月に求愛 ~ムーンストーン~(新一×キッド)
※2012.11.1upの『月と待ち合わせ ~ムーンストーン~』続編。よもや続きがあるとは?! なヘンテコ編(^^;)。
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キッドがオレの求愛に返答(かえ)してくれた暗号。
その暗号が指し示す場所で、オレはヤツが現れるのをドキドキしながら待っていた。
今夜もヤツは目的のジュエルをいったんは盗ったくせに、天敵の警部の懐にそれを戻して消え去っていた。
見上げる空にはやはり満月────。 逃げ足の早い〝白兎〟を見上げてヤツを想う。 約束の場所であるオレ達が運命の出逢いをしたビルの屋上で、オレは思いっきり声を張り上げて月に向かって叫んだ。
「好きだ、キッド! オレはおまえを愛してる!!」
大きく深呼吸してから振り向くと、意外なほどすぐそばに目をぱちくりさせた怪盗が美しくマントをたなびかせて佇んでいた。
「キッド。逢いたかった」
「……私が後ろにいるとお気付きでしたか」
「いいや」
「あの……では、いまのは」
「満月に打ち明けたのさ。オレの想いを」
「……………」
キッドはやはり戸惑っていた。それでもこうして来てくれたのだから、脈は十分以上にある。
約束を違えず現れてくれた想い人の前へと一歩近づく。
「キッド……オレの気持ちだ。受け取ってほしい」
用意してきた贈り物をポケットから取り出した。手のひらに掲げてキッドに差し出す。
「私に?」
「ああ。オレが選んだ。きっと似合う」
「………………」
キッドは白い手袋の指先を伸ばすと、青いビロードの小箱をそっと手に取った。
「…………」
小箱を開けたキッドが小さくため息を付いたのが分かった。オレのドキドキも最高潮だ。
キッドは摘まんだ楕円の貴石を静かに月に翳した。
神秘の力を秘めた月の光を宿す石。
満月の淡い煌めきを映した〝ムーンストーン〟は、愛する人との出逢いと恋愛を成就させてくれるという、オレにとって最高のパワーストーンだ。
「美しいですね。これを私のために?」
「ああ。迷ったが、加工はしなかった。世界的なビッグジュエルを幾つも手にしてきたおまえにとっては〝宝石〟のうちにも入らないだろうけど」
「そんなことはありません」
「だが、オレにとっては」
キッドに一歩さらに近付いた。キッドは微かに身構えたが、引きはしなかった。
「心からのブレゼントなんだ。キッド、おまえへの。これはおまえの石だ。神秘の月の────」
キッドの目の前まで近付いた。そのままキッドの背に両手を回す。その体が微かに竦むのが伝わってきた。
夢のようだった。
オレは捕まえたのだ。いま、怪盗キッドはオレの腕の中にいる。憧れて憧れて、恋しくて恋しくて追い続けたキッドが。
オレは秘かに確信していた。
キッドは正体を隠し、何かを探し求めて独り彷徨(さまよ)っている。しかし求めている物が見つかる様子はない。
世間を騒がす神出鬼没の〝怪盗〟は、きっと孤独に違いなかった。本当は誰かに己を知ってほしいと願ってる────。
オレはキッドの頬に唇を寄せた。そしてキッドの溜め息が漏れるのを待ってから、その唇に口付けた。想いを込めて。柔らかく…包むように。
キッドは逃げなかった。 だが唇を離して顔を見ようとすると、その表情は俯いて隠れてしまった。
「キッド」
「…名探偵、私は」
「だめだ、放さない。オレの気持ち分かってくれたんだろ?」
「ですが、私は」
「明かしたくないことは明かさなくていい。だからどうか…オレの求愛を受け入れてほしい。キッド、おまえが欲しい……」
────ぱし。
「あ」
「・・・あっぶねー! 騙されるとこだった!!」
げ。気付かれた。
照準を開いた腕時計型麻酔銃の左手を、キッドにしっかりと掴まれていた。このまえ灰原に用意してもらった薬の改良タイプ。
「キタネエぞ名探偵! 甘い言葉とプレゼントで騙すなんて…! 」
「勘違いするなキッド、これは」
「ふざけんなっ、てめー探偵の風上にも置けねえ! 怪盗の心を弄びやがって!」
「違う!」
「んじゃなんだよこれ! こないだみたく人の自由を奪っておいてヤル気だったんだろうが! 最低!」
「違うってば! このあと移動する間だけ眠ってもらおうと……怪盗の姿のままじゃ連れてけないだろ!」
「最低・サイテイッ! 眠らせて身包み剥ぐつもりだったのかよ!? 信じかけた俺がバカだったーっ!」
「キッド待て!!」
走り出そうとした怪盗のマントを掴んで引き寄せた。
ジャキと引き金を引く音がして、オレの眉間にトランプ銃が押し当てられる。
「放せっ、バカヤロー!」
「絶対に放さない」
「この……!!」
引き金に掛けたキッドの指が動く。しかしオレは構わず突っ込んだ。キッドを抱き締めるために。
気が付けば、折り重なるように二人して倒れ込んでいた。
白いマントが広がったその上で、オレはキッドを抱き締めていた。
「……撃たなかったのか、キッド」
「…………」
覗き込んだ怪盗の貌からは、モノクルもシルクハットも外れて転がり落ちていた。
素顔の怪盗は、ただ蒼い瞳を潤ませてオレを見上げていた。胸が痛くなる。愛おしすぎて。
「────どうしろってんだよ」
「キッド…?」
「おまえ…強引すぎるんだよ。愛してるって言われて…それでオーケーしたら即って、そんなん無理だろが」
キッドの目から透明な雫がこぼれ落ちる。
美しい…まるで生まれたての〝ムーンストーン〟のようだ。
「すぐじゃなければいいのか」
「そういうハナシじゃねえ! おまえのそーいう感覚が信じらんねえってんだよ」
「どうすれば許してくれるんだ」
「……………」
オレから目を逸らせた素顔の少年がつぶやく。
「……わかんねえ。名探偵のことは…嫌いじゃない。だけど押し切られるみたいにして流されるのは嫌なんだ」
素顔になった怪盗は、ものすごく素直に言葉を発していた。
怪盗の仮面を外した素顔の少年に、オレは眩暈がするほど惹きつけられる自分を覚えて舞い上がった。
「………この石、綺麗だ」
キッドはオレが贈った〝ムーンストーン〟を手に持っていた。
「ああ。一生懸命探して……選んだんだ。おまえに相応しいものをと」
「この石は、そう簡単には手に入らない」
「ああ。苦労した。だけどおまえにどうしても贈りたくて」
金額の問題ではない。それでも苦労したのは本当だ。ムーンストーンをキッドに贈ろうと決めてから、オレは寝る間も惜しんで探し続けたのだ。怪盗キッドに求愛するに相応しい〝ムーンストーン〟を。
「こんなに綺麗な〝宝石〟は初めて見たよ……。これまでに見たどんなジュエルより綺麗だ。ありがとう。この宝石を俺に贈ってくれた名探偵の気持ちは…受け取るよ」
次に我に返ると、満月は大分位置を変えていた。
キッドは姿を消していた。
オレにとっては喜びと哀しさが半々の結果だが、仕方なかった。惜しかったが、そう簡単に手に入る〝怪盗〟だとももちろん思ってはいなかった。
「あ……」
胸の内ポケットに固い小箱の感触。オレは青ざめた。まさかキッドは〝ムーンストーン〟を返していったのか?
そんな。
受け取ると────言ってくれたはずだ。それとも、あれはオレの願望が聞かせた幻聴だったのだろうか。
恐る恐る小箱を取り出して、開けてみた。
………ホッとする。
箱の中には、四つに折り畳んだカードが一枚入っていた。そのメッセージは。
〝私が怪盗でなくなった時、名探偵のお気持ちに変わりがないと解れば、その時は真実の姿であなたのもとをお訪ね致します〟
「………ふ。キッド。おまえやっぱりカワイイぜ。怪盗家業なんて、オレがおまえをとっつかまえて一刻も早くやめさせてやる!」
怪盗キッド。
オレは諦めない。おまえが頷いてくれるまで、何度だって求愛する。何度でも危険を冒して逢いに行く。
キッド。名も知らぬ真実の少年。
おまえを愛してる────。
20121211
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※最後まで微妙なテンションのまま不完全燃焼でスミマセン…(*_*;
※林檎様、拍手コメント&お気遣いいただしましてありがとうございます!
今週は少し持ち直してるので、またぼちぼちボンノーしていきたいです(^^;)。
[11回]