桜舞う宵(新一×キッド)
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初めて怪盗キッドと邂逅した夜から、一年が経つ。
この一年の間には(オレにも、おそらくキッドにも)とても語りきれないほど多くの事件や出来事があった。
そしてオレたちは、ようやく約束の〝二度目の出逢い〟を果たそうとしている。
花見客で賑わう夜の灰戸中央公園。その奥まった東の端に、一本の桜の木がある。さほど大きくはないが、四方に枝が広がったなかなか見事な桜だ。
しかしすぐ脇が金網で、その先は鬱蒼とした雑木林、周りにはベンチも芝生もない。さらに夜店が出ている会場から離れているため、この辺りには人気(ひとけ)がなく、ひっそりと静まり返っていた。
「寒むっ」
ひゅうと風に吹かれ、首を竦めた。
夕刻から雲が出て急激に気温が下がってきた。ここ数日の暖かさで一気に満開になった桜も、驚いたように花弁を震わせている。
それでも夜桜見物に集う人々は多いようだ。風に乗って時折り遠くの賑わいが聞こえてくる。誰もが美しい桜の花の、その儚さを知っているからだ。
オレは揺れる桜の枝の向こう、晴れていれば満月が輝いているはずの夜空を見上げた。
ここがオレたちの待ち合わせの場所だった。
最後にヤツと対峙したのは二週間ほど前だ。
某事件の解決後、オレは警官にパトカーで家へ送ってもらう途中だった。そこへ突然ヤツが姿を現したのだ。
何気なく窓から外を見ていたオレは、交差点の上空を横切るヤツの翼にハッと体を起こした。
見間違えではない。何度も追ってきた白い翼だ。
オレは適当な理由を付けてパトカーを降り、キッドの飛行を目撃した通行人が騒ぐ中、目に付いたビルへ真っ直ぐに走った。
なぜそのビルを目指したのか自分でも解らない。
ただ、予感はあった。オレが一人になれば、きっとヤツの方から姿を現すと───。
ヤツはマントを緩く靡かせ、屋上でオレを待っていた。オレが数歩手前で立ち止まると、シルクハットを外してふわりと跳ねる後ろ髪を見せ、ヤツは軽く頭を下げた。
「私の誘いに応じて下さり、ありがとうござます。名探偵」
「なぜ現れた? 予告はなかったと思うが」
平静を装ったが、すでに予感は確信に変わりつつあった。
キッドは何事かをオレに告げようとしている。そのために現れたのだ。
「お察しいただいているようですから、前置きは抜きにいたしましょう。今宵はご挨拶に伺いました。こうしてお目にかかるのも、これでお仕舞いです」
「お仕舞い…?」
「はい。私のマジックは完成しました。怪盗キッドは消える。今度こそ本当に。完全に」
「……」
オレは返答できなかった。
消える。お仕舞い。つまり、それは…。
「───目的を達成した、ってことか」
怪盗は少し目を伏せて微笑んだ。
「ご想像にお任せします。ではお別れに、これまで散々私の邪魔をして下さった名探偵へ敬意を表して最後のマジックを仕掛けて差し上げましょう」
言うや否や、キッドは手にしたシルクハットをブーメランのように投げ放った。
クルクルクルと回転しながらシルクハットはオレの背後で大きくカーブした。目で追うオレの周りに細かな白い吹雪が渦を巻いて湧き起こる。
「桜…?!」
まるで本物の桜の花吹雪のように、淡い〝花びら〟に包み込まれる。
『ご機嫌よう、名探偵。さようなら』
「待て、キッド! まだ話が───」
だが、振り向いた時には、すでにヤツの姿はなかった。
ただ桜の花びらに似せた小さな丸い紙片が、勢いを失い、散り散りに舞い落ちるだけ…。
いや、さっきヤツが立っていた場所に、一枚のカードが落ちていた。
震える指先で拾い上げる。いつものキッドマーク。
〝燃え尽きた扉の窪みに宴の風が届く頃、孤独な桜舞う宵に望みは果たされん〟
また、風が吹いた。
孤独な桜。孤独なのはオレだ。ただ待つなんて、探偵の性分には合わない。
「何が最後のマジックだよ。何が望みは果たされん、だよ。キッドの馬鹿やろうーっ!!」
大声で叫ぶと、『あーあ、変なのがいるよ』と言う人の声が聞こえた。やばい。花見客がここへも流れて来たのかと思い、オレは焦って声がした方に背を向けて歩き出した。
「待てよ、工藤」
「…え?」
声の主を確かめる前に、オレはそれが誰なのか気が付いた。
気付かないわけがない。
「キッド──!」
振り向くと、黒いキャップを被ったジーンズ姿の少年が、こっちを向いて立っていた。
「残念だが、人違いだね。俺はキッドじゃない」
そう言って少年はキャップを外した。
癖のある髪が、ふわりと跳ねる。
吹き抜ける風。
桜の花びらが飛び散る中を、オレは走った。
少年に飛び付いて、夢中で抱き締める。
どくん、どくん、と鳴る心臓の音。
はらはらと舞う桜。
これが現実なら、二度と放さない…!
「…捕まえたぜ、キッド」
そしてオレはようやく少年の顔を覗き込んだ。声が掠れてしまって、自分の声ではないようだ。
「勘違いすんな。俺が捕まりに来てやったんだよ」
少年はふっと笑った。不敵な口元は変わらない。だがキッドだった時よりも、もっともっと明るい瞳で少年はオレを見つめ返してきた。
「俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな」
桜舞う宵。
雲の向こうに隠れてしまった月が、オレの前に真実の姿を現したのだ。
20150406
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※昨年九月up「逢いたくて」の逆バージョン的な感じになりました…(*_*;
これまでにも近いシチュエーションでいくつか書いてるのですが、とにかく二人には幸せになってほしいです!
●拍手御礼
「風のメロディ」「堕落」「follow」「ホスピタル」「ユクエフメイ」「袋小路の名探偵」「囚人」「ゲーム仲間」「加虐実験」「月無夜」「ユウワクノハコ」「遅刻」「迷想」ほか、拍手いただきました。ありがとうございます(^^)//
アニメまじ快1412終了後、アクセスが増えてる気がします。来訪下さる皆様もキッド様ロスなのでしょうかね~;;
★〝今宵は匿名にて…〟様、拍手コメよりメッセージありがとうございます。「迷走」の優作さんにご理解いただき感謝です~(^^;)!!!
劇場版公開が近付いてテレビでもスポットCMが流れるようになり、ますます平常心が失われつつあるこの頃…、完全に浮き足立ってます(汗)。
主題歌の『オー! リバル』の旋律が切なくて、向日葵畑に倒れている人物が気になって、キッド様に何かあったらどうしようとか不安な気持ちになってきちゃってます~(T_T)。
[13回]