙する二人を見守る観客は、僕一人だった。
「怪盗キッドよ、ここは私のステージだ。おまえが望めばいくらでも夢を見せてやることが出来る。次はどんな夢が望みだ?」
「哀れな方だ…あなたは。スパイダー」
「なに?」
「人を〝夢〟へ誘うと詠いながら、現実から逃れているのはあなた自身なのでしょう」
「何を言っている。私だけが現実を知っている。〝悪夢〟こそが隠れた人の姿を炙り出すのだ。本人さえ気付いてない、愚かな真の姿をな」
「あなた自身はどうなのです? スパイダー。真に人を愛したことが、あなたにありますか」
「ふ…、何を訊く。くだらぬ」
「真に人から愛されたことはあるのですか。……ないでしょうね。人を愛する真似事すら、幻影の中でしか出来ない」
「なんだと」
キッドの言葉にスパイダーが激昂する。金髪が逆立つかのように揺れた。
「私の作り出す悪夢は芸術だ。究極のエンターテイメントだ! 虜となった者が評するなど、笑わせるな!!」
「人の心を弄ぶ…それがあなたの言う芸術ですか」
「私のイリュージョンを貶(けな)すつもりか。マジシャン如きが…!」
「虚しいだけです、スパイダー。確かにあなたは稀有な技量を持つイリュージョニストだ。しかしその技を殺人に利用するようになった時から、エンターティナーを名乗る資格はとうに失われているのです」
スパイダーを見詰めるキッドの表情はあくまで静かだ。しかしキッドの言葉はスパイダーが仮面に隠していた急所を間違いなく衝いていた。
「黙れっ、死に損ないめ!」
スパイダーが両手を大きく払う。煌めく何本もの細い針が空を裂き、キッドに突き刺さる。
「あっ?!」
スパイダーが目を見張った。針はキッドを素通りし、薄く煙幕が棚引くステージの袖へと消えていった。
僕は大きく振りかぶってボールを投げた。直接スパイダーを狙うのではなく、聳(そび)える廃墟のセットへと。
バァン、バァン、と大きくバウンドするボールが冷静を欠いたスパイダーの気を散らせる役に立った。
振り向いたスパイダーの顔面に、ステージに駆け上がった勢いのまま僕は渾身の右ストレートを打ち込んだ。
ほぼ同時にキッドの撃った麻酔針がスパイダーの喉に突き刺さっていたようだ。
スパイダーはもんどり打つようにステージに転がった。
落ちていた黒いマスクにスパイダーが手を伸ばす。その手が、ガクリと落ちた。
そしてスパイダーはついに動かなくなった。
キッドは会話をしながらスパイダーに〝マジック〟を仕掛けていたのだ。スパイダーと対していたのはステージの仕掛けを利用したキッドの〝幻〟だった。スパイダーは最後は自らの罠に自らが嵌まる結果となったのだ。
千切れたセットの金色の絲が、一筋スパイダーの上に垂れ落ちていた。
「キッド、ここにいたのか」
ステージ裏で力尽きたように膝を着いているキッドを見つけ、僕は駆け寄った。
「しっかりしたまえ」
「スパイダーは…?」
「君が撃った麻酔で眠っている。手錠で繋いでおいた」
「ありがとう…白馬探偵。スパイダーを倒すことが出来たのは、あなたのおかげです」
「僕はたいした事はしていない。君を守れたとは…残念だが言い難い」
「いいえ、そんなことはありません。あのままだったら私は殺されていた」
「しかし…」
キッドが負った疵を思うと、僕は自分を責めないわけにはいかなかった。
「……あと数分で警察が到着する。とにかくこれでスパイダーをインターポールへ引き渡すことが出来る」
キッドが顔を持ち上げ、僕を見て微笑んだ。ずきりと痛むほどにキッドの眼差しに胸を射抜かれる。
「キッド、頬が…」
スパイダーにやられたのか、頬が赤く腫れているのに気付いて僕は手を伸ばした。だが、キッドは白い手袋の指先でやんわりとそれを遮った。
「白馬探偵こそ、怪我は?」
「なんともないさ。このくらい」
キッドの目が見られない。僕はどうやら本当にキッドに心を盗まれたようだ。
「それにしても…なぜバスケットボールだったのですか、白馬探偵」
「それは」
僕は思わず赤面した。
考えがあっての事ではない。黒羽の姿が消えている事に愕然とし、部屋を飛び出す前に何かないかと見渡して、たまたま目に付いたのだ。
スパイダーの注意を分散させ、キッドの目を覚ますことが出来るなら、なんでもよかった。
黒羽との共通の記憶である〝スリーオン〟が、バスケットボールを手にした僕の心の根にあったのも確かだろう。
さらに言うなら家には父が保有する猟銃も、フェンシングの剣もあった。しかしそんなものを持ち出したら、抑えが利かなくなるに決まっていた。
キッドを罠に掛け愚弄し貪るスパイダーを前にして冷静でいられるはずがないのだから。
「君が言ってくれたんですよ。僕に〝咎〟を負うような真似はするなと」
立ち上がろうとしてふらついたキッドを、僕は支えた。キッドがすっと顔を逸らす。
「当たり前です。あなたは正義を担う探偵だ。私やスパイダーのように闇に身を窶(やつ)してはなりません」
僕はキッドをそのまま胸に抱いた。
愛おしかった。はっきり、その想いを意識した。
放したくない。君を─────。
フォン、フォン、というパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。警察が到着したのだ。
抱き締めていたキッドのマントがふわりと膨らんだ。
驚いて手を離すと、ぽん!と音が弾け、キッドは煙幕の中に消えた。
僕は呼んだ。ただ一言、彼の名を。
「キッド!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天幕の上に隠れ、俺は息を吐いた。
まだクラクラしていた。スパイダーに盛られた〝薬〟の効果が完全に抜けていない。体も疼いた。
〝あのままだったら〟。
俺の言葉を、白馬はどう受け取っただろう。
白馬の自宅へ連れて行かれ、そばに張り付かれて。しかしそのおかげで半日近く休むことが出来た。体力が回復していたから殺されずに済んだんだ。
もし赤い光の呪縛に囚われて病んだままでいたら、とても保たなかっただろう。
しかし、白馬に礼を言えるのはキッドだけだ。黒羽快斗はスパイダーとの対決とは無関係なんだ。
それを間違えちゃいけない。
白馬にこれ以上近付いてはいけないのだ。
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「快斗、ニュース見た? ほら、前に観に行ったイリュージョンのギュンター・フォンなんとか、急病で2日残して公演中止だったんだって!」
席に着いたと思ったら青子にバンバン肩を叩かれた。
「痛てぇな。興味ねえよ」
あれから土日を挟んで週明けの朝。
久しぶりに何もせず二日間爆睡し、俺は元気を取り戻していた。それでも月曜の朝が眠いのに変わりはないけれど。
「病気じゃしかたないけどね~。行く予定だった人たち、気の毒だねー」
急病、か。
警察は裏で手を打ったのだろう。それなりの見返りをインターポールに求めて。スパイダーはインターポールに移送されてから本格的な取り調べを受けるはずだ。一筋縄ではいかないだろうが。
「おはようございます」
「おはよー、白馬くん。あれ? 包帯。右手どうしたの」
「うっかりドアに挟んでしまって。腫れはだいぶ引いたんですが」
「うふふ、白馬くんでもそんなドジするんだ」
「案外トロいんだな」
何気に会話に加わると、青子がバッと俺を振り向いた。
「快斗~!どしたの? 逃げないで普通に白馬くんに話しかけるなんて」
「べつに」
青子のヤツ、妙なとこで聡くて困る。俺は席を立って廊下に出た。
「黒羽くん、もう先生が来ますよ」
やっぱり追ってきたか。俺は屋上の柵を背にして振り向いた。
「白馬…おまえ、あのイリュージョニストに用があって日本に来たんだろ」
「そうです。話しましたっけ」
「……だったら、もう用は済んだろ。早くイギリスに帰れよ。うざくてしょうがねえ」
「申し訳ないですが、僕は当分江古田高校に通いますよ。信頼を得たい〝友人〟がいるのでね。それから」
白馬は俺をじいっと見詰め、やがてふっと微笑んだ。
あたたかい瞳の色に、なぜだかホッとする自分がいる。
「どうしても捕まえなければならない新たな宿敵が現れたんです。僕はこの手で彼を捕まえたい。どうしても。なにがあっても」
やだねぇ、その〝宿敵〟とやらが気の毒だよ。
俺はそう言って空を振り仰いだ。
青空には白い三日月がまだ浮かんでいて、陽の光と共に俺たちを静かに見下ろしていた。
・・・・エピローグ・・・・
「紅子ちゃん、何してるの?」
「占いよ」
「ええ? 何の何の? もしかして恋占い?」
「そのようなものね」
「わあ、誰と誰の? 紅子ちゃんの好きな人?!」
「白い騎士と白き罪人」
なに…? しろ…しろ…? と首を傾げる青の少女の前に、私は引いたカードを一枚置いた。
青の少女が〝素敵だね、うまくいきそうだね〟と笑う。私は少々複雑な想いを隠しながら頷いた。
現れたのは仲睦まじく抱きあう〝恋人〟のカード。出逢ってしまった〝運命の相手〟。
二人のこの先は、もう占うまい。
その必要はどうやらなさそうだから。
20130626
20130721(加筆修正)
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《あとがき》うがー!時間ばかりかかって思うように描写出来ず…(+_+)。スパイダーとの最後の対決では、なんならスパイダーと白馬くんのキッド様争奪フェンシング対決!とかも考えたんですが、描写しきれるか謎なのであえなくボツとなりました(汗)。ああでも白馬くんフェンシング似合いそう…そんな白馬くんもいつか書きたいです!という新たな目標をたてて「カテゴリ☆呪縛」の締めとします…。お付き合い下さいまして、ありがとうございましたー!
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