天の川シンドローム(新一×キッド)
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怪盗キッドは隣のビルの屋上だった。
オレとしたことが。
これでは手が出せない。
奴の姿を目の前にしながら、みすみす見逃すのか。
「今晩は、名探偵。素晴らしい夜ですね。梅雨明けが思いのほか早く、しかも明日は新月というタイミング。 都会で七夕に天の川が見られるなんて奇跡に近い」
キッドは高層ビルの谷間越しに高らかにオレに話しかけてきた。
「どこがだよ。街の灯が明るくて、星なんかろくに見えやしないだろうが!」
キッドが両手を広げ、これ見よがしに首を振る。隣のビルから歯噛みして見ているオレを横目に、余裕綽々だ。
「ロマンに欠けますね、名探偵は。たとえ目に見えなくても、夜空には満天の星空が広がっているのですよ。少し目を凝らせばきっと見えてくるはずです」
「見えるわけねえって言ってんだ!」
キッドは軽くステップを踏んで屋上の縁に飛び乗った。長いマントを靡かせ、まるで小道を行くかのように歩く。
15階ほどのありふれた商業ビルだが、それでも地上から40メートルの高さはあるだろう。
翼を持つ怪盗にとっては木々の枝に立ち寄る鳥たちの感覚とさほど変わりがないのか。
「さながら…このビルの谷間は今の名探偵にとって越すに越せない〝天の川〟といったところでしょうか? 」
キッドがオレを振り向いて微笑んだ。
オレはキッドの言葉に煽られた。
屈んでスニーカーの紐をしっかり結び直して、立ち上がった。
「オレが〝彦星〟なら飛び越えられるぜ。おまえが言うとおり今夜は七夕だ。一年に一度の特別な夜だからな」
キッドが肩を竦める。
「何を言い出すんです? 私の今夜の獲物はすでに美術館の支配人のポケットの中だ。そこまでして私を捕まえる必要はないでしょう」
「オレが捕まえたいだけさ、おまえを。他の何も関係ない。おまえを逃がしたくないんだ」
キッドが僅かに首を傾げてオレを見詰める。
オレも自分の言葉に驚いていた。
これじゃまるで告白じゃないか。
「名探偵…まさか、ここを飛び越えるつもりではないでしょうね」
「ああ。そこを動くなよ」
「およしなさい。少なくとも7メートルは離れてますよ。高校生の幅跳び記録は8メートル弱だ。しかしそれは鍛錬を重ねた競技者が専用レーンで砂地目指して跳んだとき、最高のコンディションと状況が整った場合に達成されたものです」
「うるせえ! オレだって7メートル近い記録を持ってる。手を伸ばせばそっちに届く」
「無理です! 馬鹿はやめなさい、名探偵。さっきの挑発は謝罪します。ですから…」
キッドが大声で叫ぶ。
止めようとする厳しい口調が、逆にオレを奮い立たせる。
「見てろ……絶対跳んでやる」
「やめて下さい、こんな高所で段差のある縁から跳べるわけがありません! 助走の勢いは削がれてしまいます。それにこの高さ。普通の人間なら意識しただけで足が竦み、まともに体なんか動かせない」
「普通なら、だろ」
「あなたは…まさか、本当に跳ぶ気なんですか? お止めなさい。間違いなく墜ちて死にますよ。そんなあなたを目撃したのでは、今宵のよい気分が台無しになる」
「てめえの都合で話をするな。オレはな」
言いながら、オレは後ろに下がった。屈伸し、アキレス腱を伸ばす。
かっかと体中が熱を発する。アドレナリン全開だ。
オレは跳ぶ。
跳べない距離じゃない。
跳びきるつもりで跳べば、必ず跳べる…!!
「名探偵、悪い冗談は止めなさい!! とても笑えません!!」
「冗談だと思ってろ!十秒後には、オレはそっちに立ってる!!」
「やめて下さい! 止めなさい!」
躊躇したらお終いだ。
オレはダッシュした。
跳べる。絶対跳べる。
うまく段差を利用するんだ。
縁に飛び乗って角を足先で蹴れば、普通に跳ぶより距離が出る。
手を伸ばせば届く。
届くはずだ…!!
─────どくん、どくん、どくん。
はあっ、はあっ、はあっ…。
心臓の鼓動も、震える吐息も、重なり合って乗算されていた。
キッドの腕の中だ。
オレは……跳んだんだ。
飛び越えたんだ……!
「やった…!」
歓喜の雄叫びを上げたつもりだった。しかし掠れ声はこれでもかというほど震えていて、埋めたキッドの胸に籠もって自分でもよく聞き取れなかった。
「……あ、あなたが、これほど大馬鹿野郎だとは、知りませんでした」
キッドの声も震えてる。
顔を見ようとして、胸や肘や膝や腕や腰や、そこら中がギシギシ痛むのに気が付いた。
「まったく、無茶をするにも程があります!! 私が名探偵の体を掴まなかったら墜ちてましたよ! …てか、俺も引きずられて一緒に墜ちるとこだったろーがっ、このド阿呆ッ!!」
「……は、は。キッド、それがおまえの〝素〟か」
「…………」
口調の変化に突っ込むと、キッドは言葉を詰まらせ、んぐぐと唸った。
「なあ、越えたぜ、天の川。褒美をくれよ……〝織姫〟」
「なんで俺が……、私が織姫なんですかっ」
「天の川を渡ったのは彦星だぜ。織姫を抱き締めたくて、必死になって超えてきたんだ」
オレを抱くキッドの温かな吐息が耳にかかる。
「・・・馬鹿ですね、あなたは本当に」
「好きだ、キッド」
信じられないような言葉が、すんなりと口から出た。
しがみ付くようなオレからのキスを、キッドは黙って受けとめてくれた。
だから跳べたんだ。
恋人たちを見守る天の川が、一際美しく夜空を彩る〝七夕〟。
今夜はその特別な夜だったのだから。
20130707
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※はあ……、今度こそ季節ネタに乗り遅れるな!と書いてみたんですが(汗)。そういや昨日はkissの日だったとか? 二日連続の恋人デーだったわけですね! ラブラブ♪♪
●拍手御礼!
「囚人」「真贋」「黒の鎖」「エロスの神様」「17歳」「欠けたクローバー」「テストケース」「ペニー ホラー レイン」、さらにカテゴリ★インターセプト1&2 各話 他へも拍手連打をいただいたようで…(^。^;) うれしいです!! お読みいただいて、ありがとうございます!
●しいの様、拍手コメントからメッセージ、どうもありがとうございました(*^^*)♪ サンデー来週どう展開するのかハラハラです~。
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