ブラックシャドウ《2/2》(新一×快斗)
カテゴリ★インターセプト
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黒い影がグルグル回って……オレの心の闇に、大きな大きな渦を作る。
目を堅く閉じているのに。
消えない。ぐるぐる。
ぐるぐると─────。
かん高い金属音が耳に突き刺さり、頭が割れそうに痛み出す。
苦しい……!
黒羽…。
黒羽、どこだ……。
そばに、いてくれ。
快斗……………!!
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ガツンと、激しい衝撃に襲われる。
痛みを〝痛み〟と覚える前に、意識が遠のいた。
誰かが、オレの口をこじ開け……得体の知れない薬を飲み込ませようとしている。
忘れることなど出来ない。
体がばらばらになってしまいそうな激痛。肉も骨も溶けるかと恐れた熱さ。
────飲んではいけなかったのに。
なぜ、飲んでしまったんだろう。
本当なら、死んでいた。
オレはあの時……すでに殺されていたのだ────。
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「工藤、水飲めっか?」
体を丸め、苦しそうに頭を抱えている工藤の背に手を添えた。
うう…と工藤が呻く。
「起きれるか?」
たが工藤は『痛い、痛い』と呟いて両手でこめかみを押さえたまま動かない。
どうしよう。
完全に体調を狂わせたようだ。額に触れたら、熱かった。
「…………」
俺に気付いたのか、工藤が目を開けて俺を見上げた。
「工藤」
「…………」
「水、飲め」
肩を抱いて工藤の上体を持ち上げ、口元にコップを近付けた。
おとなしく飲むかと思った工藤は────唇にコップを付けると、突然体を強ばらせ顔を背けた。
「いや、だ……」
「飲めよ。熱あるみたいだし。一口でもいいから」
もう一度コップを口元に持っていこうとすると、もがくように暴れ出した。
「わっ、おいっ」
あぶねえ。コップが弾かれて、水がこぼれる。
「どうしたんだよ、工藤……」
はあはあと息をつき、朦朧とした様子の工藤をなだめる。
「……かい、と…」
〝快斗〟と呼ばれた。
「なんだよ」
快斗………。
もう一度呟いた工藤は、俺の肩に額を押し付けて動かなくなった。
────黒い影を引き摺りながら、背後に忍び寄る者たち。
オレだけでなく…オレの大切な人たちをも巻き込んで。
怖い。
怖いんだ。
逃げ出したくても、どこへ逃げていいのかも分からない────。
(あ……)
そのとき、頬に何かかが触れた。そっと。
すうっと意識が浮かび上がる。
『俺だよ、工藤』
耳に響く声音は、月を背にオレを惑わせた怪盗キッドの声だった。
だが、それは……オレにとって今は快斗のものだった。
そばにいてくれたんだ。
(快斗……!)
目を閉じたまま、快斗にしがみついた。
もっとそばにいてほしくて。
強く抱き締めてほしくて。
情け無いほど、独りが怖かった。
柔らかいものが唇に触れる。快斗のキス…。夢中で応えた。
あ、と思ったら、喉を水が通っていた。渇ききっていた体がもっと水分を求めて喘いだ。
快斗が口移しで飲ませてくれる水。
飲み込んでは快斗の唇を探し、何度もせがんで水を飲んだ。
優しくて…甘くて……。ひんやりと喉を潤し、ささくれヒビ割れていたオレの心に染み込んでゆく。
「工藤、大丈夫か?」
「………がまん……できね」
「苦しいのかよ。しっかり────わあっ」
オレは快斗を横倒しにして覆い被さった。
「美味すぎる……。快斗が飲ませてくれる水」
「ばっか、無駄に体力使わねえで休めっつーの!」
「無駄じゃねえよ……、あ☆イテッ」
ポカリと頭をグーで叩かれた。
「…ひでえ。アタマ痛えのに」
ふらふらしながら体を起こし、頭を押さえた。
「テ、テ、テ…」
「ちゃんと寝てろ! まったく世話が焼ける探偵だぜ」
「快斗」
「なんだよ」
「……トイレ行く」
だいぶ立ち直りつつあったオレは、冗談半分甘え半分で両手を伸ばして快斗にすがりついた。
快斗はブツブツ言いながらも────今日のはツケだかんな、次の俺の仕事は邪魔すんじゃねえぜ、とかなんとか言いながら、それでもオレに肩を貸してくれた。
〝名探偵がこんなに甘えん坊だとは知らなかったぜ〟という黒羽を、これからは『快斗』と呼ぼうと決めながら、オレは快斗に支えられて立ち上がった。
オレに纏わりつき、膨らんで渦を巻いていた黒い影は、なくなりはしないけれど、それでも我慢できるくらいに薄く小さくなっていった。
小さくなった影は、元通りにオレの胸の中の小さな扉の向こうへと去って行った。
とりあえずは、鍵をかけて閉まっておこう…。
いずれまた、向き合わなければならない時がきっと訪れるだろう。
それまでは─────。
20121020
[15回]