霧の中の再会
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※新一視点にてスタート─────────────────
黄昏から宵闇へと移ろう時刻。霧のような雨が街をぼんやりと霞ませ始めていた。
その中を駆ける。
快斗の幼馴染みや仲間たちの顔や言葉を思い出しながら。
オレにも、快斗にも、それぞれの高校生としての日常がある。当たり前のことだ。
たぶん───ほんの少し、もし僅かでもどこかで歯車がずれていたら、オレたち二人は出逢っていなかっただろう。
ただ街中ですれ違い、行き過ぎて、各々の日常を生きていたはずだ。
だが、オレたちは出逢ってしまった。
オレは江戸川コナンとして、おまえは怪盗キッドとして。
工藤新一でもなく、黒羽快斗でもなかったオレたちは、互いに仮りそめの姿で何かに導かれるように出逢うべくして出逢ったんだ。
そしてオレたちは気付いた。
お互いがかけがえの無い、もう一つの自分の欠片だという事に。
気が付いたんだ───。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
霧雨に包まれたビルの屋上から眺める街は、一面が曖昧で朧な夢の中の景色のようだ。
今の俺の気分と同じ。
さっさと工藤の家に戻ればいいのに。
戻って待っていれば、遅かれ早かれ工藤は帰ってくる。
なのに、なんで俺はこんなトコに来ちまったんだ…?
初めてアイツと──あの小さな名探偵と出逢ったこの場所に。
小さな名探偵の鋭い眼差し。だけど軽くて華奢で。抱き上げるといつも少し怒ったように紅く膨らむ柔らかな頬…。
あの名探偵にはもう会えない。
わかってる。
工藤に戻った工藤に早く逢いたい気持ちは本当だ。
だけどコナンくんに二度と逢えないという寂しさも、やっぱり胸の奥底にあって。
工藤に会って、それを見透かされるのが怖い。
せっかく元に戻った工藤に、ほんの少しでも俺のそんな思いを感じ取られたら。
…工藤が可哀想だ。
苦しんで苦しんで、やっと元の姿にに戻れたのに、それを心から喜んでやれないなんて。
つまり、あれこれ言い訳して工藤に会うのを延ばし延ばし遅らせてたのは、そういう事だ。
コナンくんを決定的に失ってしまった痛みを、当の本人に悟らせたくない。
勝手な言い草だよな…。わかってる。
わかってるけど、工藤に会いたいけど、コナンくんの事を思い出してしまうのがつらいんだ……。
「…?!」
キィと音がして、俺のいる真下の屋上出入り口のドアが開く。
ドキリとして身構える。
こんな天気の夜に、誰が。
まさか、と思いながら跳ね上がった鼓動に鼓膜が破れそうなほど震えてる。
そっと立ち上がったが、濡れて体が冷え、ロボットのように動きがギクシャクしてしまう。
周辺の看板の照明や、高度灯の明かりが霧雨に反射して真下に現れた人物の姿をまるで異世界に転生して来た “異人” のように霞ませている。
その人物が一歩二歩あるくと、立ち止まり、こっちを振り返った。
まるで最初から俺が此処に居ることを知っていたかのように。
「快斗! いるのか?!」
「く、どう…。なんで、此処に…?」
「おい、聞こえねーぞ! ちゃんと声だせ!!」
耳の奥がジーンと痺れて平衡感覚が無くなる。
立っていたはずなのに、足元が崩折れる様にふわふわと浮いて、俺は霧雨の海の中に落ちて行った。
気がつくと、俺は硬くて濡れた屋上のコンクリの上に尻もちを着き、上半身を熱い何かに強く包まれていた。
(え…? あれ……??)
「バカ野郎、なにやってんだ! 怪盗引退して、もうこんなに鈍ったのかよ!」
「………」
紛れもないアイツの声。アイツの体温。
心臓がバクバクして、耳の奥は相変わらずキーンって痺れてて、これが現実なのかイマイチ釈然としないけど、とりあえず苦しい。めちゃくちゃキツく抱き締められてるからだ。
(く、ど……う…?)
工藤だ。本当に工藤なのか。
なんで…俺がここにいるって解ったんだ。
「バッカみてーだな、オレたち。行き違いでさ。行ったり来たり。白馬や青子さんにも会ったぜ」
「えっ、まじで」
思わず声が出た。
声が出たついでにやっと顔を上げて工藤の顔を見た。
そしたら目の前数センチに雨で濡れた前髪の工藤のイケガオがあって衝撃的にクラクラして思わず目を瞑った。
薄暗いのにカッコ良すぎる。
その工藤にやっと再会できて、いま抱き締められてると思ったら、このまま昇天してもオッケーかなと思えるくらい幸せな気分になった。
「おい、目ぇ開けろ、快斗」
「やだ」
「なんで」
「工藤がカッコ良すぎて目が潰れる」
「バカ。なに言ってんだ。起きろ。風邪引く。帰るぞ」
「やだ」
「コイツ(イラッ)」
ぐいっと工藤に腕を引っ張られ、イテテと嘆く。
「ビショビショじゃねーか。このバカ」
「工藤だって。バカバカ言うな。お互い様だろ」
小さな名探偵と初めて出会ったこの場所は、戻ってきた工藤新一と再会できた場所にもなったのか。
コナンくん。
コナンくんはココにいる。
工藤と、俺の中に。
ずっと一緒だ。
「コナンくんも、ずっと一緒だよな」
「ああ。コナンもいる。コナンも…ここに」
「工藤」
コナンくんの名を口にしたとたん、工藤の声が曇った。
並んで立ち上がった俺はその事に少しびっくりして、思わず工藤の体を抱き返した。
「工藤、オマエが帰ってきてくれて本当に嬉しい。すぐ会いに来なくてゴメン。これからは…側にいるから」
工藤の返事はなかった。
ただ熱い吐息を肩に感じていた。
俺たちの二度目の出逢いの場所になったビルの屋上は、足元すらよく見えない靄(もや)に覆われていた。
向かいのビルの照明が霧に反射し、大きく朧な弧を描いていた。
エピローグにつづく
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※ゴールが見えているのにどう辿り着かせようか迷ったあげくこんな感じになりました(汗)。もう少し手を入れるかもしれません。あとはエピローグ=後日譚でこのカテゴリをまとめたいです。
●拍手御礼
「噂の二人」「空耳」「ダブルムーン」「フェアリーナイト」「禁断」「月光に晒されて」
拍手ありがとうございました!
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