放課後4《2/3》(白馬×快斗)
※後半は快斗くん視点にて。
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どうしたって、素直に認めるわけにはいかなかった。
白馬探。
あいつに向かいつつある自分の気持ちを。
〝向かいつつある〟ってのも、かなり控え目に誤魔化した表現だけど。
自分のベッドにバタリと倒れ込んで目をつぶる。すると、どうしても甦ってしまう。
俺を被う白馬の吐息。頬を包む指先の優しさ……。
強く抱き締められ、甘い囁きを聴き、その温もりに安堵を覚えて────柔らかな白馬のキスを受けた時から、俺は今度こそ後戻りの利かない想いに囚われてしまった。
そして、その翌日から放課後になると示し合わせたように屋上に姿を見せるようになった白馬と、ただ肩を並べ日が暮れるまで一時間二時間と時を過ごした。
なにも話さなくても、どこか切ない想いに浸って共に過ごす時間はこれまでに感じたことがないほど温かく満たされたものだった。
だが、このままこうしていたいと願う気持ちが強くなるにつれ、相反するようにそれを打ち消す気持ちも強くなっていった。
自嘲する気はないけど、なんといっても相手は警視総監の御曹子だ。
〝そんなことが許されるわけがない〟。
白馬が自分に向ける想いが嘘ではないと解れば解るだけ身動きがとれなくなってゆくようで。
俺は……どうしようもなくなって。
そして結局、逃げ出すことにした。
白馬の想いからも。自分の気持ちからも。
逃げるのは得意だ。
そう自分に言い聞かせて。
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「ちぇっ。明るくなるまで待つしかないか……」
声を出して独り言を言ってしまった。情けなくて自己嫌悪だ。
黒羽快斗に戻った俺は、杜の中に小さな用具倉庫を見つけ、簡単な錠を解いて中に潜んで座り込んだ。
…危なかった。
狙撃された事ではなく、高圧電線。
翼を引っ掛けた鉄塔のすぐ側には高圧電線もあったのだ。下手したら怪盗の丸焼きが一丁出来上がるところだった。洒落にはとてもならない。
夜が明ければ、早朝ジョギングの人々に紛れこの杜から抜け出せる。
ため息を一つついて、座り込んだまま小屋の壁に寄りかかった。今夜の首尾を頭の中でおさらいする────。
不要なジュエルを元に戻し、予定どおりに脱出。
目的の物でなかったからといって、いちいちヘコんではいない。チャンスを逃さず可能性を潰していけばそれだけ本物に近付く。そう思っていた。
警察も深追いしては来なかった。
ジュエルさえ盗まれなければ、最低限の面目は保てる。まぁ、中には〝怪盗キッド〟を目の敵にするしつこい警部もいるけど……とにかく今夜は振り切った。
そして俺は夜空を飛び、黒羽快斗に戻れる場所へ向かった。
都会の杜を真下に見ながら旋回する。
……そう。ここまではよかったんだ。
油断したつもりはなかった。
小高い木々の上に差し掛かったところで、突然サーチライトが煌めいた。照らし出されるまで、自分が追われていることに俺は全く気付いていなかった。
〝怪盗キッド〟の排除を目論む組織の者たちか。あるいは〝怪盗キッド〟の正体を暴こうと付け狙うパパラッチたちか。困ったことに、どちらも同じくらいタチが悪い。
体を傾け急旋回する俺の脇を鋭い風音が通過した。サイレンサーによる狙撃。
つまり────今夜の難敵はパパラッチではなく、ヤバい組織の方だった。
そして、あろうことか俺は鉄塔に怪盗のシンボルである白い翼を引っかけてしまったのだ。
高度が足りなかった。降りようとしていたのだから当然予測出来たはずなのに。
そして俺は、墜落した。
「………」
どこまでも冴えない夜。
目を閉じて意識を澄ますと、小屋に近付く複数の気配に気付いた。
少なくとも二人。
正面の扉の外に1人と────小屋の裏側にもう1人。
ちえっ、こんなにシツこいとは。
1人ならなんとかなるが、2人はマズい。
キッドの姿に戻るべきか。それとも。
迷ううちに〝ブシュ〟というこもった射出音と金属が弾かれる音が伝わってきた。鍵穴がサイレンサーで壊されたのだ。
小屋の一番奥に身を潜め、気配を消して入り口を見つめた。
キイイと嫌な音をたてて扉が開く。
閃光弾はあるが不用意に使えば正体を明かすことになりかねない。
相手は二人、もしかしたらもっといるかもしれないのだ。
出口は一カ所…。
どうする。どうする────。
げっ、とヘンな声がして、どさりと人が倒れ込む音がした。
(あれ……?)
「黒羽くん!」
「…は?」
名を呼ばれ、硬直する。
「早く! 今のうちにここを離れましょう」
な、なんで。……どうして?!!
二つの気配のうち、一つは今倒れ込んだサイレンサーの男。
そしてもう一つの気配は。
まさかの、白馬探だったのだ。
放課後4《3/3》へつづく
[8回]