掠れた記憶3《2/2》(新一×快斗)R18
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避けて通れないだろう事は内心覚悟していた。
工藤と触れ合う感覚を体が覚えていることは、一週間そばで過ごして、自分でも解っていたから。
工藤に、追い詰められる。
────この忙(せわ)しなく炙られるような熱さ。憶えがある。知っている。
だけど、やっぱり恐い。
後ろ向きにベッドに倒れ込んで、勢いよく体が跳ねた。
(あっ)
俺を跨ぐように工藤が覆い被さってくる。
工藤の吐く息も熱かったが、俺の息も上擦っていた。耳鳴りがして、ずきんと頭が痛む。ぎゅっと目を瞑った。
「快斗」
耳に響く工藤の声。
「大丈夫か」
「………」
そうっと目を開ける。目の前に工藤の瞳があって、慌てて横を向いた。
「…だいじょうぶ…じゃない、って言ったら、待ってくれんの?」
「待つわけねーだろ」
「だ、だったら訊くなよ」
クッと工藤が小さく笑った。可笑しいかよ。顔中が熱くなる。
「快斗……おまえ、ホントに捕まえがいがあるな」
「うっせえ。この────」
口を塞がれた。
最初は柔らかく始まったキスが、だんだんと深くなってゆく。
(ん、うう…!)
ディープキス。まじか。無意識に応えていた。
こんなキス、してたっけ。俺、工藤とこんなに…?
苦しい。工藤の胸を押してもがいた。
やっと唇が放され息が出来るようになったら、Tシャツを引っ張り上げられた。そのまま剥ぎ取られて上半身裸になる。
喉元に吸い付くような工藤のキス。くすぐったくて、むず痒くて、熱い。
「…!」
そうしている間にも工藤の指先が下りてきて、服の上から前に触れられる。じぃんと疼きを覚えて、唇を噛んだ。
ザ、ザ、ザ。
なんだ……?
掠れた記憶が…こすれる音……?
顔を上げると、工藤が覗き込むように俺を見ていた。まるで僅かな〝痕跡〟をも見逃すまいとするような探偵の眼差し。
(うわっ)
履いてたトレパンをアンダーごと引き抜かれ、素っ裸にされた。工藤も裸に近い格好になって、俺の脚を割って間に入ってくる。脚が竦んで抗いそうになるのを、なんとか堪えた。
工藤の吐息が変わった。
笑ってる……?
「…な、なにが、おかしいんだよっ」
フフッと工藤はもう一度笑った。
「ばか。おかしいんじゃねえ。嬉しいんだよ。もう一度快斗の初めてを貰えるんだからな」
「な……っ!」
奥に工藤の指先が当てられていた。柔やわと圧される。
変な声が出そうになって、自分の口を手の甲で押さえた。
塗った薬品の潤みに助けられ、そのまま工藤の指がグッと挿し込まれる。
「ウアッ」
堪えきれずに叫んで、体を捩った。汗が噴き出す。
体を内から拓かれる、この灼けるような羞恥────。
「こっち向け、快斗」
「……いやだ」
「泣いてんのか?」
「誰が、泣くか…っ」
「気に障ったのかよ? ホントに嬉しいから嬉しいって言ったんだぜ」
「しゃ…べんな、もう!」
工藤が指を深めて蠢かす。どうしようもなく肌が粟立ち始める。 感じている。
分かっているのに、それを認めたくない自分がいた。
「探偵なんか、嫌いなんだよ!」
──── ?
何かが、また瞬いた。
曇りガラスみたいに掠れた意識の向こう側に。
解ってる。俺は意地を張ってるんだ。
だから覚えているのに、思い出すのを拒んでた。どこかで線を引いて、自分の領域を護ろうとしてたんだ。
なのに工藤は俺が引いた境界なんか平気で無視しやがる。へでもない顔して入り込もうとする。
いくつ柵を作っても、全部飛び越えて有無を言わさず俺を捕まえようとする。
俺はそんな工藤が怖い。
そんな工藤に、惹かれている。
工藤にすべてを知られる事が怖くて。
すべてを知って欲しくて…。
両極端に揺れ動く想い。
だから逆の言葉が口をついて出てしまう─────。
「いまの、思い出したのか」
「え…?」
「思い出したんじゃないのか」
俺は首を振った。工藤の言ってる意味が分からない。
「オレが何て応えたか、憶えてないのか?」
「何が…だよ。わかんねえよ」
「思い出せ、快斗。憶えてるはずだ」
絶対、憶えてるはずだ。
工藤はもう一度そう言うと、背に腕を回して俺を抱え起こした。
屹立した工藤自身が奥に当てられている。俺の体を降ろそうと肩を掴んで工藤が力を込める。
交わった部分から徐々に熱い痺れが背を伝い、全身に広がってゆく。
「…アアッ!!」
深々と工藤が侵入してくる。強い圧迫感に、気が遠くなる。
「快斗…力抜け。支えてるから」
「……う、あ…あっ」
工藤に縋り付いて息を吐き出し、少しずつ体の力を抜く。ようやく腰を落としてしまうと、もう体を動かすことが出来なくなった。
「く、どう……、苦し……」
「快斗、思い出せ」
「…………」
何を? 何を思い出せばいいんだよ。
もう十分なんじゃないのかよ…。
俺は今、おまえに捕まってるんだぜ。
ざあっと、また意識が掠れる。
ざわざわと交差して渦を巻く─────。
「!!」
突然、ガン、と突き上げられ、瞼の裏に白光が閃いた。
激しく波打つ衝撃に翻弄されて、我を失ってゆく。在るのはただ熱く脈打つ俺と工藤の生命だけ。
もう何も考えられなかった。
溶け合うような熱さに、目を閉じて身を委ねた。
目を開けると工藤が俺を見つめていた。
見つめ返して、俺は言ってやった。
「……探偵なんか、嫌いだよ」
工藤は黙って瞳だけを微かに揺らした。
「で、おまえの返しは〝嫌いって、好きって意味の暗号だろ〟」
「快斗」
「ったく…こんな恥ずかしいセリフ、よく言えるよな。探偵って信じらんねぇ」
「思い出したんだな、快斗!」
「ああ~、まあ…ね」
福笑いみたいに工藤の顔が歪む。いつも澄ましてるイケメン探偵が、こんな顔するなんて。
向き直って、俺から工藤にキスをした。
互いの顔中にキスをしあって、やがて俺たちは体を寄せ合って一緒に眠ってしまった。
目覚めた時には、きっと全てが元通りになっているだろう。
怪盗の衣装と鳩を探偵から取り返し、俺はここを出て行く。
工藤は探偵。
俺は怪盗。
工藤は追う。
俺は逃げる。
きっとそれは変わらない。
たとえ想いを通わせ、愛し合っても。
それが俺たちの宿命だから。
20130224
[11回]