指の隙間の月光《2/2》(白馬×快斗)
カテゴリ☆硝子の欠片
※冒頭は快斗くん視点→白馬視点へ。
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白馬ん家までもう少し。
歩速を緩めて呼吸を整えつつ、会ったら白馬になんて言おう──とか頭ん中でグルグル考えてたら。
路地の角からひょこっと顔を出した上品な身形のお婆ちゃんと目が合った。
「あっ」
白馬んとこのばあやさん。
俺が気付くのと同時に、ばあやさんも俺を見て『ああ』と声を出した。
もの問いたげに俺に向かって近づいてきたばあやさんの様子が、どこか険しい。
「あの」
「坊ちゃまの学校のお友達でしょうか?!」
「え…、あ、はい」
制服でわかったのか。かなり前のめりだ。白馬が帰宅してないのだとピンときた。
「俺、クラスメートの黒羽っていいます。白馬くんまだなんですか?」
「そうなんでございます。電話しても〝電源が入っていない〟と…。どうしたんでございましょう。もし下校途中どこかに立ち寄るなら、必ず連絡くださるはずなんですが」
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陽が暮れてしまった。
雲と空のグラデーションがとても美しい夕焼けだった──。
などと呑気に心の中で感想を述べながら、内ポケットの懐中時計で時刻を確認する。
明日の朝、屋上の出入口の鍵が開くのは何時だろう?
通常屋上の鍵の管理がどうなっているのか分からない。夜はセキュリティーがかかり勝手に校内に出入りは出来ないはずだ。
今ならまだ帰宅するタイミングの先生を見つけて大声を出せば気付いてもらえるだろう。
だが。
そこまで必死に助かりたくもない。
一晩屋上にいたからといって生命の危険はない。
幸い厳しく冷え込む季節でもなく、日中は陽当たりが良かったので今はまだぽかぽか暖かいくらいだ。
ヒュウっと風に吹かれて軽く肩を竦めた。
面倒だ。
どうということはない。
ポケットに入れていたはずのスマホはいつの間にか無くなっていたが(ここに連れ出されたときに少々もみ合ったから、その時抜き取られたのだろう)、手元にあったとしても助けを呼ぶ気にはならない。
頭を冷やす良い機会だ。
開き直り、僕は屋上のコンクリートの上に座り込んで出入口の横壁に寄りかかった。
僕は意地を張っているのだろうか。
誰に対して?
あの上級生たちに? 違う。
黒羽に? それも違う。
おそらく……自分自身に、だ。
僕は自分が〝お坊ちゃん〟と言われる事に、思った以上にコンプレックスを持っていたのだ。
ふと夜空を仰ぐと、驚くほど丸く明るい月が東の空に昇っていた。
肌寒さも気にならない。
立ち上がろうとしたが、くらくらして直ぐに立ち上がれない。
手を着き、壁に縋って漸く体を起こした。
コンクリートと同化してしまったように固まった身体が軋んでいる。
「──綺麗だ」
まだ幾分赤みがかっていた月が、昇るにつれ光度をどんどん増してゆく。
僕は月が高く昇るのをただただ眺め、見つめていた。
輝く満月は本当に素晴らしかった。
誰かにこの美しさを伝えたくなるほどに。
街並みの灯りが屋上からよく見える。都心の高層ビル群の煌めくような灯の漣(さざなみ)も眺めることが出来た。
街を彩る明かりと、その街に降り注ぐ満月の蒼い光彩。
ああ、僕はやはり幻想的な月の明かりが好きなのだなあ──とぼんやり考える。
強張った指を伸ばして満月に翳すと、指の隙間から洩れる月明かりがさらに際立って見えた。
「…?」
翳した指の隙間を何かが横切った。
横一文字に動いた影に目を凝らす。
まさかと思いながら胸が大きく高鳴るのを覚えた。
やがて空を切るその影は徐々に大きくなり、真っ直ぐ此方へ向かってくるのがハッキリと分かってきた。
それが〝誰〟であるかは判ったが、理解が付いて来ない。
───何故、今頃怪盗が空を飛んでいるのだろう?
滑空してくる白い翼は目視できるまで近くなった。
近付いたと思ったら、あっという間だった。
白い翼は一度僕の頭上を行き過ぎると学校の周囲を旋回し、再び僕がいる屋上へと向きを変えた。
ふわり───としか形容できない、柔らかな着地だった。
白い翼はマントとなり、あくまでも優雅に、あくまでも繊細に、片膝を着いた怪盗の背に添い音もなく舞い落ちた。
スッと背を伸ばした怪盗の姿が朧に白く滲んで見える。
風にマントを靡かせ、軽い歩みで僕へ近寄ってくる怪盗。その表情を捉えようとするが、モノクルとシルクハットの陰になり確かめることが出来ない。
───何故ここに? 怪盗キッド。
問おうとして、気が付いた。
朧に見えたのは煙幕のせいだ…。
それも、睡眠作用のある煙幕。
怪盗に手を伸ばし、一歩踏み出すのがやっとだった。
崩れ落ちる僕を怪盗が抱き止めてくれた。
そしてゆっくりと僕を横たえる…。
僕を見下ろす怪盗の口元が動いている。
何か僕に話しかけているようだ。
聞き取りたいのに、聞こえない…。
僕は目を閉じた。
手袋をした怪盗の手が、僕の髪に触れた気がした──。
・・・・・・・・・・・・・・
不思議とスッキリ目が覚めた。
昨夜の出来事は確かに現実だった筈なのに、現実感はやはりないままだ。
怪盗に眠らされた後、そう時間をおかずに僕は目覚めた。
屋上の扉は開いていた。
スマホも扉のすぐ内側に落ちていた。スマホの電源を入れ、ばあやに心配要らない旨連絡し、僕は階段を下りた。
残っていた先生がまだいたので、僕は難なく学校を出ることができた。屋上に閉め出されていたのは四時間ほどの事だったのだ。
ふわふわ、変な気分が今もまだ続いている。
登校するために駅へ歩きながら、僕はずっとぼんやり怪盗の姿を思い浮かべていた。
あの白い怪盗と、僕が知る黒羽快斗は、本当に同一人物なのだろうか。
今さら、そんな事を考えながら…。
「おは!」
「黒羽くん…?? どうして此処に!」
「電車来るぜ。早く」
駅のホームの階段の上に黒羽がいた。
僕と会うとさっと踵を返し、入ってきた電車へ向かう。
しばし呆気にとられた後、僕も慌てて黒羽を追いかけ、開いた電車の扉の中に駆け込んだ。
「おはようございます。どうしたんですか」
「んだよ。一緒に登校しよって、迎えに来たんだよ。ワリイか」
「いいえ。嬉しいですが」
頭が全く働かない。
昨夜の睡眠作用のある煙幕の影響が抜けてないのだろうか?
黒羽は僕と少し間を空けて横に立ち、真っ直ぐ走る電車の窓の外を見ている。
後方の話し声に気付いてちらと振り返ると、江古田高校の女子生徒が数人乗っていて僕らを見て何か言ってるようだ。
「昨日は──ありがとうごさいました。ばあやに聞いて助けに来てくれたんですね」
「知らね。何のことだよ」
「ばあやが僕を訪ねに来た生徒がいたと」
「あー…まあ、謝りに行ったんだけど。テメーまだ帰宅してないって言うから速攻帰ったよ」
「僕に謝りに?」
「あー、まあな」
窓の方を向いたまま少し目を伏せた黒羽が頭をかく。
「その…わるかったよ、その…ゴメン。いろいろ」
「昨夜も、もしかして謝ってくれたんですか。僕に」
「昨夜ってなんだよ。知らねーよ」
強情なのは変わらない。しかし横顔は笑っていた。
「明日さ、映画でも行かね?」
「デートに誘ってくれてるんですか」
「デートとか言うな」
「じゃあなんて言えば」
「映画に行く、で良いんだよ!」
こっちを向いた黒羽とやっとちゃんと目が合った。
と、突然ガクンと電車が揺れた。
吊革を持ってなかった黒羽が〝わっ〟と言って倒れ込んできたのを、僕は咄嗟に抱き止めた。
───キャアアア…(ハァト)♪
女生徒たちの歓声(?)があがる。
すぐに手を払い退けると思ったが、黒羽はポーカーフェイスを保ったまま〝サンキュ〟と僕に礼を言い、そのまま僕にくっ付くように隣に並んで吊革を握った。
「そんじゃ昼休みに屋上で明日の相談すっからな!」
「わかりました」
「観たい映画考えとけよ」
「わかりました」
「俺が観たいのと違ったらジャンケンだぞ」
「わかりました」
黒羽とまた目が合う。
今度は互いに笑い合った。
少しばかり(また屋上か…)と内心思ったことは伏せておこう。
黒羽が怪盗であるかどうか、江古田高校同級生である今の僕らにとっては関係がない。
僕はこのとき、本当にそう思ったのだ。
20180405
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※屋上に長く放置したままで白馬くんに申し訳なかったです(汗)。描写不足・説明不足は次回回収予定…っていつ(>_<)??
とりあえずハッピーエンドぽくしたつもりなんですが、やっぱり煮え切らないので、いずれきちんと成就させたいと思います~(^-^;
●拍手御礼
「返り討ち」「モノクルの肖像」「拘束LOVE」、カテゴリ★交錯 へ 拍手ありがとうございました(^_^)ノ
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