不機嫌な恋人(新一×キッド)
(R18)
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名探偵は最初から不機嫌だった。
相手が不機嫌なのだから、こっちだって無言になる。
ゆえに俺たちの逢瀬はいつもとても恋人同士とは思えない無愛想なものだった。
今夜も一仕事終えた俺を邸宅の自室に招いてくれたまでは良かったが、名探偵はニコリともしなければ〝お帰り〟とか〝愛してる〟の一言もない。
この孤高の白きマジシャン・怪盗キッドを独り占めしておきながらどういうつもりなのか。
もっとも俺は俺で、そんな名探偵の無愛想な見せかけとは裏腹の情熱的な抱擁にかなり参っていたから、この日もクールに決めてはいたが内心はドキドキだった。
無言のまま部屋の隅へ追い詰められるようにして抱き竦められ、唇を覆われる。もうそれだけで立っていられないくらいクラクラになる。
シルクハットが落ちて転がると、探偵の熱が一気に高まるのがわかった。
互いに一言も発しないまま、ただ荒く乱れる吐息だけが鼓膜を震わせる。
(…!)
さらに今夜の探偵は荒々しく求めてきた。畏れを覚えて体を強ばらせる俺をベッドの上に放り出すように転がし、のし掛かってくる。
思わず『ああ』と声が出てしまった。一瞬探偵の動きが止まる――かと思ったが止まるどころかさらにヤバい気配が俺を襲う。どうやらつい漏らしてしまった俺の声が探偵のヤル気をますます掻き立ててしまったようだ。
いつにも増して性急に貫かれた。
衣服を半分も脱がされてない、まるでレイプでもされてるかのような格好だ。
(く…!)
懸命に声を抑えるが、探偵が動くたびに言いようのない衝動が体の奥から湧き起こって苦しいくらいの快感の波に襲われる。今夜の探偵はハンパない……こうまで乱されてしまっては、もはや怪盗らしさを保つのは困難だった。
「あ、ああっ!」
弾かれたように跳ねた瞬間、モノクルが外れた。
「キッド」
「…………」
初めて、最中に名を呼ばれた。
それも窮屈に体を折り曲げられて深く穿たれた状態で……。胸が苦しい。そのまま唇をも塞がれる。両手首も探偵に押さえつけられて全く身動きが取れない。ほんの少し探偵が体を揺するだけでどうしようもなくビクビクと震えるように反応して、後ろに含んだ探偵を無意識のうちに締め付けてしまう。
も……う、ダメだ。いく。
抑えてきたものが溢れる。
溢れ始めたらもう止められない。
名…探偵……。
好きだ。
俺は……怪盗キッドは、おまえのもの――。
(……)
気を失っていたらしい。それとも力尽きて眠ってしまったのか。まあ、大差ないっちゃないが。
いつの間にか裸にされていた。そして名探偵に肩を抱かれ、寄り添ってシーツにくるまっていた。
――途中から覚えていない。
さすがに少々気恥ずかしくなった。
そっと探偵の様子を伺うと、探偵は目を閉じて穏やかな寝息をたてていた。
まだ夜明け前だ。部屋は暗い。
今のうちに立ち去ろう。とても怪盗の顔に戻って探偵に対する自信がない。
そうっと探偵の腕を抜け出そうとした。
「行くな、キッド」
「……ちぇ。起きてたのか」
まともに顔が見れない。こんな風にまともに引き留められるのも初めてだった。胸が高鳴って――そんな自分に戸惑う。惚れられたのは俺の方と思っていたのが、いまや逆だ。その事にハッキリ気付いてしまった。
「帰る。これ以上そばにいたら……」
離れられなくなりそうだ。怪盗キッドともあろう者が。そんなみっともない真似はできない。したくない。
「帰さない」
「やめとけよ、また次のお愉しみさ」
なんとか怪盗らしく見せようとするが、裸の背に手を伸ばされビクリと震えてしまう。
「キッド……好きだ」
「……なんだよ、今頃」
俺を抱く時にはいつもあんなに不機嫌だった名探偵が微笑んでいた。
なんだよ。
今頃なんだよ、チクショウ。
「…めずらしいな。いつも強面の名探偵が」
「それは」探偵が言い澱む。
「おまえが……キッドがいつも冷めた顔してっから」
は……?
「俺だけニヤけるの可笑しいから」
へっ。
「でも…今日は少し……近付けたかと思ったんだ」
「…………」
お互いにお互いを牽制し合ってただけか。
俺も名探偵も、見栄張ってたって事か、つまり。
「ふ……バカみてぇ」
「何がだよ……」
「好きだぜ、名探偵」
名探偵の頬に赤みが差す。こんな顔すんのか、コイツ。
「俺も。好きだ……キッド。本当はずっとおまえの事を捕まえておきたい。誰にもおまえを渡したくない」
というわけで、やっとのこと俺たちは自分の素直な思いを伝え合うことができるようになった。
たぶん、次の逢瀬からは笑顔の名探偵が俺を迎えてくれるはずだ。
俺も――怪盗の威厳を失わない程度に名探偵に甘えてみよう、と思う。
次の〝仕事〟が待ち遠しい。
仕事どこじゃなくなって警察に捕まらないようにしなくちゃ、だけどな。
20120109
[15回]