蠕動(ぜんどう)
カテゴリ★インターセプト2
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若い制服警官に案内され簡素な応接室に入ると、窓際に学生服姿の男が立っていた。
男が振り向いてオレを認める。
「工藤くん」
「白馬…!」
少々お待ちになっていて下さい、と警官は律儀にオレ達に敬礼をして出て行った。
「おまえも中森警部に呼ばれたのか」
つい白馬を〝おまえ〟と呼んでしまってから気付く。オレがオレに戻ってから白馬に会うのは初めてだ。
何か説明が要るだろうかと考えて入口に立ち止まったままのオレに、白馬は構わず言葉を返してきた。
「ええ。僕も君に会わなければと思っていました」
「…………」
どうして、と訊きかけてオレはまた口を噤んだ。
なぜ中森警部はオレと白馬を呼んだのか。なぜ、白馬はオレに会おうと思っていたのか。
中森警部と言えば怪盗キッドだ。
同じ高校生探偵の白馬も、オレとは別件で怪盗キッドとやり合ってきている。しかも白馬は快斗のクラスメートだ。快斗が〝怪盗キッド〟だと見抜いている可能性がある。
「黒羽くんが登校しなくなって三日経ちます」
「えっ」
考えていたところへ快斗の話を振られ、咄嗟に迷う。白馬と快斗の話をしていいのか。
白馬は─────信頼できるのか。
「昨日、黒羽くんの保護者代理と名乗る人物が休学届けを提出に来たそうです」
休学届け、だって?!
「いつまで。理由はなんだ」
「期間は二週間。海外にいる母親に用があって呼ばれたとの事ですが、実際は違うでしょう。二週間で戻るかどうかも甚だ疑問です」
「…………」
「二十日前、僕は黒羽くんに呼び止められて言伝を頼まれました」
「言伝? 二十日も前に?」
「ええ。彼の幼なじみやクラスメート達に宛てたものです」
なりふり構っていられない。オレは訊いた。
「どんな内容だ」
「〝もしかしたら、しばらく学校を休むかも〟〝戻ってこなくても心配するな〟と」
…戻ってこなくても、だって?
ゆらゆら床が揺れているような気がして、応接のソファーの背もたれに手を付いた。
二十日前? 何があった。
焦っていて、すぐに思い出せない。
「ある程度予定の行動だから、とも言っていました」
「それを…おまえに?」
長い指を顎に当て、白馬が小さくため息を付く。
「そうです。黒羽くんは君に何も告げていなかったのですか?」
鉛を呑み込んだかのような重たい感覚に包まれる。
これまでも連絡がつかなくなる事は何度かあった。しかし、しばらくすると快斗の方からひょっこり現れる。そんな事を繰り返してきたのだ。
だから、今回も待っていれば快斗は戻ってくると思っていた。そう思おうとしていたのだ。
だが。
いやな予想は現実になった。
快斗は消えたのか。本当に。
「僕は彼が〝怪盗キッド〟であると認識しています。彼はあくまで認めようとしませんが」
はっと顔を上げたオレを、白馬が挑むように見つめてくる。
「彼に何が起きているか、工藤くんは知っていますか」
「…………」
オレは首を振った。
そして思い返す。快斗の様子に違和感を覚えた事があった気がする…。
あれは、いつだ?
あいつはいつも、何を訊いても、肝腎なところは答えなかった。
二十日前。キッドの直近の事件のあとか。
「では、工藤くんが一番最近黒羽くんに会ったのはいつです」
「……十日前になる」
「そうですか」
白馬は快斗をよく知っている。快斗も、だから白馬に言伝を託した。
ここで快斗との事をしらばっくれても意味がない。
快斗…。
これまで快斗はオレに白馬の話をしたことはほとんどなかった。それは白馬を〝無視できない相手〟として意識していたからだったのだろうか。
「彼を失うことを、僕は自分に許さない」
「どういう意味だ」
呟くような白馬の言葉に、オレは思わず突っかかっていた。
「誤解しないで下さい。僕はクラスメートである彼を取り戻したいのです。黒羽快斗の日常を」
そういって白馬は僅かに目を伏せ微笑んだ。どこか淋しい目をして。
─────ああ。そうか。
締め付けられるような思いで、オレは悟った。
白馬も快斗を想っているのだ。
オレが知らない快斗の日常の中で、白馬は快斗を知り、快斗とともに過ごしてきたのだ。
「君になら、なにかもっと具体的な話をしているかもしれないと思ったのですが。しかしその様子では本当に聞いてないようですね。彼は最も身近であったはずの君にすら何も告げずに姿を消した────」
その時、ガチャッと音がして勢いよくドアが開いた。
振り向いたオレのすぐ後ろに中森警部が現れる。
「やあ、急に呼び出してすまなかった。君らの話が訊きたくてな。先日怪盗キッドが現れた美術館で、キッドが何者かに襲われた形跡があったんだ」
「キッドが襲われた?」
白馬が窓際を離れ、応接に歩み寄る。
中森警部はどすんとソファーに腰を下ろした。
「君らも座ってくれ」
「それは確かなことですか」
白馬が続けて訊き返す。
オレも白馬と並んでソファーに腰掛けてから同様に警部に質問した。
「警察は現場にいなかったと聞いてます。なぜそうと解ったんです?」
「屋上と側壁に、その晩に残されたと思しき違う種類の弾痕があった。周辺で警戒していた警官達や近隣住民の目撃情報からも、逃げ去るキッドの飛行が不自然だった事が分かっている」
「屋上だけでなく建物の側壁にも…ですか」
白馬が念を押す。
「そうだ。発砲音はなし。わしも近い場所にいたが、銃声は聞いていない。つまりサイレンサーが使われた。プロの仕業だ。見つかった銃弾もそうそう出回ってる類のものじゃなかった」
「僕らに訊きたい事とは何です」
「君たちはキッドと直接対する機会がこれまで何度もあった。その詳細を覚えている限り教えて欲しくてな。キッドが逃走時に何者かに襲われるのは、今回が初めてじゃないんだ」
呑み込んだ鉛が意志とは関係なく体の中へ落ちてゆく。
何かが、始まってしまった。
オレは半分うわの空だった。
できれば信じたくなかった。
快斗が消えたこと。
怪盗キッドが再び何者かに襲われたこと。
白馬が快斗を想っていること。
そのすべてを。
20130719
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※うひー、消化不良でスミマセン(*_*;
近日また進めたいです~。
●拍手御礼!
「月明かりのガーデン」「幻の境界」「金色の絲」「17歳partIII」「マロニエに吹く風」「落書き《窮地》カテゴリ★空耳」へ、拍手ありがとうございました~(*^^*)!!
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