別れの季節(3/4組)
※珍しく?季節ネタです。
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春、三月は別れの季節だ。
高二の終業式を前に、オレは工藤新一に戻った。万々歳で周囲は迎えてくれると思っていたが、それは甘かったようだ。
それというのも、小さな名探偵・コナンが、思いの外みんなの心の奥底まで入り込んでいたからだ。
蘭も、小五郎のおっちゃんも、オレに会うたびコナンの話をする。時には目に涙を浮かべることもある。園子までが、あのガキンチョどこいっちゃったのよ~と絡んでくる。
コナンの時に自分が新一だと言い出せなかったのはつらかったが、立場は逆になった今も、結局それは変わらない。
例の薬の存在は非公式な扱いに止まり、世間に発表出来る類の物にはならなかった。だからなおさらオレとコナンが同一人物だと説明することは出来なかったのだ。
灰原は、引き続き自分は子供の体のまま阿笠邸で密かに薬の研究を続けている。当面元の体に戻る気はないようだ。灰原哀でいれば、彼女にも友人がいる。
オレにとって一番やっかいなのがその友人達…つまり少年探偵団だった。あいつらは今もコナンが戻ってくると思っていて、新学期を楽しみにしている。
子供相手だと余計に始末が悪い。オレが何を言い聞かせても、最後には『でもコナンくん帝丹小学校に戻ってくるんだよね? コナンくんと早くまた一緒に謎を追いかけた~い』となっておわる。憂鬱だ。
せっかく元に戻ったのに、なんだかオレの居場所は著しく狭くなってしまっているようで、オレは参っていた。
「で? 春休みに俺ら呼び出して愚痴かいな」
「いいだろ…ちょっとくらい愚痴ったって。こんな話、てめえらにしか出来ねえし」
近場の公園だが満開の桜が散り始め、たくさんの花見客が集まっていた。各々シートを広げ、弁当を食べ、皆が季節の恩恵を享受している。
「工藤新一ともあろうものが、案外と寂しがり屋さんですね。僕はコナン少年とは事件を通して数回顔を合わせただけなので、彼の何がそんなに周囲を惹き付けて止まないのか、理解は出来ませんが」
にっこり微笑んだ白馬が首を傾げる。
「快斗。何で白馬連れてきたんだ」
「花見だし。オトコ三人って寂しくねー? 四人なら少しはマシかなって。それに…」
「あのシートです。ばあやに頼んでキープしておいてもらったんですよ。え、いいんですか? 申し訳ない」
シートに辿り着いた途端、白馬が隣に陣取ってるヤンママらしきコドモ連れグループに苺やお菓子を貰っている。
「な。あいつ、こういう時なにかと便利なんだよ」
「……黒羽くん、聞こえましたよ。君は僕を〝便利屋〟だと思って利用してるんですか」
「あかんでェ、黒羽。謝っとき」
「まあ、君にならどう利用されようとも僕は構いませんけどね。いずれ纏めて大きく〝返済〟してもらいますから」
ガクッとずっこけた服部が小声で囁く。
「んな、クドー。白馬と黒羽って付き合うとんの?」
「まさか」
「せやけど、見てみい。位置どりがおかしないか」
「…………」
シートに四人座ってみると、フツー対角線同士に向かい合うところが、オレ、服部、白馬と快斗。で、なんだか三角っぽい形になってる。
「そこ、離れてちゃんと座れ」
「いーじゃんー。白馬寄っ掛かっていいってゆうし。楽チンだもん」
「快斗っ」
「んだよお。工藤だってさっきから服部と顔くっつけてヤラシーんだよ」
「ハア?」
「なんや黒羽、妬いとんのか。わはは、カワイイやっちゃ」
「ばーか、んなわけあるかよ!」
「黒羽くん苺ですよ。あーん」
「ん…ぱくっ」
「快斗、なにがアーン、パクッ。だ!」
「いいじゃないですか。はい、工藤くんと服部くんもどうぞ」
「おお、赤うてンまそーやな!」
服部まで、あーん、ぱくっと白馬に苺を食べさせてもらっている。
「ちぇ」
綺麗な桜。うららかな陽射し。
人々の笑い声が絶えないお花見の席。
………なのに何故オレだけがこんなに憂鬱なんだろう。工藤新一に戻れたのに。コナンがこんなに懐かしいなんて。
「…………」
胡座をかいて頬杖付いてボケッとしてたら、ふと気が付くと服部、白馬、快斗の三人が揃ってオレの顔を覗き込んでいた。はっと顔を上げると、ハイこれ、とノンアルコールビールを継いだ紙コップを渡された。
服部「んじゃ乾杯や」
白馬「美しい桜に」
快斗「帰ってきた工藤新一に」
オレ「……もういないコナンに」
口にしてしまってから、しまったと思った。思いも寄らぬ〝波〟が押し寄せてきたのだ。
寂しさの大波が。
ぶわっと溢れ出した涙にオレは自分で慌て、ますます収集がつかなくなった。
回り込んできた快斗にヨシヨシと頭を撫でられる。まるで小さなコナンだった時のように。
「カ、カンパイ!」
誤魔化しも利かないほど頬が濡れてしまっていたけど、とにかくグイッと紙コップを煽った。喉ごしがいい。
「……って、これフツーにビールだろ!!」
「最初の一杯だけや」
ハハハと屈託なく服部が笑う。
「春は別れの季節ですが、出会いの季節でもあります」
「そ、白馬の言うとおり。今日は俺たちがちゃんと送って、迎えてやっからよ! あばよっ、可愛くて憎たらしかったコナンくん! お帰り、我らが高校生探偵の工藤新一!」
快斗もぐびっと一気飲みする、
おかえりやでぇ~! お帰りなさい、工藤くん、と服部と白馬もゴクゴクいった。
四人とも、たった一杯で酔っぱらった。
桜を見上げながら、オレは自分の中の江戸川コナンに別れを告げていた。
─────たとえ避けようなく陥れられたものだったとしても。コナンとして過ごした時間は、紛れもなくオレのものだったのだ。
さよなら、もう一人のオレ。オレの分身のコナン。オレのコナン。
コナンとの別れに、誰よりもこのオレが一番傷付いていたなんて。
それに気付いたオレは、今更ながら舞い散る桜の美しさに胸を衝かれ、言葉を失っていた。
仲間たちはオレが落ち着くまで黙って待っていてくれた。
一緒に桜の花を見上げながら。
20130329
[18回]