しのぶれど《2/2》(白馬×快斗)
─────────────────────────────
野球部や陸上部の声が聞こえる。
バスケ部のドリブルの音も、時折り体育館の方から響いてくる。
そうだ…ここは学校、教室だ。
俺は黒羽快斗。江古田高校二年の。
『!!』
ガタンッ。机が揺れた。
突然〝墜ちる〟感覚が甦り、無意識に体が跳ねたせいだ。
ハァーと息を吐く。
うっすら目を開け、今いる場所をもう一度確かめる。
すべては終わった。
際疾い目にも遭ったけど、切り抜けた。
怪盗はもういない。俺は戻ってきたんだ。元いた場所に…。
傾く陽を感じながら、もう一度目を閉じた。
もう人目を避けて夜中に走る必要はない。嘘をつかなくていい。自由なんだ。
清々すると──思っていた。
なのに、なんだろう。煮え切らないこの気持ちは。
「……」
理由は解っている。
だから憂鬱で身動きがとれない。
ちえっ、と自分で自分に舌打ちした。
『…白馬』
胸の内で名を呼んで、なんでか分からないけど切なくなって、泣きたくなった。
白馬の横顔を思い出す。
一度も振り向かず教室を出ていく後ろ姿を。
バカか、俺。
いまさら〝振り向いてくれない〟って拗ねてんのか。
図々しいにも程がある。どんだけ白馬をシカトしてきたんだよ。
いまさら普通に接するなんて出来るわけない。白馬だって、とっくに俺のことなんか…。
マジでじわりと涙が滲む。
だって、そうしなきゃダメだったんだ。
白馬がどんなに追ってきても、怪盗でいる間は立ち止まるわけにいかなかった。
最初は探偵としてチョッカイ出してくる白馬がウザかった。
だけど、いつからかそれだけじゃなくなったんだ。
俺が怪我してしんどいのを我慢してると、白馬はさり気なく俺を庇ってくれるようになった。少し眉をひそめ、憂うような瞳をして。
だからますます俺は白馬を避けるようになった。うっかり気を許したら、心を見透かされてしまいそうな気がして。
もしパンドラのことを知ったら、白馬はきっと俺を助けようとしただろう。
そんな事させられない。巻き込むわけには絶対いかなかった。
…そりゃあ側にいてくれたらと思う時もあったけど。
弱気になりそうな自分の心を蹴飛ばして。パンドラを追うのと同じくらい必死になって、白馬を遠ざけたんだ。
そして、俺は目的を達する代わりに白馬を失った。
白馬はもう俺に近付こうとはしない。
謝りたくても、白馬はいつも背を向けていて。
俺を振り向くことなんか、二度とないんだ。
…?
カラ、と教室の扉が開く音がした。誰だろう。先生じゃないみたいだ。黙って入ってくる。
忘れ物でも取りに来た奴か。
めんどくせえ、このまま寝た振りしてよう…。
足音が近付いてくる。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
静まりかえった教室。ほんの数十分前までの喧噪がうそのようだ。
残っているのは机に突っ伏して眠っている黒羽一人。
歩み寄りながら、それでも僕は迷っていた。戻ってはきたものの本当に黒羽を起こしていいものか。
〝仲直り〟と言われたが、そもそも僕らは喧嘩などしていない。喧嘩するほど近付いてなかったのだから当然だ。
起こしたところで『なんだてめえか』と吐き捨てられ、瞬く間に黒羽は僕の前から立ち去ってしまう───。
「……」
側まで来ると黒羽の襟から覗く白い項(うなじ)に目がとまり、思わず息をのんだ。
窓が少し開いている。
夕刻の風が微かに吹き込み、黒羽の髪を微かに揺らしていた。
ふわり。ふわりと…。
僕はいつしか手を伸ばし、そっと黒羽の髪に触れていた。
〝しのぶれど〟
あの和歌(うた)が胸を過ぎる。
〝しのぶれど いろにでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで〟
…そうか。
僕は黒羽に恋していたのか。
だから辛かった。疎まれるのが怖くて、側に近付くことすら出来なくなったのだ。周囲にそうと知れてしまうほど想い焦がれていながら。
「…黒羽くん。僕は」
告げてしまおう、いま。穏やかな、この瞬間なら告げられる。臆病な僕にはそれが精一杯なのだ。
「僕は、君が…好───」
がばっ。
突然、眠っていると思った黒羽が頭を起こした。
告白の言葉を途中で途切らせ、僕は驚いて手を引っ込めた。慌てて下がろうとして背後の机にぶつかる。
ガタン、ガタガタッ。
「うわっ」
何かに脚が引っ掛かり、バランスを失って僕は床にすっころんだ。
ガッターン!!
音が響き終わると、再び静寂が戻ってきた。鳴り止まないのは僕の心臓だけ。
尻餅を付いた僕は、呆然と彼を見上げた。
黒羽は起きていた。
上体をこちらに向け、机と椅子の背に両肘を掛けて僕を見ていた。
自分の顔が熱を持つのが分かる。
僕が足を引っ掛けたのは、黒羽の出した踵だったのだ。
「な…、なにするんですか」
抗議した僕の声は、すっかり掠れてしまっていた。
なぜなら黒羽が僕を見て微笑んでいたから。
イタズラ小僧のように歯を見せる黒羽の目は、心なしか潤んでいた。
そして解ったのだ。これまで僕を拒んできた黒羽の棘が無くなっていることに。
照れくさそうにはにかむと、黒羽は小さな声で『ゴメン』と呟いた。座り込んだ格好のままの僕に向かって手を差し出しながら。
僕らは、ようやく真に〝出逢う〟ことが出来たのだ。
20160528
─────────────────────────────
出典:百人一首 40番 平兼盛
※おそ松イヤお粗末様です(> <)。独白のまま終わらせちゃいました。欲求不満は近日晴らしたいと思います…(*_*;
●拍手御礼
「ダブルムーン」「強姦」「未明の道」へ、拍手ありがとうございました(^^)/
拍手コメント御礼!
★ほーちゃん様、コメントありがとうございます(^^)/ キッド様&快斗くん受け推奨の辺境ブログへご来訪下さり感謝です。リクエスト承りました~。しばらくしましたら、またぜひお訪ね下さいー(^^)/
[20回]