月と太陽の巡り(新一×キッド)R18
※実は先だってイベントにて発行したコピー紙に載せたものです。
内容的には過去幾多もUPしてるお話とかぶっているのですが;;
イベントからそこそこ日も経ったのでこっちにも載せちゃいます~
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〝待て〟と、飛び立とうとする俺に向かって探偵は言った。
工藤新一。
無視すればよかったのだが――。
つい、俺は振り向いてしまった。
工藤の声が怪盗を捕まえようとする類のテンションではないことに、すぐに気が付いたから。
俺も本当は立ち去りがたい想いを密かに抱いていたから。
「キッド…教えてくれ。なぜ俺を助けたんだ」
「さて、何のことでしょう。私は私の目的のために動いただけです」
向き直ってクールに微笑む。心は簡単に見せられない。
工藤がゆっくりと近付いてくる。
〝摩天楼〟ビルの屋上。満月の輝く美しい夜空のもと、眼下には散りばめられた宝石の海が広がっている。
地上では緩やかにしか感じないだろう今宵の風も、この高さなら効果的に怪盗のマントを靡かせてくれる。
間合いに入る手前で一度立ち止まった工藤は、瞳を霞ませ俺を見た。思い詰めたように。
これまでだったら軽くいなせたはずの眼差しが不意に深く胸に刺さって、俺は狼狽えた。
「おっと名探偵。それ以上近付くと撃ちますよ」
さらに間を詰めようと脚を踏み出しかけた工藤に向かって、俺は真っ直ぐトランプ銃を突き出した。
2メートル。直撃すれば簡単に皮膚を裂く。
しかし工藤は歩を止めなかった。腕を広げて俺の方へ――。
捕まる。
絞っていた引き金にかけた指が思わず動いた。
スッと避けた工藤の頬に赤い血のすじが走る。
それをスローモーションのように認めた次の瞬間には、抱き竦められていた。工藤の両腕に…きつく。
息が止まる。
眩暈がして、反応できない。
どうなってるんだ。
俺は、いま――いったい。
数歩下がれば屋上の突端だ。危ない。バランスを崩せば二人とも落下する。墜ちれば……このままでは翼を開くことが出来ずに死ぬ。マントごと囚われ、工藤に抱き締められたまま――。
しかしどうしたわけか意識は遠く掠れ、真空にいるかのように感覚が失われて体が動かない。
カタリと響いた音にハッと目を見開く。
――トランプ銃をとり落とした。俺としたことが……!
いや、それどころか。
工藤に唇を奪われ、いつの間にかその背に腕まで回してしまっていた。
怪盗としてあるまじき醜態に気付き、遅蒔きながら俺は焦ってもがいた。工藤から逃れようと。
だが。
ひゅうと吹き抜ける風。一歩間違えれば――。
「やめ、ろっ…!」
顔を背けてなんとかキスから逃れたが、体が動かせない。工藤ががっしりと俺を抱きかかえて放さないからだ。
「危ねえ! 放せって! 墜ちるぞ工藤っ」
怪盗らしい言葉遣いも吹っ飛んでしまっている。その自覚はあったが、逃れなければならない一心でそれどころではなかった。
「バカやろう! 放せって!」
「逃げないなら放す」
「…………」
真顔で、鼻先がくっつくほどのどアップで、俺の顔が映る双眸に見詰められて答えようがなくなる。
(あっ)
再び口付けようとする工藤を避けて体を捻ると、脚と脚がもつれてバランスを崩し、俺たちは平衡感覚を失った。
一瞬の静寂の後、吹き抜ける風にシルクハットが飛ばされ―――背中と肩に衝撃を感じて俺は体を強張らせた。
髪が風に晒され、その髪に指が通される。俺の頭を抱えるように持ち、自分に覆い被さろうとしている工藤の体の重さを感じた。
動けない。
次に意識を取り戻したのは怪盗の衣装を半分も剥がれ、素肌がじかに触れ合う感覚に気付いてからだ。
なに……? なにを、してる?
こんな摩天楼の突端で。
月光すら眩しく感じるこの場所で。
工藤は……俺たちは、いったいどうしようと―――。
ああ。だけどもう、拒めない。
苦しいほど…求められ、求めてしまっている。
なんてことだ。
おれ、と……した、ことが……!
――ああっ!!
ついに工藤に自身を沈められ、俺たちは一つになった。
苦しい。体中が燃えるように熱くなる。
苦しくてたまらないのに、この溢れるほどの愛おしさはどうしたことだろう。
時も場所も互いの立場も忘れ、全てをかなぐり捨て…何も分からなくなる。
在るのは愛おしさだけ。
今だけ。いまだけ……夢中になって。
あとはもう――なにも考えられない。
なにも。
「……キッド。大丈夫か」
「だいじょうぶ……な、わけねえだろっ、バカやろう!」
流されてしまった自分にヘコみながら、精一杯強がった。
誰にも見せたことのない姿を、怪盗の誇りを、よりによってコイツに……名探偵に奪われるとは。
「ちょっと待ってろ」
工藤が背を向けて走り去る。
待つかよ、と内心舌打ちしたが、残念ながらギクシャクとして体が思うように動かせない。
かなりの負担を受けたことは間違いない。くそ。後悔先に立たず。
落ち込みながらもなんとか気を取り直し、元の怪盗の姿に戻ろうとしている俺のところへ、工藤が走って戻ってきた。
「これ」
「……」
さっき風に飛ばされたシルクハットを被せられた。
「あと……これも」
そこら辺に転がっていたモノクルも拾って手渡された。
かなり、気まずい。
素顔を見られたどころか、イク瞬間まで全て知られた。どんな顔すりゃいいのか。
「――!」
横顔に、キスされた。微笑んだ工藤に。
情け無いが、顔が熱くなった。
「キッド。おまえの正体を必ず暴いてやる」
「…………」
「って思ってたが……今は知るのが怖い」
「どういう意味だよ」
「知ったら、もう絶対に止められないから……かな」
「何を」
訊き返しながら、この返事を聞いてしまってはいけないという事に気付き、慌てて俺は体を起こした。
(ツ…!)
下肢に鈍痛が走る。また自己嫌悪。
しかしとにかく一刻も早くこの場を去らなければ。工藤の返答を聞く前に。
「キッド――」
話し出そうとする工藤を遮って屋上の縁に立った。
「では今度こそ。ご機嫌よう名探偵」
「待てよ、まだ言うことがある!」
「私にはお聞きすることはありません。名探偵……太陽と月は共に居られないのです。今宵のことはお忘れ下さい」
飛び降りようとする俺の背に工藤がなおも語りかける。
「分かってる。それでも……巡り逢い、重なる時はある。きっとまたその時が訪れるさ」
工藤の言葉を耳に留めながら、俺はハンググライダーの舵を取り一度だけ旋回した。
離れゆく摩天楼の屋上に、ライトに浮かぶ工藤の姿を認めると、あとはもう振り向かず、俺は広がる宝石の海へと舞い降りていった。
月と太陽が重なる時。果たして再びそんな時が巡りくるものかと――戸惑う想いに揺られながら。
20120617
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2012/6/24 Comic City東京124 黒羽快斗・怪盗キッドの生誕祝プチオンリーイベント「Happy Kaito!」にて発行・小冊紙より
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