密室《2/2》(バーボン&キッド)
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あの少年を早く密室から解放しないと、何か起こるのではないか。
ぼくはエレベーターを待つ間も惜しく階段を駆け降りた。
静かだった。
先刻様子を見に来た時は、澱んだ気配が部屋の外まで色濃く滲み出ていたのに。
蠢くような鈍い振動、くぐもった悲鳴と低い嗤い声、不意に軋む忌まわしい異音。
そういったものが、地下全体に篭もっていた。
しかし、いまはそれがない。
ドアを叩いてみたが、なんの反応もなかった。
ぼくはキーを弾き、密室の扉を開けた。
真っ先に目に飛び込んできたのは中央に立つ白い裸身だった。
そして、血溜まりのできた床に転がる四人の組織員たち。
一目で判った。皆すでに息絶えている。
手には、各々拳銃が握られていた。
(なんてことだ)
予想を超えた事態にぼくは息をのみ、立ち尽くし、そして目を凝らした。
むこうを向いた少年の肌には凌辱を受けた生々しい痕跡がはっきり残っている。
しかし、ぼくはこの時少年の姿に畏怖を覚えていた。
立ち昇る蒼いオーラが、まるで少年の裸身を彩り朧に光っているように目に映ったのだ。
少年がぼくを振り向く。
目元が腫れ、頬には痣が、唇からは血が滲んでいる。
しかし、瞳には生気があった。
「これは…君がやったのか」
間抜けな質問だ。しかもぼくの声は情け無く掠れていた。
「まさか。今まで気を失ってたんだ。目が覚めたら全員死んでた。同士討ちだろ」
声も、話し方もしっかりしている。
少年の気力に内心驚嘆しながら、ぼくは上着を脱いで少年の肩に掛けた。
瞬間──ぼくを見上げた少年の、見透かすような瞳に射抜かれる。
「あんた〝NOC〟だろ。屋上に連れてってくれ」
「ぼくは組織の一員〝バーボン〟だよ。君を逃がしたら、ぼくが殺される」
「こうすれば言い訳できる?」
少年は膝を着くと側の死体から拳銃を奪い取り、ぼくを促した。
「あんたFBIか。もしかしてあんたが赤井?」
「冗談はやめてくれ。FBIも敵だ、ぼくにとっては」
つい、自分の正体を暗に認めるような返事をしてしまった。この少年には隠せないと、どこかで感じていたからだろうか。
屋上に出ると、深夜の黒空に星々が美しく煌めいていた。
「良く晴れているのに、今夜は月が無いな」
「新月だよ。ここでいい」
少年はふらつく体で懸命に背筋を伸ばし、肩を貸していた僕から離れた。
「殴るよ」
「わざわざ断りを入れてくれるとは、さすが怪盗紳士だね。こんな目に遭って、収穫はあったのかな」
「一つだけ言っとくけど」
「なんだい」
「このこと、誰にも話すな」
「ふふ。特に高校生探偵たちには…かな。それじゃ取引だ。君も絶対に明かすな。ぼくのこと」
了解と応える代わりに少年は腕を振り上げた。
軽く頭を下げて差し出した後側頭部をガツンとやられ、ぼくはその場に昏倒した。
加減はしてくれたのだろう。間もなくぼくは気がついた。
星の位置はほとんど変わっていない。
少年に拳銃の台座で殴られてから、まだ殆ど時間は経過していない。
風向きを見て、それらしい方角を見渡した。
数百メートル先───夏の星座の真ん中に、小さな白い翼を見つけた。
見る間に翼は遠く小さくなり、やがて視界から消えた。完全に。
これから、ぼくはバーボンとして組織に急を知らせなければならない。
密室の中で、どんな狂ったやり取りの末に男たちが果てたのかは解らない。
少年が本当に気を失っていたのかどうかも。
もしかしたら男たちが互いに撃鉄を弾くよう、少年が何らかの示唆を与えたのではないだろうか…。
そんな。まさか。
さすがに考え過ぎだろう。
目の奥に少年の白い裸体が艶めかしさを増して浮かび上がる。
とにかく、取引は成立した。
いずれにしろ今夜起きた組織にとって恥ずべき不名誉な事実は、すべて無かったことにされるだろう。
コードネームもない構成員が数名消えたところでジンは気にもとめないだろうし、ウォッカも関わるのは御免という体だった。
地下の部屋は永遠に〝密室〟となり、ぼくらは別のアジトへ移動する。
それだけのことだ。
20180523
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※怪盗が忍び込んだ目的はパンドラしかないのですが、それについての経緯結果は省略&ご想像にお任せです、、、(*_*;
●拍手御礼
「月光という名の真実」「ブラックシャドウ」「白昼夢」「サカナ嫌い」「囚人へ 拍手ありがとうございました。
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