硝子の欠片3《1/3》(白馬×快斗)
※白馬くん視点から
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夕暮れの街を風が吹き抜けてゆく。
足元を掠めた一枚の落葉が舞い上がり、幹線道路の車列に紛れて何処かへと失せていった。
僕は数時間前のことを幾度も幾度も思い浮かべながら街を歩いていた。
抱き締めた黒羽の肩の細さを。
直に感じた、黒羽の弾む息吹を…。
黒羽が去った後も屋上から動けないでいたのだが、日暮れ時になり漸く自分も帰らなければと思い至った。
校庭を通ると、部活動の後片付けをしている生徒たちの何人かに声をかけられた。
───頑張れ白馬。難しいと思うけど。
───犬猿の仲だと思ってたのになぁ。
───上級生も快斗を狙ってんだぜ。気をつけろよ。
───白馬くん、ショック受けてる子もいるけど私たち応援してるから!
誰に頷くでもなく、僕は会釈をして同学年の生徒達の脇を通り過ぎた。
門の近くにいた上級生と思しき二人からは嘲笑と共に背後から『いい気になんなよ、お坊ちゃん』と吐き捨てられた。
校庭に運動部の生徒たちがいることは、もちろん分かっていた。
しかし、誰がいたとしても何ら僕を押し止める理由にはならなかった。僕には黒羽の姿しか見えていなかったのだから。
さっきまで腕の中に在った黒羽が背を向け小さくなってゆく光景は、僕に驚くほどの激情をもたらした。
僕は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
江古田高校(ここ)へ転校してまだ間もない頃…ふとした瞬間に、僕は黒羽の眼差しに胸を射抜かれた。
そして僕は彼の一挙手一投足から目を離せなくなったのだ。
怪盗の正体が彼だと気付くより前から。
僕の心は、とうに彼に盗まれていたのだ。
・・・・ ・・・・ ・・・・
「ッ、テテ」
バスタオルで体を拭き腰を捻ったら、傷口に鈍い痛みが走った。
硝子が刺さった傷は塞がったけど、湯に浸かることはまだ出来ない。
以前怪我した時、迂闊に湯船に入ったら傷口が腫れて膿んでしまい、酷い目にあった。
「あと一週間はシャワーだけかな…。あ~ゆっくり風呂に浸かって、のんびり居眠りしてぇ~」
全身温まって、汗をかいてシャワーで洗い流して。そしたらすっきりして、いつもの俺に戻れるだろう。
「………」
いつもの俺ってなんだ。
〝君らしくない〟
「うるせっ、出てくんな白馬!」
目をぎゅっと瞑った。
だめだ。
打ち消そうとすればするほど浮かび上がる。
白馬の鳶色の瞳。少し癖のある柔らかそうな髪。
長い指先…。
白馬の腕に包み込まれた感覚が甦って、カーッと全身が熱くなる。
てか、熱い!
窓を開けた。外はもう暗い。
学校から帰って調べ物しようとしたけど、集中できなくて風呂を先にしたんだ。
食欲もねえ。
もう、寝ちまうか…。
眠ってしまえば切り換えられるだろう。
明日になれば、またいつも通り───。
「・・・」
いや、チガウッ。
俺は頭を抱えた。
白馬が屋上で叫んだ時、校庭にいた運動部の奴らが歓声をあげてたっけ…。
あの場にいた皆に白馬からの告白は聞かれてるんだ。
───ハズカシイ!!!
どうしてくれんだよハクバカ!
テメーのせいで、俺の平和な高校生活がどんどんおかしなことになってくじゃねえか!
「くそ」
ドン、と壁を叩いたら乾き切ってない髪から襟足にポタリと雫が落ちた。
「冷てっ」
風が吹き込んできて急に涼しさを覚えた。
窓を閉めようと手を伸ばす。すると、雲間から十三夜の月が朧に浮かんでいるのが見えた。
「おー…」
滲むように蒼い光輪を纏った月が美しい。
俺は窓際に近付いて、改めて夜空を見上げた。
もし、俺が怪盗でなかったら。
俺がただの黒羽快斗だったら。
俺は応えることが出来るんだろうか?
俺は応えたいと思ってるんだろうか。
白馬に。白馬の想いに…。
俺は、応えられるんだろうか。
「白馬…」
溜息を付き、小さく名を呼んだ。
そして何気なく下を見て、俺は有り得ないものを目にした。
『え…、はくば…?!』
制服姿の白馬が、家の門の前に現れたのだ。
・・・うそ。マボロシ??
俺、目がおかしい?
もしかして、寝落ちして夢でも見てんのか?
現実とは思えなくて呆然としていたら、マボロシの白馬は不意に向きを変え、逃げるように走り出した。
校庭での俺みたいに。
今度は白馬がふらつきながら、前の路地を走り去って行ったのだ。
つづく
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※このブログ初期のお話『視線』のエピソードを流用、同じ時系列ってことに…(*_*;
※拍手御礼
「月光という名の真実」「囚人」「野暮」「秋憂」カテゴリ★空耳 へ 拍手ありがとうございましたー(^_^)ノ
拍手コメント御礼●ぽこ様、モノクロ様、コメントありがとうございます!
お返事は後日ゆっくり書かせていただきます~(*^_^*)
で、どうする、この続き(大汗)。
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