呪縛《3/3》(白馬×快斗)
※快斗くん視点つづきより。
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俺は膝を着いて、自分で立ち上がった。
荷物をひっつかんで走り出す。学校を飛び出した。
頭がぼーっとしていた。
ぼーっとしたまま、白馬の前にいてはいけない気がした。
玄関に鍵をかけてスニーカーを脱ぎ捨て、自分の部屋に駆け上がった。
中に入ってカバンを投げ出す。
制服のままどすんとベッドに倒れ込んだ。土の匂いがした。
あーカッコわりィ。
なんだろ、この疲労感…。
横倒しになって開いたカバンからノート類が飛び出していた。
その中に混じっているカラーの冊子。
白馬にもらったやつだ。世界のイリュージョニスト。
ここに載っている〝ゴールドバーグ2世〟が、やはりスパイダーの正体なんだろうか。
「………」
冊子になんか挟まってる。折り畳まれた白い紙。手を伸ばして引き出した。
「…なんだ、これ」
広げた紙にプリントされていたのは何かの資料の抜粋だった。
身体的特徴や血液型、推定年齢、その他諸々の解析結果。固有名詞こそなかったが、それが何を対象にしたものであるかは俺には一目瞭然だった。
俺はプリントをひっちゃぶいて丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
白馬のヤツ、俺にこれを見せるためにわざわざ本に挟んで寄越したのか?
わざと俺に近付くために、スリーオンに加わったのか…?
ふざけやがって…!!
なぜだか解らないほど、頭に血が昇っていた。
ない。鞄に入れたはずなのに。
ひっくり返して中身を全部確かめたが、プリントアウトは見つからなかった。
手帳に挟んだまま学校へ持って行ってしまったのがいけなかった。落としては拙いと思って鞄に移したのに。もっときちんと仕舞うべきだった。
最悪の可能性に思い至って、僕は重い溜め息を付いた。まさか、あの本の中に。
もし彼があのプリントを目にしたら。
もしそうなら、なんという迂闊な事をしてしまったのだ、僕は。
窓を開けて外の空気を吸った。冴え冴えと尖った細い三日月が、僕の心に突き刺さるかのようだった。
翌日。
黒羽快斗は普段と変わりなく過ごしていた。いつものように友人たちと騒ぎ、幼なじみの少女とたわいない言い合いをして。
だが、休み時間に教室の出入り口で僕と出くわすと、突然彼の気配が殺気立った。思わず立ち止まった僕の横をすり抜け、そのまま背を向ける。僕への拒絶の意志を強く漂わせて。
これではっきりした。
あのプリントは、やはり彼の手に渡ってしまったのだ。そして彼は、僕がわざとそうしたと思っているに違いなかった。
「黒羽くんを捜してるなら、屋上よ」
「小泉さん」
「どうするつもり? 白の騎士」
魔女を自称するクラスメートの美少女。
僕の迷いを見透かしたように行く手に現れる。
「どうすべきかなんて、僕にもわかりはしません。ただ」
彼に憎まれたままでいるのは辛すぎる。
短く彼女を見詰め返すと、僕は魔女の言葉を待たずに足を踏み出した。
白馬探は屋上へ向かった。どっちもどっち。魔女は不吉を招くとしか思っていない。
「まったく…」
「紅子ちゃん、快斗知らない? カバンないんだけど…もう帰ったのかな」
「さあ。ね、中森さん、たまには一緒に帰らない?」
「えっ」
にこりと微笑みかけると、青の少女は可愛らしく肩を竦め、そだね、と笑った。
黒羽快斗は昨日までのクラスメートではなかった。
誰もいない屋上の手すりに寄りかかり、表情はあくまでポーカーフェイスを装っている。しかしその心が僕への敵愾心に溢れているだろう事は容易に想像できた。
「なんか用かよ」
「あの本、見てくれましたか」
「どの本」
「スパイダー…、ゴールドバーグ2世のスケジュールが載っていたでしょう。彼は来月また来日する。今度こそ君の、怪盗キッドの息の根を絶つために」
黒羽快斗は歯を見せて笑った。
「おかしなこと言うね」
「なんです」
「俺が怪盗キッドだって言ってるわけ? バカじゃね」
「君は誤解している」
「何を」
「あのプリントは君にも誰にも見せてはならないものだった。本に紛れていたのは僕の落ち度です。申し訳なかった。しかし、わざとではありません」
「知らねー」
黒羽はカバンを掴み上げると僕の脇を通り抜けようとした。僕は彼を遮った。
「どけよ」
「どきません。誤解を解いてくれるまでは。僕は君を護りたいんです。…黒羽くん!」
駆け抜けようとした彼の腕を掴んだ。
黒羽が僕を睨み上げる。
「離さないとぶっ飛ばすぜ」
「君がキッドでないというなら、なぜそこまで僕に怒りをぶつけるんです」
「うぜーんだよ。アホなことばっか言いやがって!」
黒羽が体を捻る。振り回したカバンで顔を打たれそうになり、腕でガードした。
いま手を離すわけにはいかない。
「昨日のスリーオンも、わざと俺を転ばせたんだろ!」
「え?!」
黒羽の膝蹴りが急所に入りそうになる。避けた勢いでもつれ、僕たちは折り重なるように屋上に倒れ込んだ。
僕は肘と膝をしたたかに打って歯を食いしばった。
黒羽は? 頭を打ったのではないだろうか。ヒヤリとして見下ろすと、黒羽は顔をしかめて呻いていた。
「黒羽くん…!」
黒羽が霞んだ目を開く。苦痛のためなのか、黒羽の目尻から涙が零れ落ちるのを目にして僕は理性を失った。
僕は────僕は怪盗キッドに心を奪われたのだ、あの夜。スパイダーに惑わされたとはいえ、僕はキッドを抱いた。狂おしいほどの想いを初めて知り、同時に死にたくなるほどの自己嫌悪に襲われた。だが彼は僕を赦すことで僕を救ってくれたのだ。
君とキッドが同一人物であると分かっても、すぐには君とキッドを結びつける事が出来なかった。
でも、でも今は────。
じいんと後頭部に痺れが広がる。
とっさに受け身をとったつもりだったが、一緒に倒れてきた白馬に押され、頭を打ってしまった。
ちくしょう。
白馬を振りきることが出来ないなんて。
霞む目を開けると、目の前にまた白馬の顔があった。昨日と同じ。
いや、あの夜と同じだ─────。
俺は白馬の腕の中で。
唇を覆われて……。
はっと気が付く。
今は、俺はキッドじゃない。昨日のバスケの続きでもない…!
白馬が、ウ、と呻いた。
唇が離れる。白馬の唇に血が滲んでいた。
俺は白馬を突いて体を起こした。最悪。二日連続で白馬に倒されて。
「…!」
起き上がろうとしたら、手を掴まれた。
「しつっ…けえぞ、白馬」
「手を離しますから、無理をしないで。ゆっくり起き上がって下さい」
白馬の顎に血が伝う。俺が噛んだのか。また、あの時のように。
白馬が手を離す。俺は自分の膝に手を置いてぐらぐらしながら頭を起こした。
「黒羽くん、昨日のバスケットは…確かに初めは君の動きを確かめようとして見ていました」
「…………」
眩暈がする。返事する気にならない。
やっと上体を伸ばした。
「ですが、見ているうちに本当にバスケットがしたくなって…。僕はこれでもイギリスではハイスクールのクラブに入っていたんです」
俯いたまま、白馬は独り言のように呟いた。
「僕は怪盗キッドを護ります。スパイダーから、必ず君を護ってみせます」
階段の扉を開けた俺の耳に、振り絞るような白馬の声が聞こえていた。
紅い焔に照らされながら、私はその炎が造りだす踊るような影を見ていた。
ルシュファーの予言は何も悪しき事ばかりではない。それを告げようとしたのに。
「……されどふたつの光一つとなる時、姿を変えし浮舟現れ導かん」
まあ、いいわ。
予言も運命も信じないと言うなら。
私が見届けてあげる。
あなたたち二人の呪縛の、その先を。
20130320
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※うわぁ~;;な あとがき(*_*;
も少し甘め展開のつもりで書き始めたんですが、誤解でこじれてややこしくなっちゃいました(汗)。うーん、いずれまた続きを…次はまた白Kにて。このお話はテレビアニメコナン枠のキッド様スペシャルがベースなので、新一は出番ナシです…(+_+)。
[18回]