パーフェクトムーン(新一×快斗)
カテゴリ★デジャヴ
※前回『風のメロディ』翌日編。
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「新ちゃーん、タクシー呼んで頂戴~!」
「いま呼んだよ」
数日前に突然やってきて何日居座るのか危ぶんでいたお袋が、急にロスに戻ると言い出した。
来た時と同様、帰りもまた突然だ。
まぁオレとしては、お袋にあれこれ突っ込まれる心配がなくなって一安心なのだが。
「………?」
急に静かになったと思ったら、お袋が玄関先で東の方角をぼうっと見ている。
「なにしてんだよ」
声をかけるとハッとしたように頬に手を当て、お袋はオレを振り向いた。その目がなんだか潤んでいるように見える。
「母さん?」
「ふふ…。内緒なんだけど、新ちゃんには少しだけ教えちゃおうかなあ」
「内緒ならいいよ」
「ちょっとぉ。そこ突っ込んで訊くとこでしょ?!」
「なんだよ、もう」面倒くせえな。
「あのね……私、お月さまに恋しちゃったみたいなの。うふっ♪」
「…………」
「新ちゃんたら、なによ。その無反応な感じ」
どう反応すりゃいいんだよ。
「父さんが〝浮気〟してんじゃねえかって怪しんでたくせに、自分もかよ」
「そうなのよ~。うふふふ♪」
何がウフフなんだか。
うっとりと空を見て頬に両手を当てて一人で笑っている。不気味。
「夕べのお月様、とっても素敵だったわ…。ドキドキして眠れなかったの。そしたら今朝になって優ちゃんが帰ってこいってメールくれたのよ。さすが優ちゃんでしょ」
「はあ」
どこらへんがさすがなのか判らないが、反駁も無駄な気がしてオレは適当に相槌を打った。
「忘れ物ないか? タクシーすぐに来るぜ」
「自分の家だもの、忘れたってそのまま置いといてくれればいいわよ」
荷物は発送してハンドバッグだけの身軽な姿のお袋が門を出てゆく。見送ろうと後からついて行くと、道端で立ち止まったお袋がまた東の空を見上げていた。
オレもつられて見上げると、そこには大きな月が昇っていた。
まん丸く明るい〝完璧な満月〟が。
「そうか……、今夜は仲秋の名月だ」
「お月様って本当にセクシーよね」
は?
「大丈夫かよ、母さん。夕べ帰ってきてから変だぜ」
普段と大差ない気もするが…それにしても浮かれている。
「分かる? こんな気分、久し振りなんだもの。騎士と魔法使いに同時に求愛されたお姫様みたい」
「………」
もはや何を言ってるんだか判らない。
「あ、タクシーが来たわ」
「気を付けてな。父さんに宜しく」
「新ちゃんも体に気を付けてね。夜更かししないで、朝ご飯ちゃんと食べるのよ」
「わかってるよ」
目の前に停まったタクシーのドアが開き、運転手が降りてきて帽子を取って挨拶する。
お袋が後部座席に乗り込んだその時、角からロードバイクが走り出てきた。
乗っているのは…
「快斗!」
思わず声に出してしまってから慌てる。お袋に気付かれた。
お袋がシートから身を乗り出して快斗を見ている。
「よお工藤。お袋さん、帰るのか?」
タクシーの脇で快斗がバイクに跨がったままお袋に頭を下げる。
降りてくるんじゃないかと思ったが、お袋はニコリと笑ってシートに座ったまま快斗にお辞儀を返した。
タクシーがゆっくりと動き出す。
〝新ちゃん、素敵ね!〟
お袋の声。そう聞こえた。
タクシーが遠ざかる。
「行っちまったな。有希子さんにもちゃんと挨拶したかったんだけど」
「…………」
日暮れたばかりの空はまだ明るい。
東の空に低く浮かんだオレンジ色の満月。快斗の横顔が重なる。
そういえば、気になっていたことがあった。
「快斗、昨日の夜、怪盗キッドが空を飛んでたって話がツイッターや動画でネットに…」
手でバイクを押しながら快斗が笑った。
「ああ、あんまり月が綺麗でさ。無性に飛びたくなっちまって」
「えっ、それじゃ動画は本物だったのか?!」
動画は複数アップされていたが、どれも遠撮のボケボケだったし、警察が出動したという情報もなかったからてっきり紛い物だと思っていた。
「それよか、名探偵と月見しようと思って来たんだ。つまみ買ってきたから、屋根裏で月を見ながら一杯やろうぜ」
快斗がコンビニ袋を持ち上げる。月見で一杯か。それはいい。いいんだけど…。
どういうことだ?
昨日帰ってきてからお袋が妙にはしゃいでいたのは。
恋人に逢わせろとか、怪盗キッドに逢いたいとかあんなに言ってたのに、親父に呼ばれたからってあっさり帰る気になったのは─────。
〝内緒なんだけど〟
〝お月様に恋しちゃったみたい〟
〝夕べのお月様、とっても素敵だったわ〟
「!」
ブブブ、と、ポケットの携帯が震えた。メール。お袋からだ。
携帯を取り出してメールを開いた。
『新ちゃんへ
白いマントの素敵な月の紳士から、探偵さんへ伝言。
息子さんにはいつも手を焼いて困ってます、ですって。もっと加減してください、だそうよ(^^)/』
「快斗!!」
米花センタービル…。
動画が撮られたのは米花街だ。
昨日街に出ていたお袋が立ち寄ったのは、おそらく米花センタービルに違いない。
そこへ怪盗キッドが降り立ったのだろうか。まさか。
「快斗、おまえ…昨日お袋に逢ったのか?!」
玄関ポーチにロードバイクを立て掛けて、快斗がオレを振り向く。
丸い目がいたずらに輝いていた。
「さあね。いいから早く来いよ。昇ったばかりの満月は格別だ。見逃す手はないぜ、名探偵」
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旅慣れた様子の商社マンたちはシートを倒して早くも寝息をたて始めている。
私も欠伸を漏らした。
眠い。
昨夜は家に戻ってからもバルコニーのベンチでずっと月を見て過ごしたから。だって、もったいなくって眠る気にならなかったんだもの。ドキドキが楽しくて。嬉しくて。
クスッと思い出し笑いをしてしまい、慌てて自分の口を両手で抑えた。
ねえ優ちゃん……私解ったの。
きっと優ちゃんも、新ちゃんも、知っていて黙っているのね。二人が黙っているなら、私も誰にも言わないわ。怪盗キッドが誰なのか。
うとうとと微睡みながら思い出す…。
私に一輪の薔薇を差し出してくれた可愛い小さなマジシャン。
あの日、私の〝騎士〟のひとり、黒羽盗一氏がカフェに連れてきていた彼の一人息子のことを。
くせっ毛で丸い目をした、やんちゃそうな男の子。
思い出したわ。小さな息子を彼はこう呼んで窘めていた。
〝こら、カイト!〟って。
────瞼に浮かぶのは風に靡く白いマント。
揺れるクローバー。謎めく微笑み。
月の下に舞い降りた魔法使い、怪盗キッドの姿だった。
ねえ…優ちゃん。あと少しだけ、許してね。もう少しだけ、素敵な夢の続きを見ていたいの。
目が覚めたら、優ちゃんのもとへまっすぐ飛んで帰るから。
ね…優ちゃん。
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「カンパーイ!」
「いえぃ~!」
部屋の灯りを落とし、クッションを置いて床に座り込んだ。コーラとウーロン茶とポテチとチョコで月見を開始する。
お手軽だが、こうして快斗と二人で過ごせるなんて素直に嬉しい。
チョコに手を伸ばすと、顔が快斗に近付いた。
どちらともなく軽くキスを交わして、笑い合った。
開け放した屋根裏の窓から見えるのは完璧な満月。
輝く光が魔法のようにオレたちに降り注いでいた。
20130921
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※昨日の満月の夜中にupしたかったのですが間に合わず。とほほ…。
●拍手御礼!「風のメロディ」「Love cuffs」「不協和音」へ拍手どうもありがとうございました♪♪
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