ペニー ホラー レイン(新一×快斗)
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しとしと。…しとしと。
深夜。音もなく降り続く細い雨。
リビングの窓から外を見ていたオレに、快斗がおかしな事を言い出した。
「そうやって暗い場所に目を凝らしてると、ヤバイもんが見えてくるぜ、工藤」
「ヤバイもんって? オバケとかかよ」
「まぁそんなもん。現実しか信じねえ探偵に言っても無駄だろうけど、俺の予感じゃ今夜あたり…出るぜ」
出るって何が。
「言っとくが快斗、どんなに不思議に見える現象でも説明できないものはこの世に存在しないんだぜ」
「この世ならな。〝あの世〟は別だ」
ひゅ~っ、どろどろどろ…。
幽霊御用達の効果音を口真似しながら快斗がふらりと立ち上がる。リビングから出ていった。
風呂に行ったのかと思っていたら、しばらくして蝋燭と燭台を手にして戻ってきた。キッチンの奥に仕舞ってあったものだ。
「なに始める気だよ」
「この世のものではない何かを見ようと」
快斗のやつ…オレを驚かす気か? このまえオレが魚ネタでからかったのを、まだ根に持っているのか。それにしたって。
「怪談かよ」
「さあ…。それは〝あちら〟次第」
アチラってなんだよ。
快斗に言われるまでもなく、非科学的なものにはどこまでも懐疑的なオレだ。
真っ暗な中で突然大声を出されたら、そりゃあドッキリするだろうが、そのドッキリと〝恐怖〟とは別物だ。
快斗がテーブルに蝋燭を立てる。
すいと快斗の左手が上がると、リビングの灯りがフッと落ちた。これは快斗のマジックだ。〝怪談〟の前振りだろう。
─────ザ、ザ、ザ。
テレビの音声が乱れる。
青い画面の中のニュースキャスターの姿がちかりと瞬き、パチンと弾けた。
TVの電源も落ちた。
リビングが濃い闇に…静寂に包まれる。
闇の中に窓だけが仄かに浮かんでいた。
「快斗?」
暗くて、目の前の快斗の姿も見えない。
怖くはない。だが闇がもたらす原初の不安は確かに感じる。
「…?」
ぽうっとオレンジの炎が点った。蝋燭の熱と眩しさに一瞬目を細める。
─────しとしと。…しとしと。
静かに聞こえる雨の音。まるで耳の奥に直接響いてくるかのようだ。
広さも家具の配置も頭に入っている自分の家のリビング。その場所が、まるで異世界の入口に変わってしまったような錯覚を起こす。
どうしたんだろう?
時間の経過の感覚があやふやになる。
ほんの数分だと思っていたのに、随分長く闇の中に佇んでいるような気がしてくる。
「快斗」
『静かに。そろそろ現れる…』
「なにがだよ。おい、おまえどこにいるんだ?」
テーブルを挟んで向かい合っていたはずの快斗の気配が遠い。
いまの声は……どこから聞こえた?
ふわっと、頬に風を受けた。
快斗め…手間かけやがって。いつの間にこんな〝仕掛け〟を用意してたんだ。
「おい!」
─────これは…お珍しい…。
え?
─────あなたに気付いていただけるとは…。
誰だ?
快斗…じゃない。
誰だ、この声は。
混乱に拍車がかかる。
そんなわけはない。ここにいるのはオレと快斗の二人だけだ。他には誰もいやしない。
だが。
ひやりとする感覚。
間違いなく第三者が─────見知らぬ〝誰か〟がそばにいる…。
点っていた炎が僅かに揺らいだ。
蝋燭の火は明るいのに周囲はますます暗く、燭台以外は何も見えない。
おかしい。不自然だ。
さっきまで微かに見えていた窓すら判らなくなっている。
オレは…夢を見ているのか。
この闇は、普通じゃない。
堪えられなくなってオレはとうとう叫んだ。
「快斗!!」
そばに潜む者の気配がさぁっと動いた。
────これは…驚きました。どうしてあなたがその名を。
────あなたと私は同じ名付け親を持つ〝兄弟〟だ。そのあなたが…。
「なんだって…?」
同じ言葉を、前にも言われたことがある。
あれは…いつだったか。
オレはこいつを知っている。
ここにいるのは、その時の…?
まさか。
まさか、そんな事は有り得ない。
だってあれは。あの〝謎の男〟は。
─────あなたは〝私のあの子〟をご存知なのですか…? それではもしや…ここで出逢った少年が……。
「おまえは誰だ?! 姿を見せろ!」
オレは闇雲に辺りを見渡した。しかし、やはり何も見えない。
闇の奥行きは何処までも果てがなく、叫んだはずの声は頼りなく闇に呑まれていった。
誰かがオレの背後で密やかに微笑む。
─────申し訳ありません。心地好い雨に誘われ参上しましたが、名乗る訳にはいかないのです。
─────では……やはりそうだったのですね…?〝兄弟〟の導きがあったからこそ、私はあの子に逢うことが出来た……そうなのですね…?
声が離れてゆく。
「あ、待て! 〝あの子〟って誰だ?」
─────…は……わたし…の………
─────………だいじ…な……
「もしかして〝あの子〟って快斗のことか? それじゃあ…それじゃ、おまえは……?!」
「工藤、いつまで寝てんだよ。風呂入ってこい!」
「…え?」
眩しい。電気が点いてる。
オレんちのリビング。天井のシャンデリアを後光のようにしょって、上から快斗がオレを見下ろしている。
「…………」
「驚かそうと思ったのに暗くしたらすぐ眠っちまいやんの。寝不足も大概にしろよな」
「…………」
「俺、先に風呂入ったからさ。ここは片付けとくよ。早くちゃんと寝ようぜ」
快斗がテーブルの燭台を持ち上げ、
半分残った蝋燭の火をふっと吹き消した。
白い煙が渦を巻いて霧散する。
「快斗」
「ん? ああ、ごめん。風呂入る前に消しとけばよかったか。この燭台ずっしりしてるから、ちょっとやそっとじゃ倒れないと思って」
「…どこまで、おまえだったんだ?」
「なにが? ハハ、なんだその顔。まじでユーレイでも見たような」
「………」
夢か? 現実だったのか?
妙にリアルに耳に残る甘く落ち着いた男の声。あれは…快斗が演じていたんじゃないのか?
そしてオレは思い至った。
あの時の〝謎の男〟
あの男は、オレが小一の時に図書室で出逢った男だ。自分の名付け親はオレの親父だと…だから自分はオレの弟だと言った。
つまりそれは。さっきの男の正体は。
怪盗キッドだ、初代の。
快斗の父親だ…!
初代キッドは、あの時オレに暗号を渡し、親父へのメッセージを託そうとしたんだ。
キッドのライバルだったオレの親父、工藤優作に。
だが快斗はそのエピソードを知らない。オレが子供の時に出逢った〝謎の男〟の話を、オレは快斗にしていない。なによりも、快斗の父親は八年前に亡くなっている…!
じゃあ…さっきのは……やっぱり……
ぞくり。
「わぁ」
「なんだよ、工藤」
ぞくぞくが止まらなくて、オレは快斗に抱きついた。温かな肌にぎゅうっと縋り付く。
この世にも説明の付かない事はあるんだぜ。
快斗はそう言ってオレの背を抱き返してくれた。
いつの間にか、小雨は止んだようだった。
20130704
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※…というわけで 2013.2.7up「ストレンジャー イン ホラー」の続編でした。盗一さん幽霊、すっかり工藤邸に居着いちゃってます…(^^;)。
●拍手御礼!
「当てずっぽうのバースデー」「加虐実験 」「閃光(改)」「17歳」「宵闇」「拷問《拉致》」へ拍手ありがとうございました !(^^)!
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