雨宿り(新一×快斗)
※通常パターンの甘イチャ?です。かなり間があいてますが2011.11.06up『ボーダーライン』の続編(^^;) 。
────────────────────────────────
警視庁からの帰り道、予報通りの夕立に遭ってしまった。
車で送ってくれるという佐藤刑事の好意をあえて断ったのは、降り出す前に家に着くだろうという甘い読みと────快斗が待っているかもしれないと思ったからだ。
約束はしていない。
だが、そろそろ姿を現す頃だと思っていた。まぁ…願望に近いのだが。
ひとつ事件が片づいて、ホッとしていた。
誰もいない小さな公園の片隅にある東屋に駆け込み、雨宿りをしながら俺は快斗のことを考えていた。
俺もそうだが、快斗は快斗で何かと忙しいらしく、約束していてもなかなか逢えない。〝怪盗〟は休止中だと言っていたが、ホントかどうかそれもあやしい。
ドタキャンしたり、ドタキャンされたり。 待っていても現れなかったり、待たせているのに帰れなかったり。
そんなわけで、あってないような約束は互いに懲りてしなくなってしまった。
俺は毎日でも逢いたい。その気持ちは伝えてある。快斗次第だ。
だがそう言うと、快斗は『俺のせいかよ』と怒り出してそっぽを向いてしまった。
なんだか気まずくなって……以来電話もメールもしにくくなっている。
ざああーと雨が大粒になって、ますます薄暗くなる。しばらくここから動けそうにない。
はぁ…とため息を付いて、俺は雨が吹き込む東屋の、なるべく奥のベンチに座り込んだ。
少し奥まった立地の公園。向かいは造成中の建設現場、裏は住宅街だが、辺りに人影はない。日曜の夕立に、みな家々に身を隠して息を潜めているようだ。たまに前の道を車が走り抜けるだけ。なんとなく心許ない気分になる。夕立の勢いが弱まるまで待つしかない。
もう一度大きく息を吐いて、ベンチに凭れかかった。
快斗。
天の邪鬼な〝怪盗〟。
意地っ張りなあいつは、なかなか言葉にしてくれない。俺が一生懸命伝えようとしても、途中でそれを遮ったり……。
そういや、ちゃんと〝好きだ〟って言ってくれたことあったっけ。
あれ……?
……ナイ、かも。
なんだか少し焦せる。早く帰りたい。
今夜を逃せば、また次の週末まで逢えないだろう。快斗が夜来てくれれば別だが、そう言うとまた怒るだろうし。俺が逢いに行くのは快斗的に絶対NGらしいし。やれやれ。
携帯電話を取り出した。
メール打つか。
なんて打とう。
『逢いたい』かな。
『いまどこだ』……かな。
それとも。
『俺のことどう思ってんだ』かな。
そんなこと訊いても、どうせ『推理オタク』とか『マヌケ探偵』とか、ロクでもない返信しか来ないだろうけど。返信くるかどうかもわからない。
────ブブブ。
「わっ」
突然、手に持った携帯が振動し始めてビックリして落としそうになった。
画面を見てさらにビックリする。
快斗。慌ててタップした。
「もしもし?!」
『……わ。雨の音でよく聞こえねー』
「快斗! どこだ。俺んちか?」
『なんでテメーの家にいなきゃなんねんだよ。外』
「雨降ってんだろう」
『わかってるよ。横殴りじゃねーか』
ピカッ!
「うわっ」
怪盗キッドの閃光弾のようだ。視界が真っ白くなる。木々の葉も。雨は針金のように輝いて。
わずかに遅れて、雷の轟音。バリバリゴロゴロどかーん!
「うへえっ」
電話の向こうで『ケケケ』と笑う声。
「んだよ!」
『名探偵はカミナリが怖いんだ。弱点みっけ』
「ばかやろ! 外にいたら誰でもびびるだろ」
『へえそう。でも〝うへえ〟はねえな。クールな名探偵が、イメージダウンだぜ』
「ほっとけ。別にイメージなんか…うわ!」
もう一発雷が落ちた。
落ち着け。たぶん、避雷針が付いてるはずだ、屋外の公共物の屋根には。……違ったかな。この小さな公園の東屋にも付いてると信じよう。
「………………」
ぴかぴかと連続で雷の閃光が瞬き続ける中、通行人が入り口から公園内に入ってくるのが見えた。若そうだ。
快斗……なわけないな。願望のあまり、シルエットだけで快斗かと思っちまう。傘差しててもビショビショになるような激しい雨だ。やはりここで雨宿りをするつもりなのだろう。お仲間だ。
「快斗! どこだよ! 逢いに来い!」
『こう大雨じゃなぁ。オメーこそ、何やってんだよ』
こっちの雨音がすごいのでよく判らないが、快斗の声も盛大な雨音が混じっているようだ。この雷雨の中、どこほっつき歩いてやがる。自然に携帯に向かって話す声もデカくなる。
「オイ! 雷危ねーぞ! どっか安全なとこに…………」
目の前が陰る。ただでも薄暗いのに。
携帯を持ったまま〝雨宿りのお仲間〟を見上げた。
「安全なとこなんてねえよ」
「………………」
「仕方ないから、俺も雨宿り」
「か……、か…………」
快斗。
東屋に入ってきたのは、快斗だった。
快斗が畳んだ傘から大量の雨水が伝い、東屋のコンクリの床がすぐに水溜まりだらけになる。
「ひでー。傘差しててもびしょ濡れ」
「……俺がここだって……なんで」
呆けたような質問しかできない俺に、快斗がふふんと笑う。
「駅からの帰り道、オメーが使いそうな近道で雨宿りできそうなトコってここくらいだろ?」
「………………」
そうかもしれないけど。
そうかもしれないけど、じゃあ、俺を捜して……迎えに来てくれたのか。
うれしすぎて、アタマがフリーズしてる。どきどきしすぎて、体中が震えてる。
「快斗!」
「バカ、くっつくな。びしょ濡れだっつーの」
「相合い傘して帰ろう」
「調子のんな。誰がオトコと相合い傘」
だけど、そう言いながら快斗の横顔もうれしそうに笑ってる。薄暗くても、そのくらいは分かる。声で。快斗が赤くなってるってことが。
ぱっと振り向いた快斗の瞳が目の前にあった。すぐ、すぐ目の前に───。
最後に一発轟いた雷鳴の中、隣同士に座ったまま俺と快斗はキスをした。どちらともなく…。
数分すると、さっきまでの嵐のような天候が静まり始め、やがて小雨になった。薄闇も幾らか明るくなって……雷の間隔も空き、音が遠ざかってゆく。
俺たちは立ち上がった。
小雨の中を歩き出す。傘は差さずに並んで。
二人一緒に、俺の家へ帰る道を。
20120905
[8回]