若月(1/2) 新一×快斗
数日前にアップした「新月 newmoon」の続きです。今度は新一視点の会話劇です。どう展開するかは新一快斗の二人次第。
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自宅前で待っていると、日が暮れた頃にやっと黒羽が帰ってきた。
こちらに気付いて、あからさまにイヤな顔をしやがる。しかもクルリとUターンまでしやがった。
「待てっ」
聞こえてるはずなのにシカト。
切り札はこちらの手にあるはずなのに、どーいう了見なのか。
住宅街から少し外れた通りまで距離を保って付ける。
もろストーカーだ。俺は何をしてるのか。それもこれも黒羽が自分の立場をわきまえてないというか、自分の正体を俺に知られているという自覚が足りないせいだ。
ピタッと黒羽が立ちどまる。
「何で返信よこさねえ!」
「ケーサツ呼ぶぞ!」
俺が文句言うのと、黒羽が振り向きざま怒鳴るのと同時だった。
ああっ?! なんだとぉ?
「ケーサツ呼んで自首でもすんのか!」
「テメーの条件に返信しろとは入ってなかったぜ!」
また同時に叫ぶ。
お互い険悪な目つきで睨み合った。
黒羽(キッド)に以前交わした約束を果たさせるために居所を見つけ出してホテルで抱いた(同意の上だ)のが十日ほど前だ。
それから俺は日に2~3度は渡した携帯電話のアドレスへ体調を気遣ったり次に合う予定の相談をしたりとメール送信を繰り返していたが、黒羽からの返信が一切ないので頭に来て――というか、ぶっちゃけ耐えられなくなり、自分からまた会いに来てしまったのだ。些か悔しかったが。それなのにこの態度。
数メートルの距離をおいて膠着状態に入った。
無言で俺を睨む黒羽の瞳は怒りに燃えている。
「何度もおかしなメール寄越したり待ち伏せしたり後つけたり…ストーキングは立派な犯罪だぜ。訴えてやっからな!」
「いいのかよ、そんな口きいて」
「言ったはずだぜ。こないだは約束だったから一回だけ言うこと聞いたが、これ以上付け込むようなマネしやがったらこっちにも考えがある。ただじゃおかねえ」
素顔の黒羽は言葉遣いも態度もキッドの時とはちがう。それはそれでなかなかイイ。そこにも惹かれる。
俺は一歩近付いた。
黒羽が僅かに片足を引き、身構える。
――ケンカをしに来たわけではない。ここは正しく意図を伝えるために素直になろう。
「黒羽」
「なんだっ」
「好きだ」
「…は?」
「好きだ。やりたい。やらせろ」
数歩後ずさった黒羽の目がぱちくりしている。なんとなく頬を染めているようにも見える。街灯の灯りが片方しか照らしていないのでハッキリ見えないが。
「な…に言ってっかわかんねー! 帰れ! 俺はオメーに用はねえっ」
「照れんなよ」
「…………」
黒羽が走って逃げ出した。
脚が速い。しばらくは付いていったが、見失った。この辺りは黒羽の地元だし、地の利もある。
仕方ない。
「――キッド!!」大声で呼ぶ。
どこにいる。もう一度、
「キ…」
ザザッと後ろの民家の塀の上から気配が現れて後頭部を叩かれる。振り向いて腕を掴んだ。
「捕まえた」
「…ほんっと汚ねえ」
唇を噛んだ黒羽に流し目で睨みつけられる。俺はニッコリと微笑みかえした。
それでもなんとかようやく黒羽の自宅に入れてもらえた。第一関門突破だ。
「とにかく、イヤなもんはいやだ」
「つれねーな。こんな頼んでんのによ」
「あんなドSなプレーは懲り懲りだっつの。オメー二重人格だろ。まだ痕が消えねぇ。ほんとひでぇ目に遭った」
黒羽はよほど前回の事を根に持っているらしく、ガンとしてOKしようとしない。だが俺としても我慢の限界でここへ来たのだから、簡単に引き下がる気はない。絶対最後までやる気満々だ。それを率直に伝える。 ひたすら『好きだ、お前とやりたい』と。
「手荒な事はしない。優しくするから、なっ」
「なっ、じゃねぇや。……だいたい、何で俺なんだよ。他にも相手いんだろが」
「おまえだけだ」ちょっと心外な言われ方だ。即座に否定する。
「ウソつけ。…まぁあんなやり方してたんじゃ誰でも逃げるよな」
ちょっと待て。どんだけ誤解してんだ。この前は確かにやっと捕まえた素顔のキッドに少々興奮しちまって出だしハード過ぎたかも知れないが、後半は優しくしたぞ。おぼえてねーのかコイツ。
リビングのソファーに佇んで俯く黒羽の睫毛に目が吸い寄せられる。
それなりに迷っているようにも見える。俺とどう対するのか。俺を受け入れるのかどうか――。
「条件がある」
「何でものむぜ」
「…そういうトコが信用できない」
「ひでぇな。俺はお前が好きなだけなのに」
「やりたいだけだろ」
「好きでなければ押しかけないぜ」
どうだか。とブツブツ言いながら横目で睨んでくる。
「この先も対等な立場であることを誓うならいい」
「誓う」
「軽いんだよ」
「探偵は信用商売だぜ」
「俺の――黒羽快斗の生活に首突っ込むな」
「誓う」
「俺の正体の事で少しでも強請ったり強要したりしたら許さない」
せっかくの切り札だが仕方ない。確かにそんなセコい事をして言うことを利かせたところで虚しいだけだ。
「わかった」
「それから」
「それから――?」
ちょっと目を逸らして黒羽が口を噤む。目の前に跪いて顔を覗きこむと、困ったようにその瞳が彷まよった。
「…俺、まだ判らない。自分の気持ちが。お前のこと――工藤をどう思っているのか」
「だんだんわかるさ。お前も俺を、きっと好きだって気が付くぜ」
「自信家でいいよな、オメー。幸せだろうな」
「黒羽が許してくれるなら…幸せさ」
俺は、すかさず黒羽にキスをした。
その時、黒羽の腕時計と俺の腕時計が同時にピッピッと鳴った。一時間毎に定刻を知らせる単純な電子音だが、やっと同意を取り付けた俺の気持ちを象徴するかのように感じた。
若月(2/2)へ続く
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月齢の呼び方って多種あって情緒があって素敵ですね。
『若月』は『新月』の次の月齢。三日月、眉月とも呼ぶそうです。
はて続きはどうしよう。ヤッパリやっちゃわないとわざわざ続き書き始めた意味がないですかね…(汗)
[9回]