遠距離恋愛《2/2》R18(新一×キッド)
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「いけませんね。もし私が名探偵の命を狙う〝賊〟だったらどうするのです」
素顔のキッドが微笑んだ。
目の前にいるのは…姿こそ宅配業者に化けているが、何度かこの手でモノクルを外して口付けた怪盗キッドに間違いなかった。
俺は飛びつくようにキッドを抱き締めた。
逢いたくて逢いたくて想いを馳せていた相手が訪れたのだ……俺に逢いに!
舞い上がって見境がなくなる。
そうでなくても限られた逢瀬の時は想いが溢れ理性など毎度どこかへ吹き飛んでしまう。
耳朶に触れるキッドの吐息。その手が俺の頸を抱く。
一気に全身が熱くなった。
俺に向けられる微笑みも、伝わる手の温もりも、俺のものだと信じたい。俺だけのものにしたい……!
勢いのままエントランスサイドのリビングになだれ込みソファーに押し倒す。
被っていたキャップが外れ柔らかな癖毛を額に落としたキッドが、さすがに驚いた顔をした。
「…あ……」
何か言いかけたキッドの唇をキスで塞ぐ。
ずっと考えてた。ずっと待っていた。
その瞳。唇。素肌。待てない。欲しい───いますぐ。
手首を捕らえたままキスを深めると、キッドは〝んん〟とくぐもった呻きを喉に響かせた。
キッドの滑らかな素肌。眩暈を覚えるほど美しい。
キスで赤く印を付けながら辿ってゆくと、その感覚がどんどん鋭敏になってゆくのが分かる。俺の肩を掴むキッドの指に力が込められ、吐息がさらに熱くなる。
キッドが俺を感じていると思うと、俺はますます増長して───大胆に強引にキッドを求めてゆく。
求めながら、無性に名を呼びたくなった。〝怪盗キッド〟ではなく、目の前の想い人の、素顔の恋人の本当の名前を。
愛おしすぎて、胸が苦しくなる。
知りたいのに確かめられないもどかしさ。つまらぬ自分のプライドに。
しかし押し当てた俺自身をキッドが受け入れ始めると、脳裏が白く灼け意識は途切れた。
本能の赴くまま身体が動く。
愛しい想い人に自分を埋める悦びに夢中になる。
ふと、キッドが切なく眉を顰め吐息を震わせながら俺を見詰めていることに気付いた。頭に血が上っていた俺はどきりとして動きを緩めた。
───繋がったまま、見つめ合う。
ずきんずきんと痛いくらいに鼓動が全身を震わせる。
知りたい。でも怖い。迷っていながら情に溺れる愚かさを見透かされているのだろうか。
「!」
躊躇いがちに伸ばされたキッドの指先が俺の頬に触れた。
「…名…探偵……」
「…………」
「なぜ、そんな…顔……を、ア!」
俺の小さな身じろぎが直に伝わる。
びくんと震えたキッドの眦から涙が伝い落ち、それを見てハッとなった。
もしや……俺の想いを掴みきれずに、キッドはキッドで戸惑っているのではないだろうか。
もしそうだとしたら。
この想いを、ただの欲望だと思われたくない。
どうしようもなく惹かれている。
いまも。逢えない時間も、ずっとおまえのことを考えている。
好きだ、キッド。本当に。
俺は、俺は……おまえのことを───。
俯く頬を引き寄せ、涙の伝った址に口付けた。
教えてくれ。キッド……。
本当のおまえを。
おまえを知りたい。
おまえの真実を愛したいんだ。
心から……おまえだけを………。
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「ったくよー、だいたいいっつも工藤は無茶しすぎなんだよ。どーしてくれんだよコレ。変装用の服、無理に引っ張るから破けちまったじゃんか」
「………………………」
「なにボケっと人の顔見てんだよ。テメーがホントの俺を知りたいって言ったんだろ。今さら引くなよ!」
「……キッド…」
「最初に言ったろーが。今日は俺がテメーを戴きにきたんだって。なのに俺の計画台無しにしていきなり押し倒しやがって」
計画───?
がらりと印象を変えた素顔のキッドに気圧されながら、かろうじて問い返す。
「なんだよ…計画って」
「もーいいよ! 解ったから」
「なにが…?」
「工藤さー、おめーいい加減トロいな。俺のこと何だと思ってんだよ」
工藤、とまた呼ばれた。〝名探偵〟ではなく。
「…………」
「恋人だって…思っていいんだろ? 俺たち、始まりからかなり変則的だったけど……いいんだよな、それで」
ソファーに寄りかかり俺に横顔を見せて不貞くされたように呟く半裸のキッド。
首筋まで赤い。
「……もちろん」
やっとそう応えると、キッドがさらに真っ赤になった。首筋と言わず体全体。
俺もソファーに座り直してキッドに寄り添った。
「工藤じゃなくて、新一って呼んでくれ」
「そのうちな」
横顔どころかあっちを向いてしまった。
「俺も……名を呼びたい。おまえの本当の名を。教えてほしい」
「探偵のくせに甘えんじゃねーよ。ヒント置いてってやるから自分で解きな!」
「帰っちゃうのか?」
「そうだよ! って言いたいけど、立てねえから困ってんだ。加減しろってんだよ、テメーはいつもいつも。だからたまにっか……」
「ごめん」
その点は自覚があるので素直に謝る。
〝だからたまにしか……〟キッドの言葉を反芻して反省した。
そうか。だよな。想いをぶつけりゃいいってもんじゃない。俺が悪かった。好きすぎて、いつも無我夢中になってしまって。
ちら、とこちらを向いたキッドの目が潤んでいた。
俺は嬉しくて……キッドが俺の気持ちを汲んでくれたことが嬉しくて抱き締めた。
───最初にキッドは、俺になんて言ったっけ。
確か………
〝待ちきれず〟
〝予告状を出す間も惜しく〟
〝ビッグジュエルを戴きに〟
……………ビッグジュエル……?
何のことだと問うほど野暮ではないが、だが……それって……本当に、そういう意味なんだろうか?
俺の〝心〟のことだったり───すんのか?
力を抜いて、俺に身を預けて体を休めるキッドが愛おしい。
そうだと思いたい。
けど、万が一にも勘違いだったら恥ずかしすぎる。
事実を拾い集め、相手の心を読み、推理を組み立て、不可能を削ぎ落とし、結論を導き出す。それが探偵たる俺のアイデンティティなのに。
狂わされっぱなしだ。
恋がこうまで狂わせる。今はただ幸福で。頭が働かない。
今夜キッドはいったいどんな計画を……事件を起こすつもりだったのだろう。
ゆっくり、あとで考えよう。
ヒントをくれると言った。
そこまで譲歩してくれた怪盗の正体を、あとは自力で明かさなくては。
キッドに寄り添い、今夜玄関のベルが鳴らされてからのことを思い起こす。
突きつけられたトランプ銃。フェイクだった宅急便。見知らぬ差出人名。住所は……どっか都内だった。
差出人名は………
たしか──〝黒 × × × 〟
まさかね。
後でゆっくり見てみよう。念のため。
箱を開けたら白い煙が出てくるのかもしれない。怪盗に化かされて……俺は気付けば何十年もトシとってんのかも。
それでも確かめる価値はある……。
恋人を知る鍵(ヒント)が隠されているなら、すべてこじ開け答えを見つけてみせる。
うとうと、俺も目を閉じた。恋人とくっつき合って。
目が覚めても、どうか隣にいてほしい。
幻ではなかったと……俺たち二人は恋人同士なのだと、もう一度確かめたい。
それぞれの日常に戻り、離れ離れになってしまうその前に………。
20120707
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※わざとじゃないんですが今夜は七夕♪ 〝遠距離恋愛〟にぴったりのタイミングでした…(^^;)。
[15回]