フラストレーション《2/2》(白馬×快斗)
カテゴリ☆噂の二人
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この僕が未だ掴めないもの。
それは…僕の心を盗み、翻弄し、思考を狂わせる〝怪盗〟の真実だ。
本当に今夜、黒羽は再びこの部屋を訪れるだろうか。
僕を待ちぼうけにさせ、知らん顔をするつもりなのではないのだろうか───。
帰ると、出張から戻っていたらしい父親が警視庁からの迎えの車に乗り、家を出るところだった。
何かあれば時と場合を問わず出張るのは職務上常なので驚かないが、このところ大きな事件のニュースは耳にしていない。何か非公開の件で進展でもあったのだろうか。
───興味を覚えたが、今夜ばかりは家を動くつもりはない。大人しく父親の外出を見送った。
午後10時を過ぎた。
もう黒羽が現れてもいい頃だ。
はやる想いに胸を灼かれ、僕は窓を開け放った。
夜空をぐるりと見渡す。月は半分雲に隠れ滲んでいた。邸内の敷地を照らす灯りが余計に周囲の影を濃くし、潜んでいるかもしれない怪盗の姿を眩ます役に立ってしまっている。僕は大きく息を吐いた。
すると、不意に背後に気配を覚え、僕は驚いて後ろを振り返った。
「───黒羽くん!」
黒衣の黒羽が僕の部屋の中央に立っていた。まるで自然に……ずっとここにいたかのように。
「どうやって……」
黒羽はポケットに両手を差したまま無言で小さく肩を竦めた。どこからでも入れるさ、とでもいうように。
「黒羽くん?」
「あんま時間ねえんだ」
「どういうことです」
「用があっから。顔見に来ただけ。もう行く」
僕の脇をすり抜けようとする黒羽の腕を掴んだ。
「そうはいきません」
「バカ。放せよ」
「……………」
違和感を覚えた。
なんだろう、この違和感は。
僕は気付いた。今の黒羽は〝クラスメートの黒羽快斗〟ではない。
姿は黒羽快斗でも───気配は〝怪盗〟だ。ここにいるのは〝怪盗キッド〟なのだ…!
「ダメです。行かせません。僕との約束は守ってもらいます」
「だから来ただろ」
僕は強引に黒羽を引き寄せ、頭を抱え込むように抱き締めた。逃れようと黒羽が暴れる。互いにもつれてバランスを失い、二人してベッドに倒れ込んだ。
シーツの上に斜めに体を落とした黒羽を上から抑えつける。黒羽が眉を顰め、体を硬くするのが分かった。
「君は───どこまで人を惑わせるんです」
「そんなつもりねえ」
「よく言いますね。僕はこの二週間ずっと堪えてきたんです。君に欺かれてね。今夜は絶対逃がしませんよ、怪盗キッド」
そう呼ぶと、黒羽の目の色がさっと変わった。
ようやくピンときた。
黒羽がこのところ僕を避けていたのは、もしかすると……。とすれば、何を訊いても答えてはくれまい。
抑えつけたまま、黒羽に口付けた。
ぎりぎりまで引かれた弦(つる)が弾けたように───激しく。
黒羽が〝んん〟と喉を鳴らして身を捩る。唇が離れた。しかし僕は黒羽を放さず様子を見ながらその体を探った。
「ばかっ、放せって!」
「……………」
シャツの下に忍ばせた手が、黒羽の胴に巻かれた包帯に触れた。やはり。
黒羽を見ると、ふてくされたように唇を噛んでそっぽを向いている。
「体をお見せなさい」
「いやだ」
「往生際が悪いですね。怪我をしているのでしょう。だから君は……」
僕を避けていたのか。
ここしばらく〝怪盗〟として密かに動いていることを、僕に悟らせないために。
そして怪我の原因もおそらく探偵である僕に知られては不味い事なのだろう。
ポン!と音がして、目の前にパステルイエローの煙幕が拡がる。怪盗の常套手段だ。しかし暴れようとも押さえた手は放しはしない。
ハッとなった。
僕が押さえつけているのは枕だ。すり替わっていた。やられた! 怪盗の手際に舌を巻く。
「待ちなさい、黒羽くん!!」
『申し訳ありませんが、今宵は仰せに従うわけには参りません』
聞こえてきたのは〝怪盗〟の声だった。
「黒羽くん……〝怪盗キッド〟!」
『その名を無闇にお呼びにならないよう…白馬探偵』
………………気配が消えた。
行ってしまったのか。
呆然とベッドに座り込む。
この手をすり抜けて───いったい何をしようとしているのか。黒羽快斗。怪盗キッド。君は…!
「………」
僕は我に返ってテレビを点けた。携帯のニュースサイトも同時に検索する。
Newマークのついたトピックに〝怪盗キッド〟の文字を見つけて目を見張る。
テレビのニュース映像が切り替わった。S財閥の美術館を背景にリポーターが立っている。
『ついさきほど、警察がこちらに到着しました。警察の発表から、まだ一時間もたっていません! 』
『怪盗キッドは、果たして予告通りに現れるのでしょうか?!』
『現場には怪盗キッド逮捕に向け、警察の専任警部ほか、今回の怪盗キッドの暗号を解いた高校生探偵・工藤新一くんも着ているそうです!!』
僕はテレビを消し、どさりとベッドに倒れ込んだ。
フラストレーションは限界を超えても、どうすることも出来なかった。
果たして───怪盗キッドは狙い通り、あの包囲網の中を突破して目的の物を盗み出せるのだろうか。
きっと、やってみせるのだろう。
たとえどんな罠が仕掛けられていようと、怪盗キッドは予告通り華麗なショーを繰り広げ、観衆の絶賛を浴びるに違いない。
明日になれば、まるで何事もなかったように幼なじみと共に登校してくるのだろう。欠伸を漏らしながら、噂で持ちきりの怪盗のニュースに小さく笑みを浮かべて。
僕はベッドのシーツを一発思い切り叩いた。自分の拳が痛いだけなのに。
どうしようもない。
僕は携帯の電源も落とし、突っ伏したまま黒羽の残した僅かな匂いを胸に吸い、目を閉じた。
20120809
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あとがき(イイワケ)
ひー。文字通り不完全燃焼でスミマセン(汗)。今回は短めでまとめようと思っていたせいで、ますます〝フラストレーション〟を溜めてしまう結果に……(*_*;
次回「噂の二人」を書く時は、またおちゃらけな恋人の感じにしたいです~。
※以下、拍手コメントへのお礼です。
琥珀さん! いつもありがとうございます!『闇に棲む蜘蛛』のつづき…(^^;) 私としても現状中途半端なのは気にしているのですが、悩んでおります;;最初からまとめることを無視して妄想シーン先行でしたので…って、他の話もみんなそうなんですけど(汗)。もうちょいしたら、なにかしら考えますね! リクエストありがとうございました~ (*^^*)。
※瞳さん、あまり白馬くんが報われてなくてスミマセン(>_<)。じ、次回こそ…!
[9回]